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死の妖精

 予想外、であった。

 狙撃が外れることは想定していた。

 何百メートルも先の的を、しかも一撃で為留めなければ用意に再生される相手を狙撃しようというのだから失敗するということ自体は想定していた。

 状況に応じて、攻撃に転じるのか、それとも離脱を図るのか。そこまでのプランニングは入念におこなっていた。

 計画は緻密かつ柔軟に。手落ちはない。そう思っていたが、不意をついての射撃を銃弾で撃ち落とされるというのは想定を越えていた。

 どれほどのスナイパーならば、高速で迫る矢に気づき、あまつさえ銃撃で防止できるというのか。そもそも、銃撃で矢を撃ち落とそうというのが埒外の発想である。

 相手には超常のスナイパーがいる。

 衝撃のあまり、判断が遅れた。

「伏せろ!」

 耳が壊れそうな怒声。

 ケイトははっと意識を取り戻して場に伏せる。

 ほぼ同時に、銃弾がテントを貫いた。

「やばっ……」

 こちらからの矢が届くということは、相手からの銃弾が届くということだ。

「逃げるか? ケイト」

 動揺するケイトをよそに、冷静な声でジャックは言った。

「お前が決めるんだ。ここで撤退するか、それとも攻めるか」

 ジャックの声を受けて、ケイトの意識もすうっと冷える。

 一か八か、攻撃に転じるか。

 それとも、一度撤退して再起を図るか。

 この距離で攻撃しようにも、相手には飛来する矢を撃ち落とすほどに凄腕のスナイパーがいる。

 その攻撃をかいくぐってチャールズ・カフリンに肉薄するのは不可能に近い。

 そもそも、カフリンだって無能ではない。曲がりなりにも、アグリア帝国を征服した実力者だ。

 攻撃を受けたことを理解すれば、既に逃げ出しているだろう。

 幾重もの包囲を破ってカフリンに迫り、二人の近衛兵長を破り、魔法による回復を貫いてとどめを刺す。

 それが自分にできるだろうか?

「攻撃するわ」

 きっぱりとケイトは言った。

 今、戦線を離脱しても次はない。

『女帝イェカチェリーナは行方不明のまま』というアドバンテージがあったから、今回の作戦を立案したのだ。

 自分が生きていることがわかれば、カフリンは二度目のチャンスを与えることは絶対にない。

 今、ここで決着をつけるしかない。

「わかった。援護する」

 そんなケイトの覚悟を察したのか、それともそんなことはどちらでも良かったのか。

 感情を滲ませることなくジャックはすぐに応じ、弓を捨ててクレイモアを手にとった。

「狙撃銃は俺が対処する。あんたはそれ以外への対処を頼む」

「了解。行くわよ、ジャック」

「そっちこそ、遅れをとるなよ、イェカチェリーナ」

 この会話をしている間にも、次々と銃弾が飛来して耳元をかすめている。

 テントに覆われているために狙撃はできないが、視界が聞かないのならば、と虱潰しのような連射。

 狙えないのならば手数で潰すというわけだ。

 このスナイパーは判断が速く、正確だ。

 ただ、狙撃手として有能なだけではなく戦士として優れている。

 彼の攻撃をかいくぐるのは容易ではなく、また近接しても易々と為留めさせてくれる相手ではないだろう。

 だが、それでも。

「行くぞ!」

 裂帛の気合いを込めて、二人はテントから弾丸のように飛び出した。

 途端、針の穴を射抜くのような正確さで飛んでくる銃弾を、ジャックはクレイモアで弾く。

 その影に隠れる形で、ケイトは走る。

 同時に数十人もの兵士が殺到してきたのを、腰から抜いた鞭でズタズタに引き裂いた。

 その中には、かつての自分の部下もいたのかもしれない。

 もしかしたら、かつての仲間を躊躇なく殺す自分はどうしようもない暗君なのかもしれない。

 しかし、今はそれを考える時ではない。

 攻撃と迎撃をこなしながらも、二人は疾走する速度を落とさない。

 一秒でも早く、チャールズ・カフリンに迫り、殺す。

 それを果たさなければならない。

「ぐっ」

 走りながらも、ジャックは幾度かうめき声をもらしていた。

「大丈夫?」

 鞭を振るって兵士を蹴散らしながら、ケイトは囁く。

「俺を心配するなんざ百年速えよ、クイーン」

 何発もの弾丸が、ジャックの身体を貫いてるのだ。

 ケイトさえ守れば自分の役目は果たせる、という判断なのであろう。

 徹頭徹尾、戦士なのだ。

 戦って、打ち勝つ。

 思考回路を、その考え方が支配している。

 自分の命すら、そのための一つの要素に過ぎない。

 感謝の言葉をぐっと飲み込んだ。

 今、自分がすべきことはジャック・チャーチルに感謝を述べることではない。

 チャールズ・カフリンを打ち破って、アグリア帝国をこの手に取り戻すことだ。

「通しませんよ」

 雑兵を薙ぎ払っていた鞭が、片手で受け止められた。

「嬉しいですよ、女帝イェカチェリーナ……。あなたが計画通りにここに現れてくれるなんて」

 軍服姿に日本刀を携えた長身の男は、鞭を掴んでケイトを引き寄せる。

「パレードで姿を晒すことでイェカチェリーナの乾坤一擲の策を釣り出すなど正気の沙汰ではないと思いましたが、まさか本当に先の戦での延長戦ができるなんて……私は嬉しい」

「あなたが、土方歳三ね」

 ノーリから聞いていた風貌からケイトは正体を理解した。

 近衛兵長にして、イースキール最強の剣士。

 剣の強さは、ノーリにも比肩しうる。

「オラァ!」

 ジャックがクレイモアを土方に叩き付けた。

「チャーチル。あなた、裏切ったのですね?」

 抜刀した日本刀で受け止めて、土方は鋭くジャックを睨む。

「裏切ってねえよ、土方」

 ハッと血まみれの身体でジャックは笑い声を発した。

「俺は戦いに忠義を立てているんだ」

「気が合いますね。私もそうなんですよ」

「じゃあ、こうして戦うことになったのは必然ってことだなあ?」

 威嚇するように呵々大笑するジャックは巨大なクレイモアを軽々と振り回し、土方と切り結ぶ。

「すまん、ケイト! 俺はこいつと戦うのが楽しそうだ!」

「構わない!」

 ケイトは鞭から手を離して、一気に飛んで狙撃兵へと距離を詰めた。

「ここまでくれば、狙撃兵まで手が届く!」

「全く、呆れた男だな、ジャック・チャーチルは……同じ時代に生きたものとして、驚く他ない」

 目の前まで迫ったケイトを見ても、狙撃兵は全く動揺を見せないでいた。

 まるで、食後の一服でもしている時のように落ち着き払っている。

 さらに、狙撃銃のほうが大きそうなほどの矮軀に反して、傷だらけの風貌が歴戦の勇者であることを物語っている。

「あなたが……」

「我が名はシモ・ハユハ」

 狙撃兵は片顎がない顔を妖怪のように歪めた。

 笑ったのかもしれない。

「フィンランドの戦士である」

「フィンランド。懐かしい名ね」

 モスクワから、遠くない地だ。遠き前世の記憶が蘇る。

「貴様がイェカチェリーナ二世で相違ないな?」

「ええ。間違いなく女帝イェカチェリーナよ」

「ロシア皇帝、イェカチェリーナ。雪原の王よ。前世での戦いの続きを、今、ここでさせて貰おうか」

 フィンランドが誇る死の妖精。人類史上最強の狙撃手。シモ・ハユハの銃が火を吹いた。

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