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王の帰還(2)

「よく生きていたな、ケイト」

「あなたこそ、随分な冒険をくぐり抜けてきたみたいね、ノーリ」

 ケイトは腕を伸ばしてぎゅっとノーリの身体を抱きしめた。

 剣客という生業に反して華奢な体格で鋭さばかりが目立っていたノーリだが、久方ぶりに抱きしめたノーリの身体はなんだか嫌にがっしりしていて、別の人のようだった。

 随分、筋肉質になったのではないのかしら。

 元からひ弱だったわけではないけれど、鋭さに加えて頑健さが加わったような気がする。

 今まで背負ってきたものの重さが加わったかのような。

 あたかも人の上に立つもののような風格が備わってきている。

「やせたか? ケイト。なんだか軽い気がする」

「バカね」

 ケイトは目元をおさえた。

 誤摩化していないと、涙がこぼれ落ちてしまいそうだった。

「そりゃ、やせもするわ。ここに来るまでに私がどれだけの大冒険をしたと思っているの」

「それは俺も同じだよ、ケイト。イースキールでのしあがるのは骨が折れた」

 ノーリは身体を離して、ケイトの短く切った髪に触れた。

「お疲れさま、ケイト」

「ありがとう、ノーリ」

 それから、ノーリは手招きをして、奥の部屋へケイトを招き入れた。

 ベッドと机だけの、簡素な部屋だ。

「ここは?」

「俺の私室だ。元々、こっちには信用できる人間しか連れてきていないが、万一ってこともある」

「オッケー、わかった」

「決行当日までの潜伏場所には別の家を手配してあるので、そっちを使うといい」

 全く、ノーリは手際がいい。

 本当に世話になってばかりだ。

「腹は減っているか? 飯を用意したほうがいいか」

「お腹ぺこぺこなのよ」

 照れたようにケイトは微笑んで腹を撫でた。

「坂本龍馬のほうである程度ご飯は提供してもらっていたんだけど、仲間のほうを優先してもらってて。この二日、何も食べてないのよ」

「そういうことはすぐ言えよ、ケイト。お前が身体壊したら全てが終わりだろ」

 食べ物をとってくる、とノーリは部屋をでていった。

 独りになると、ノーリと再会できたという喜びが胸に込み上げてくる。

 思えば、長かったものだ。

 命令を下した時はこんな顛末になるとは思ってもいなかったのだ。

 あの時、ノーリがイースキールで別行動をとっていなかったらどうなっていたことか。

 考えただけでゾッとする。

 全く、何が幸いするのかはわからないものだ。

「すまん、こんなものしかなかった」

 戻って来たノーリが差し出したのは、米粉のパンと果物、それにナッツだった。

「全然助かる。ありがとう」

 ケイトはすぐさまそれを受け取った。

「あ〜お腹すいた。頂きます」

 言うが速いか、ケイトはベッドに腰掛けてむしゃむしゃと食べ始めた。

「そういえばさ、ノーリ」

「なんだ?」

「私はずっと独りで動いてたので、マクロな視点が持てないでいたから……この国の情勢を教えてくれる?」

「ん……そこか」

 ノーリは伸びてしまった髪をかきあげる仕草をした。

「全く、あんたたちは随分国をこのかき回してくれたみたいだな」

「そんなに褒められると照れるわ」

 ケイトは胸を張って答えた。

「治安が悪くなってたまらん。単純に地方の治安が乱れただけではなく、それに関連してカフリン政権に対する不満も一気に噴出した。おかげで独りでは出歩くことも不安な事態になってしまっている。郊外の街に使者を派遣しても襲撃されることがあるし、俺がイースキールの神殿から来るのも一苦労だった」

「ま、私の手にかかればこんなもんよ」

「皇帝陛下直々に一揆を煽動すればこんなものか。恐ろしいねえ」

「この国のことは私が誰よりもわかっているからね。簡単なことよ……流石に使える人が少な過ぎて疲れたけどね」

「決行当日までは休め。俺が守ってやる」

「ありがと。助かるわ」

 ケイトは果物を手にとってもりもりと口に放り込む。

「それで、モスコでの近衛兵長クラスの駐留状況は?」

「九人の近衛兵のうち、パレードに参加できるのは俺を含めて三人だな。あとの六人は一揆の鎮圧に忙殺されている」

「敵は実質二人、カフリンをいれて三人か」

 もちろん、雑兵は大勢いるだろうがそれらはケイトやジャック・チャーチルにとっては問題にならない。

「芭蕉とシャーロットは間に合わないことを覚悟したとして……私、ジャック、それにノーリの三人でアタックして……ギリギリね」

「ギリギリだな。それも、数の上でしかない」

「そう。問題はチャールズ・カフリンの『魔法』ね」

 前回の戦いでは、致命傷を与えてもすぐさま再生してしまった。

 チャールズ・カフリンが近接する必要すらない。

 チャールズ・カフリンという根源を絶たない限り、相手の兵力は無尽蔵といってもいい。

「奇襲でカフリンを為留める。これがマスト」

「誰が暗殺を実行するつもりで考えている?」

 この中の人材で考えると……。

「ジャック・チャーチル。彼に頼むことになるわね。ノーリは剣客だから接近戦が専門だし、私には戦闘技術そのものが乏しいんだから」

「チャーチルねえ。ま、しょうがないか」

 ノーリは天を仰いだ。

「彼の事を知っているの?」

 ケイトは首を傾げて言った。ナッツをぽりぽりとつまむ。

「同僚と言えば同僚だからな。イースキールで顔を合わせたことがある……強いことは強いが、組織向きの人間じゃないな。イースキールでも強さを認められた上で持て余していた感じだよ。アグリア帝国侵略では活躍したみたいだが、その後は僻地に左遷されていた……あいつを口説いたっていうのはいい手だよ」

「彼に会ったのは偶然だけれどね」

「不安要素はあるが、あいつに任せておけば間違いないだろう。前世では不遇を託つ部分もあったようだが、ルドウィジアにはおあつらえ向きの人材だよ」

「戦闘力に関しては間違いないわね。彼が一撃でカフリンを為留めてくれればあとはどうにでもなる」

「ええ、そうね」

 本当にそうだろうか?

 どこかで致命的な見落としをしているような気がする。

 疲れがたまっているせいか、うまく頭が回らないでいる。

「ごちそうさま」

 一息ついたケイトに、ノーリは水筒を差し出した。

「これで多少は腹が満たされたか?」

「うん。助かったわ」

 ケイトは水筒を受け取る。

「ジャックは既にこっちに来てる?」

「ああ。ジャックは式典には呼ばれてないから、秘密裏にって形だな。ケイトと一緒で、俺が手配した建物に潜んでもらっているよ」

「何から何まで、悪いわね」

「いやいや。とんでもない」

 ノーリはうっすらと笑みを浮かべた。

「あんたのためじゃない。俺自身のためだ」

「そ」

 ケイトは目を細めた。

「それでも、私は嬉しいわ」

 喋りながら、ケイトは目をこすった。

「眠いのか?」

「ごめん。お腹が満たされたら、眠くなってきたみたい」

「寝ていいよ。ここは安全だから」

「ん……」

 どっと身体が重くなってきた。

 空腹と安全が満たされて、一気に疲労がでたのかもしれない。

 鉛のように重い身体が、自然にぱたりとベッドに沈んだ。

「おやすみ……」

「おやすみ、ケイト」

 ノーリは寝入ってしまったケイトに毛布をかけてやる。

「女帝イェカチェリーナ。つかの間の休息をゆっくり休むがいい」

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