撃剣のジャック・チャーチル(3)
「改めて力を示すだと? イェカチェリーナ二世」
じろりと、ジャック・チャーチルはケイトを睨みつけた。
「そう言ったのか?」
「ええ、そうよ」
ケイトも負けじと座ったままのチャーチルを睨み返した。
「私があなたの人生を導いてあげる」
返事は鉄のような拳だった。
座ったままの姿勢から考えられないほどの速度と射程で拳が唸るのを、ケイトはバックステップで回避する。
今は丸腰なので、攻撃に転じるには先ほど捨てた鎖を拾い上げなければならない。
「良いのか? 距離をとって」
チャーチルはその筋肉質の体格にも関わらず猿のように身軽に飛び上がると、部屋の隅に立てかけてあった弓を手に取った。
「行くぞ、イェカチェリーナ二世」
洋弓に矢をつがえる動きが流れるようだ。
対応が間に合わない。
ケイトが鎖を拾い上げるより先に、足下に矢が刺さって妨害される。
「次は当てるぞ」
クレイモアをとっても、弓をとっても腕が超一流。
本来ならばケイトが勝てる相手ではない。
それを受けてケイトが思うのは、『仲間に加える価値がある』ということだった。
斥候や暗殺を得意とするシャーロットや芭蕉とは別に、先陣を切って敵と戦える人材。
欲しい。
そのためには力を見せなければならないが、しかし今のケイトに勝てる相手ではない。
勝てないならば勝てないで、やりようはある。
ケイトは追撃を避けながら、家の外へ脱出した。
これでシャーロットと芭蕉が巻き添えになることを防ぐことができる。
「逃げる一方じゃないか。皇帝。俺に答えを見せてくれるんじゃあなかったのか?」
弓を手にしたまま、チャーチルがケイトを追ってでてきた。
既に陽は堕ちて、周囲はとっぷりと闇に包まれてしまっている。
「答えを見せるのはこれからよ」
ケイトは足下から石を拾い上げると、振りかぶって投げつけた。
「っと」
チャーチルは鬱陶しそうに投石から身を逸らした。
闇の中なので、投げつけられた石は回避しづらい。
暗幕の下、不確定要素が増えたほうが勝ち目がある。
状況が困難ならば、場をかき乱してゆらぎを発生させろ。そうすれば光明が見えてくる……というのは、ノーリの戦い方だったか。
私がこんな立ち回りをすることになるとはな、とケイトは自嘲する。
案外、なんでも学び取っておくものだ。
ケイトは足下からいくつか石を拾い上げて次々と投擲する。
もちろん、ちゃんとした投げ方など習ったことはないのだからコントロールは出鱈目だが、それでも牽制にはなる。
なにしろ、ケイトは生前の悪業により戦闘力が向上している。
単純な筋力や戦闘技術においてはチャーチルが遥かに上なのだろうが、一撃の火力は自分が上だ。
接近戦では技術による格差を埋め合わせるほどではないが、距離さえとればテクニックよりも火力がものをいう。
直撃すれば足止めになるし、ダメージになる。
移動砲台のように小刻みに移動しつつ、蓄積ダメージで勝ちを拾う。
「戦いを乱せば自分が勝てる。そう考えているなイェカチェリーナ」
返事はしない。
声を出せば、居場所を気取られてしまう。
闇は味方だ。
この闇にまぎれることが、私の道だ。
「間違いとは言わないよ。乱戦においては遥か格上を雑兵が為留めるという例もなくはない。相手が俺でなければだが」
風を切る音がして、太ももを矢が貫いた。
「……ッッッ」
声が漏れそうになりそうになるのを、必死でおさえた。
嘘だろう?
この暗闇の中で、自分の居場所を狙い打つことができたのか?
どうやって?
「これでわかっただろう? イェカチェリーナ。俺とあんたの力の差が」
闇の中で傷口を探る。
骨には異常はない。だが、動脈を貫かれたのか、出血が多い。
これでは走れない。
熱い血液が、太ももから足下まで伝っている。
どうするか。
唇を噛んだ。
「お命頂戴」
闇の中から芭蕉が飛び出してチャーチルの首をかき切ろうとした。
「無駄だよ、無駄……」
短い気迫から放たれた肘鉄が、芭蕉を捉える。
「……シャーロット!」
三の矢として飛び出したシャーロットが腹部へ鉄扇を突き刺す。
その寸前で鉄扇を膝蹴りで払いのける。
「ふん。これで弾切れか?」
地面に倒れたケイト、芭蕉、シャーロットの三人に対してチャーチルは静かに言った。
「大将を囮にして敵を釣る……というのはまずい手ではないが、相手が悪かったな。それに、二人の連れも体調が万全ではない」
「ふーっ」
ケイトはずっとつぐんでいた口をようやく開いた。
「参ったわね。暗闇の中でかき回せば勝ち筋があると思ったんだけど」
足に力が入らない。
ぜぇぜぇと荒い息をつきながらケイトは言う。
「質問、良いかしら? チャーチル。どうして暗闇の中でも私の居場所がわかったの? 心眼ってやつ?」
「心眼?」
ケイトの問いかけを、チャーチルは一笑に付した。
「そんなものはない。あったとしても、もっと剣の達人などの技術でただの兵士たる俺には使えないよ」
「……じゃあ、どうやったというわけ?」
「ただ気配を察知しただけだ。息づかいや足音さえわかれば敵を為留めることなど用意だ。まして投石が届く範囲ではな」
投石の射程はせいぜいが数十メートル。数百メートルを優に飛ばす弓使いにしてみれば、近い的だったということか。
「降伏しろ、イェカチェリーナ。俺はお前達を本国に突き出すつもりはない。今なら治療すれば助かるはずだ」
「安心したわ」
「ああ、こっちに来て治療を……」
「違うわよ、チャーチル」
暗闇の中で、ケイトはぎらりと目を光らせた。
「降伏はしない。安心したというのは別の意味」
「……何?」
「チャーチル。あなたが闇の中で私達の居場所を察知した理由は息づかいや足音と言ったわね。それは要するに聴覚に頼っていたということ」
「それが……それがどうした?」
「私と話している限り、あなたは闇の中に潜んでいるものを捉えられないと言ったのよ」
チャーチルは急いで地面に目をやった。
闇の中だが、すぐ近くまでは目が利く。
シャーロットと芭蕉はその場に倒れ臥したままだ。
では、なんだ?
そう考えたチャーチルの思考を腹部を貫く熱い痛みが引き裂いた。
「な……なにっ」
「へへ……皇帝陛下。考えてみたら、あんたみたいな可憐な皇帝に頭を下げさせて、全て丸投げして自分が偉そうにふんぞり返っているっていうのも情けない話だよな」
そこにいたのは。
自慢の愛刀で、チャーチルを切り裂く山田浅右衛門の姿だった。
「やっぱりよ、俺も積極的にあんたのプランに乗らせてもらうわ」
「遅い。浅右衛門殿」
ケイトは口を尖らせた。
「でも、ありがとう。助かったわ」




