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失墜

「この世界に来て一週間! 全く獲物がかからなかった上、ようやくかかったら罠を看破されるだなんて! ホント、よくよくあたしも運が悪い!」

 毒づきながら、イザベラはナイフを構えた。

「というわけで、ミスター・ノーリ! さっくりあんたは殺させてもらおうか! 後ろの二人もな!」

「女の子がそんなことをいうもんじゃない」

 入り口に陣取ったまま、俺は応える。

「さあ、相手になろう」

 俺の言葉を待たず、ばん、とバネ仕掛けのようにしてイザベラは俺に飛びかかる。

 ナイフと日本刀という間合いの差を考えればほとんど自殺行為のようなその行動に、一瞬対応が遅れた。

 振るった剣を、ナイフで受け止められる。

 イザベラはすぐにパッとナイフを捨て、俺の首元に手を伸ばした。

 こいつ……武術の心得もあるのか!

 見た目に反して闘い慣れた様子で俺の襟元を掴んだイザベラは、そのまま後ろに倒れ込んだ勢いで小屋の中へ俺を投げ飛ばした。武器庫に残されていた武器の残骸にしたたかに打ち付けられて、呼吸が止まる。

 やられた。

 天井につかえるせいで武器が封じられたのみならず、数百年にわたってたまった埃が武器庫の中にもうもうと立ちこめて、視界が効かない。

 相手の土俵にいれられてしまった。

「あたしをなめきった罰だよ!」

 埃を切り裂くようにして、イザベラの拳が鳩尾を捉える。

 強烈な掌打に内蔵を貫かれて呼吸が止まるが、逆に腕を掴むことで反撃の好機だ。

 瞬間、手が焼け付くように痛む。

 反射的に手を離した。

 イザベラはその隙を見逃さない。

 鋭い蹴りが俺の顎を蹴り上げる。

「大丈夫? ノーリ。手伝おうか?」

 武器庫の外から、能天気なケイトの声が聞こえた。

「不要だよ、お姫様」

 手のひらにぬるりと嫌な感触がする。武器庫の中では暗くて確認できないが、血だろう。どうやらイザベラは服の中にカミソリを仕込んでいるようだ。この世界に来てからカミソリを容易するのは困難だろうから、前の世界から同じようにカミソリを携帯していたということになる。

 一体、どんな人生を歩んできたのだろうか。

 再び、イザベラが距離を詰めてくる。

 ここまで俺を痛めつければ手にしていた暗器でとどめを刺してもよさそうなものだが、使わないのは単に矢の残数が限られているためだろう。

 つまり、俺は余力を残して勝つべき相手だと思われてるというわけだ。

 現実問題として、ケイトのほうが戦闘能力が高いのだからイザベラの見たては正解なのだが、それにしたってなめられるのは腹が立つ。

 腰の鞘を抜いて突きかかった。

 予想外の動きだったらしく、イザベラが慌てて距離をとる。

 鉄拵えの鞘は、打撃武器としては充分な威力があるし、刀よりも尺が短いので小屋の中でも扱いやすい。

 本当は曲がってしまうからやりたくはないのだが。

「おしおきの時間だ」

 ようやく小屋の薄暗さにも慣れてきた。

 鋭くとびかかってイザベラの肩をしたたかに打ち据える。

「く……は……ッ」

 この一撃で、イザベラは片膝をついて大きく息をついた。

 ダメ押しにさらに三段突きを放ったのをイザベラは転がるようにして回避したが、動きにキレがない。

 やはりいくら闘い慣れていても体力は少女だ。俺の敵ではない。

「降伏しろ、イザベラ」

「このクソが……っ」

「俺たちとしては、お前を殺そうという意図はない。俺たちの仲間にならないか?」

 くそ、うまく説得できない。

 もともと、ケイトほど口が回る俺ではない。前の世界でも、人の上に立つのは得意ではなかった。

「一週間前にこの世界に転移させられたんだろう? 俺たちも同じだ。俺たちの仲間になれば、食糧もわけてやれる。俺たちも状況は理解できていないが、力にはなれるだろう」

 だが、うまく説得ができない原因はそれだけではない。うまく口が回らない。

 くらっと意識がふらついた。

 しまった。

 血を流し過ぎたのだ。

「絶対に嫌だ。あたしはお前達を信用できない」

「では、信用しなくていい。話だけでも……

 言葉の途中で、バキバキバキッ、と柱に亀裂が走る嫌な音が響く。

 戦闘の衝撃で、ただでさえぼろぼろだった武器庫が崩壊しかけているのだ。

 天井にもびしびしと亀裂が走る。危ない。

 俺は反射的にイザベラの身体を抱きかかえて入り口へ走っていた。

 光が見えた、その次の瞬間には武器庫は轟音と共に完全に崩壊してしまっていた。

「危なかった……」

 助かった。

 身体の下にあるイザベラもどうやら無事のようだった。

 丸い目で驚いたように俺を見ている。

「なんだよ、何鳩が豆鉄砲食ったような顔をしているんだ……」

「どうして、あたしを……助けたの」

「そりゃ、助けるだろ……」

 ケイトが欲しいって言っていた人材だし、俺といい勝負ができるなら戦闘力としても悪くない。

 だが、それを口に出すことはできなかった。

 身体が急激に重くなるのを感じたからだ。

「痛ぇ……」

 そうだ、イザベラは身体中にカミソリを仕込んであるんだった。

 どうやら、助け出した時にそのカミソリが身体中に突き刺さってしまったらしい。

 地面に血が流れ出して行く。

「ちょっと、ノーリ! 大丈夫! 死なないで!」

 俺に呼びかけるその声が誰のものなのか、もうわからない。

 意識が黒くなる。

 何も考えることができなくなる。

 必死でつなぎ止めようとした意識も、闇に飲まれて、すぐに宙に溶けた。

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