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王の帰還

「ようやく戻って来たわね……このアグリア帝国の首都に」

 ケイトは独り呟いて、フードをぐっと深く被り直した。

 なにしろ、数ヶ月前まで自分が治めていた都市だ。

 どこに自分の顔を知っているものがいるかわからない。

 自分は相手の顔を知らないが、相手は自分の顔を知っている……というケースも多いだろう。

 誰に対しても油断することはできない。

 口元も布で覆って、顔のうち露出がある部分を眼のみにする。

 ここまですることでようやく気持の整理を果たして、そっとアグリア帝国の首都・モスコに足を踏み入れた。

 ジャック・チャーチルと山田浅右衛門を仲間に加えて、さらに翌日にはシャーロット、芭蕉の二人とは別行動をとってから既に一ヶ月が経過していた。

 あと五日で、チャールズ・カフリンが皇帝に就任するパレードが始まるということになる。

 それまでに各地を巡って一揆を煽動するというのは時間的にも体力的にもギリギリの計画だったが、なんとかやり遂げてケイトはアグリア帝国の首都に帰還することができていた。

 その事実には、ケイト自身ですら驚きを隠せない。

 人間、覚悟を決めると思った以上の力が出るのかもしれない。

 ともかく、計画通り。

 細かい部分では良くも悪くも不備が生じたが、大勢には影響がない。

 あとは、実行するだけ。

 あの日以来、ケイトはシャーロットや芭蕉とは顔を合わせていない。坂本龍馬のスタッフを介して連絡を取り合ってはいたが、どうやら二人は一揆の煽動には苦戦する部分が多いようだった。

 それもやむを得ない。

 なにしろ、彼ら二人はそもそもアグリア帝国民ですらないのだから、彼らに一揆をしろと言われてもそう簡単には受け入れる民ばかりではないだろう。

 それでも、彼らは寝食を忘れて目的に専念して、いくつかの集落の協力を取り付けることに成功していた。

 彼ら二人自身は、決行には間に合わないかもしれない。

 それでもいい。

 私独りでも、チャールズ・カフリンを殺して、アグリア帝国を取り戻す。

「……それにしても」

 ケイトはフードの隙間から視線を巡らせ、首都モスコの様子を観察する。

 アグリア帝国自体は国土の多くで稲作を営む農業国だが、首都だけは例外で商業が盛んな風土だ。

 こうして歩いているだけでも、いくつもの店が軒を連ねているし、特定の店舗を持たない露店も多い。

 食料品の店が多いが、それ以外でも服飾、武器、生活用品などそのバリエーションは多岐に渡る。

 一見して、自分が統治していた頃と変わらないように見えるが、どこかに違和感がある。

 今までとは決定的に違う箇所がある。

 有り体に言えば、治安が悪い。

 窃盗や暴行のような犯罪が目に見えて発生している、というわけではない。

 だが、今まではゴミ一つなく掃き清められていた大通りにゴミが散乱しているとか、整然と商品を連ねていた店舗が雑然としてるとか、ほがらかながらも活気があった店の主人が客に警戒するような視線を向けているとか……一つだけなら気づかなかった点がいくつも積み重なって、この街の今をケイトに残酷に突きつけてくる。

 チャールズ・カフリンはこの首都ですら充分な治世を施すことができないでいる。

 民草に、安寧と平和をもたらすことができないでいる。

 思えば、各集落を巡って一揆を煽動するのが間に合ったのも、こうした不満の蓄積がバックグラウンドとしてあったのかもしれない。

 そうでもなければ、首長に気取られずに一揆を煽動し、挙げ句の果てに首都にまで侵入を許すことはなかったかもしれない。

 ある意味ではチャールズ・カフリンの統治の稚拙さに助けられた……とも言えるが、ケイトはぎゅっと血がにじみそうなほど強く拳を握りしめた。

 私の国を、蹂躙しやがって……!

 歯を食いしばり目を見開いて、意味もなく叫び出すのをこらえなければならなかった。

 そうでなければ気がおかしくなりそうだった。

 あまりにも強く歯を食いしばり過ぎて、口の中に血の味が広がった。

 返せ。

 今すぐ返せ。

 私の国を返せ。

 頭の中で怒りの炎がめらめらと頭をもたげるのがわかった。

「……っと、ごめんなさい」

 髪が逆立つほどの怒りのあまり、前を歩いていた男性にぶつかってしまった。

「失礼しましたわ」

「どこに目を付けてんだ、てめェ」

 じろりと男がケイトを見下ろした。

 見上げるほどの立派な体格の男だが、どこか神経質そうな眼をしている。

「殺されてェのか」

 男が匕首を抜いたのを見て、ケイトは眉をひそめた。

 私が治めていたことのこの街ならば、こんなチンピラなどいなかったのに。

 いや、それは自分を為政者として過大評価しているか?

 自分の時代にも当然チンピラはいただろう。

 ルドウィジアには悪人しかいないのだから、絶無ということはありえない。

 自分ならば、悪度の低い民を守り、悪人ならば悪人を前提とした平和を気づくことができていたというだけだ。

「だから、失礼した、と言っている」

 ケイトはフードの下からじろりと男を睨みつけた。

「去ね」

「ナメた口効くじゃねえか」

「あなた、相手の力も推し量れないほどバカなの?」

 ケイトはため息をつく。

 もめ事は起こしたくない。

 それだけ敵に見つかるリスクが上がる。

「私は気が立っているのよ。そこをどきなさい」

「そりゃこっちの台詞だ」

 男が匕首を突き出すのを、ケイトは手も触れずに地面に叩き付けた。

「先に手を出したのはそっちよ?」

 顔面から地面に倒れ込む男を一瞬だけ確認して、ケイトは立ち去った。

 こんな場所に用はない。

 私の目的の場所は。

 ケイトは真っすぐに進む。

 目的地はかつて自分の執務室があった場所から離れてはいない。

 近衛兵長クラスの人員が、首都を訪れた際に滞在する屋敷がある、と坂本龍馬から聞いていた。

 そのうちの一つ、目的とする場所を発見してケイトは裏口からノックもせずに侵入した。

 その瞬間、鋭い斬撃が首元をかすめた。

 ギリギリでかわした瞬間、衝撃でフードが外れる。

「……よお、ケイト」

「久しいわね、ノーリ」

「身体はなまってねえみたいだな」

「そっちこそ」

 ようやく会えた。

 ノーリ。

 沖田総司。

「ノーリ、また会えて嬉しいわ」

「ケイトが生きていて俺も嬉しいよ」

 極東最強の剣客とロシア皇帝イェカチェリーナ。

 二人はがっちりと握手を交わした。

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