死の妖精(3)
「勝負をしよう、シモ・ハユハ」
左右に二刀を構えて、松尾芭蕉は言い放った。
「貴様、アジア人だな。その武器は日本人か?」
ハユハは冷たい目で松尾芭蕉を見た。
「俺の時代だと、日本とフィンランドは同盟を組んでいたのだがな。ここで敵対することになるのは、運命のイタズラか」
「そうかもしれないっすね」
もう、ここにはケイトはいない。もちろん、上官である坂本龍馬もいない。
割って入ることができる兵士もいない。
シモ・ハユハと松尾芭蕉、二人だけの世界だ。
必然、素の喋り方が出る。
「上官が、彼も日本人なのですが、商人なもんで」
芭蕉は肩をすくめた。
「商人は、国家への帰属意識が低いんですよ。きっと上もそう言います」
「商人か。なるほど、わかるとも」
ハユハは血まみれの口元を歪めた。
「我々とは、相容れない価値観だ。わかりあえないということがわかる」
「ですよねー」
ぱん、と踏み込んで芭蕉は二刀流を振るう。
「いい剣筋だ」
ナイフで左を受けて、
「うおっ!?」
ハユハの左手の拳銃を回避して、あわててもんどりうって芭蕉は距離をとった。
「ガン・カタという武術を知っているか?」
「!?」
「いやなに、映画で見た架空の武術なのだがな。しかし、似たような武術は存在する」
「それが、あなたの使うナイフと拳銃の両刀使いというわけか」
銃で相手の動きを縛り、ナイフでとどめを刺す。
遠近どちらの間合いでも対応できる上、いたずらに銃弾を浪費することもない。
とにかく使いこなすのに熟練が要る、という欠点を除けば強力な武術だ。
「貴様は、ジャパンのニンジャというわけだろう? 伝説のニンジャの技術を目の当たりにできるというのならば、戦う価値がある」
「ひえー。ウォーホリックとはやってらないですよぉ」
一転して、ハユハからの激しい攻撃を受けて松尾芭蕉は防戦一方になる。
松尾芭蕉は隠密である。
主な業務は潜入捜査や偵察であり、戦闘は最終手段だ。
ある意味においては、隠密が戦うこと、戦わざるをえないこと自体が敗北と言える。
それでも、伝説の戦士であるシモ・ハユハを相手にまがりなりにも戦えているのはイェカチェリーナ二世との戦いでマシンガンとスナイパーライフルを失った上、ハユハにとっては自分を倒すことは目的ではない。
ケイトとシャーロットに追撃を仕掛けることが念頭にあるために、素早く自分を倒すことを意識してしまっている。
もちろん、熟練の戦士であるシモ・ハユハはそんなことで焦るような人格ではない。自分がそこにつけこむ形で、なんとか形だけでも戦うことができているという形だ。
自分の実力からはほど遠い。
「どうした、どうした! ニンジャの技術はそんなものではないだろう!?」
拳銃に意識を集中し過ぎて、ナイフを回避しきれない。
直撃ではないにしても、少しずつ体力をこそげとられる。
「忍者の時代には、拳銃なんてなかったですから」
距離をとったほうがまだいいか。
一度距離をとって、棒手裏剣で反撃に転じた。
「ふむ」
感心した風にハユハは頷く。
「投げナイフか。悪くはないが、しかし、未熟だな」
ハユハは表情一つ変えずに、ナイフで一つ残らず撃ち落とした。
「ああ、そうだろうとも」
手裏剣は囮。
意識を手裏剣に集中させておいて、視界の外から回り込んで一撃必殺を狙う。
「やるな。だが、まだ遠い」
ろくに標準をつけたようには見えなかった。
ただ、右手をぐるりと回して、芭蕉の方向へ向けただけだ。
「うがっ……」
「この距離で私が外すわけがないだろうが」
まるで、拳銃に目がついてでもいるかのようだ。
正確無比な射撃が、芭蕉の腹部を貫いた。
「終わりだな」
痛みのあまり、動きが止まる。
そこに間隙を空けず、追撃の発砲音。
腿と胸を貫かれた。
「あぐ……っ」
「済まないな、忍者の人よ。あなたにかけられる時間は少ないのだ」
「……っっ だろうな……」
地面に倒れてのたうつ芭蕉に、ハユハは静かに言った。
松尾芭蕉など、死の妖精シモ・ハユハにとっては路傍の石に過ぎない。
わかってはいても、このままケイトのところへ向かわせるわけにはいかない。
ハユハとカフリンの挟み撃ちというのは、ケイトにとっては最悪の展開だろう。
そんなことをさせては、坂本龍馬の信用度が下がってしまう。
「顧客への信頼は大事だよなあ……」
地面に這ったままで、連続して手裏剣を投擲する。
「だから、無駄だと……」
バチンバチンと硬質な音を立てて、手裏剣が弾き落とされる。
「!」
ハユハの表情が歪んだ。
「これは……珍しい形状の武器だな」
「十字手裏剣……っていうんですよ。地元ではよく知られているんですけどね」
棒手裏剣に混ぜることで十字手裏剣への意識を逸らす。基本テクニックだが、乱戦でこそ生きる。
「直線距離で飛ばす投げナイフと違って、弧を描くようにして飛ばすこともできる。なるほど、応用性が高い面白い武器だ」
肩に突き刺さった十字手裏剣をハユハはこともなげに引き抜いた。
「だが、それで終わりだ。さらばだよ、忍者の人」
弾丸を再装填したハユハは、狙い澄まして発砲した。
その一撃が、芭蕉の耳元に着弾した。
「な……に……」
その瞬間、バネ仕掛けのように芭蕉は飛び上がってハユハに飛びかかった。
身体が重い。足がふらつく。
しかし、それでも、すんでのところで刀の切っ先がハユハの頸動脈を掻き切った。
勝った。
ふらり、とふらついて地面にしゃがみこんだ。
ハユハは苦悶にもだえるような表情で、しかし、首元をおさえたままもう一方の手で拳銃を構えた。
浅かったか?
発砲音が連続し、服を弾丸がかすめる。
「うぐ……はぁっ」
どうっと苦悶の表情を浮かべたままでうつぶせに倒れた。
「勝った……」
松尾芭蕉は深く息を吐き出した。
「早く……ケイトを追わなければ」
そう思った瞬間、口元からごばっと血の塊が飛び出てきた。
「そうか……腹の傷」
ぎゅっと傷口をおさえたが、指の間からどぶどぶと勢い良く血が溢れ出てくる。
「えっ、これヤバイんじゃないのか……?」
視界がぐるんと回る。
いや、違う。
自分が倒れたのか。
早く起き上がってケイトを……。
芭蕉の手が空しく地面をかく。
そこで、松尾芭蕉の意識は途切れた。




