撃剣のジャック・チャーチル(4)
「お前、呑める口じゃねーか、山田浅右衛門」
「あなたのほうこそ中々ではないか、ジャック」
一体どういう顛末でこうなったのか。
ケイトは天を仰いで、酒杯を仰いだ。
天井には、ジャック・チャーチルがクレイモアで開けた穴から星空が見える。
この世界にも月はあるんだな、と思った。
思えば、せっかくの二度目の生というのに、忙しいばかりの生活でのんびり空を眺める機会もなかった。
案外、魔法国イースキールの侵攻がなければ、こうして星を見て酒を飲む機会など、ついぞなかったかもしれない。
「皇帝陛下、杯が空いているじゃないですか。どうぞどうぞ」
「どうぞってお前、俺の酒じゃねえか」
山田浅右衛門とジャック・チャーチルのやりとりと共に、たっぷりと酒が注がれる。
「ジャック、あなた、どれだけ酒を持っているのよ……戦う前も散々飲んだっていうのに」
「カフリンにこの村を任せられてからやることはなかったからな」
ゲラゲラとジャックは笑う。
「丁度この村にも材料があったし、酒を作ってばかりいた。まだまだあるぞ」
「ありがと」
ケイトは自棄のようにさらに杯を飲み干す。
先ほどの戦いから、山田浅右衛門とジャック・チャーチルは一気に意気投合してしまった。
もちろん、山田浅右衛門の攻撃でジャックの土手っ腹には大穴が空いているのだがジャックは包帯を巻いただけで平然と酒盛りを続けている。
職業戦士というのは、やはり体力がおかしい。
自分ならば戦闘に立ってもそれなりに戦えると自負していたが、しかしやはり職業戦士と戦うのは分が悪い。
戦うにしても、戦い方はまた変える必要があるだろう。
例えば、武器を持ち帰るとか?
「ともかく、イェカチェリーナよ。これで貴様はこの村での目的は達成されたというわけだな」
ジャックに視線を向けられて、ケイトは頷いた。
「ええ、私の目的はこの村の製鉄施設を使って、一揆に用いるための武器を確保することだったから」
ケイトは答えた。
「いいだろう、そこは任せておけ」
山田浅右衛門は胸を張る。
「ジャック・チャーチルが仲間になってくれたというのならば製鉄技術を用いて武器を作ることになんの障碍もない。こんな気っ風のいい男ならば、最初から酒を飲みかわしていれば良かった」
山田浅右衛門はそう言うが、実際には一度戦っていなければこうしてジャック・チャーチルと打ち解けることはできなかっただろう。
ジャックとの戦いで負った傷は無駄ではない。
「で、俺はどうしたらいいんだい? 女王サマ」
「あなたは……」
ジャック・チャーチルの質問に、ケイトは唇をなめて、
「当座はこの村で指揮をとっていて貰えるかしら。あと、イースキールに異変を気取られないようにしていて頂戴」
「あん? 俺に敵は用意してくれないのか?」
「そうじゃないわ……とりあえず、この村に異常があったことをカフリンに察せられると困るというのが第一」
「なるほど?」
「いざ決戦の時にはもちろん、戦力になってもらうわ」
「あいわかった……だが、一つ質問がある」
「何?」
ケイトは油断なく、ジャックを見る。
この男は野獣だ。
単なる戦士という範疇に留まらない。
敵にしても味方にしても厄介だ。扱いを誤れば、こちらが食われてしまう。
「イェカチェリーナ。仮に、あんたがチャールズ・カフリンを倒したとして……」
ジャックの瞳が、じっとケイトの瞳を見つめる。
まるで、ケイトの心を覗き込むかのように。
「カフリンを倒したとして、その後、俺に楽しみは提供してくれるのかい?」
「もちろん」
ケイトは即答した。
「私は、ルドウィジアを統一するまで戦い続けるつもりよ」
そう。
それが目的だ。
単に魔法国イースキールと教祖チャールズ・カフリンを退けることだけが目的ではない。
冒険王ピサロの統べるティアグロ連邦も併呑して、ルドウィジアを統一するのが自分の目標だ。
「ほう?」
「それに、万一私の下にいることが気に入らないというのならば、私に反旗を翻してくれても結構。それまでには、もっと魅力的なメニューを用意しておくわ」
「そりゃいい」
ジャックは破顔して、
「いいだろう。当座はあんたの仲間でいてやろう」
「ええ。こっちも充分な環境をあなたには用意するつもりよ」
会話していると、傍らで眠っていたシャーロットがううん、と小さくうめいた。
「大丈夫? シャーロット」
「あ……ケイト」
「そのまま眠っていてくれていいわよ」
「ごめんね」
シャーロットは力なく笑った。
「本番では役に立つからさ」
「そんなに気にしなくていいってば」
シャーロットにかかっていた毛布を直して、ケイトはジャックと浅右衛門の酒盛りから少し離れた。
酔ったわけではないが、酒を飲むと感覚が鈍麻する。
自覚はなくても、警戒心が緩むものだ。
頼りになる仲間がいるとはいえ、あまり油断をするのは好ましくない。
「ケイト」
「きゃっ!?」
突然芭蕉が声をかけてきた。
「いたの!? 芭蕉」
「しばし、席を外しておりました」
少し不服そうに、憮然とした表情で芭蕉は言った。
「仕事がありましたので」
「そうだったの? ごめんね、芭蕉」
ケイトは背伸びをして芭蕉の頭を撫でた。
「私、気が利かないから。仕事をした時は自分は仕事をしたんだ! ってアピールしてくれていいのよ。そのほうが、私も有能なものを重用してあげることができるしね」
「ありがたきお言葉……我が主も喜びましょう」
芭蕉は、自分はあくまで坂本龍馬の部下だ、と示すようにして言った。
「それはそれとして……お話があります。ケイト」
「なに?」
ケイトは声を潜めた。
雰囲気から、ただならぬ話題だと察してのことだ。
考えてみれば、酒盛りをしていた最中に話しかけてこなかったのも、印象を強く残さないためなのだろう。
「暑いわね、風に当たりたいわ」
そう呟いて、ケイトは家の外へと移動した。
「何? 話って」
夜風に当たりながらケイトは言った。
酒と傷で熱を持っていた頭脳が急速に冷えていくのを感じる。
「ノーリ……沖田総司から連絡がありました」
!
ケイトは自分の瞳が爛々と輝くのを感じた。
ノーリから連絡があるということは……つまり。
「どうやら、チャールズ・カフリンを為留める機会を見つけたようですよ、彼は」
呆れたように、松尾芭蕉は言う。
「全く、恐ろしい才覚ですね、ノーリという男は。敵でなくて良かったと、心から思いますよ」




