撃剣のジャック・チャーチル
「私たちは旅のものです。この集落の頭目の方に挨拶をしたいと思って参りました。ジャック・チャーチルさんですか?」
「ああ。ジャック・チャーチルだが」
チャーチルはおおきな目でじろりとケイトたちを見つめた。
身体が強張る。
チャーチルのこれだけの振る舞いからも、彼の強さが伝わってくる。
性質としては、自分やポル・ポトよりもノーリに近い。
つまり、生前は武人だったタイプだ。
悪業では為政者クラスに劣っても、戦い方というのを心得ている。
戦うのは避けたいところだ。
「名前は?」
「ケイトと申します。後ろは松尾とシャーロット」
「入りたまえ」
と、チャーチルは家の中で招き入れた。
ケイトは二人に目配せをして、家の中に上がり込んだ。
虎穴にいらずんば虎児を得ず、だ。
家の中は男の独り所帯にしては小綺麗に整っていた。
というよりも単にものがないというべきか。
チャーチルとしてもこの集落に長居するつもりはなく、機能を停止させればそれで引き上げるつもりなのだろう。
ただし、後ろにクレイモアの大剣に、強弓、さらには何故かバグパイプまでがあるのは見逃せない。
特にクレイモアは厄介だ。
万一、ここで戦うことになったら危険度が跳ね上がる。
「旅人がこんな僻地を訪れるのは珍しいな?」
「道に迷ってしまいまして。ここは僻地なのですね」
ケイトはしれっと答えた。
「街があるんですね? よろしければ、方向を教えて頂きたいのですが」
「東に一日も歩けば街道に出る。そこでまた聞けばいい」
「ありがとうございます」
「あんた、呑める口かい?」
チャーチルが唐突に言い出したので、ケイトは面食らった。
「酒があるのですか?」
「あんた、こっちに堕ちてきたばかりか? 酒は材料さえあれば作るのは簡単だぞ。俺も前世ではレーションをちょろまかして作ったりしていたぜ」
喋りながら、チャーチルは陶器でできた器を四つ取り出して、なみなみと酒を注ぐ。
「こっちの世界に来てから、お酒を飲むのは初めてですわ」
「俺は呑める相手を捜していたんだ。いいところに来たな」
杯を合わせて、一気に酒を飲み干した。
喉がかっと焼ける。
「美味しいですね」
「だろ? こっちに来てというもの、一緒に酒を飲む相手がいないのがつまらなくてな」
チャーチルもぐいと一息で酒を飲む干して熱い息を吐き出した。
「あんたたちが酒に付き合ってくれるのは大歓迎だ」
「この村にはなんだか活気がないようですが、何かあったのですか?」
「廃村が決まったんだ……なあ、おい。つまらない話はやめてくれよ」
チャーチルは再び酒をつぐ。
「いや、済まない……言ったろ? 俺は酒を飲みかわす相手もいないんだ。楽しい話がしたいんだ」
酒の度数がきつい。
ロシア人だったケイトにしてみれば耐えられない度数ではないが、芭蕉やシャーロットは一口飲んだだけで困惑した様子で、ケイトとチャーチルの反応を見ている。
「失礼致しました」
ケイトはふたたびつがれた酒を一息で飲み干した。
「美味しい」
「いい飲みっぷりだな」
「久しぶりの酒の味はたまりませんわね……失礼、私たちはこの世界での事情が飲み込めていなくて、ついつい無粋な質問をしてしまいましたわ、ミスタ・チャーチル」
唇からこぼれかけた酒を、ケイトは人差し指でおさえた。
「生前から酒にはお強かったのですか?」
チャーチルもケイトに負けず劣らずのペースで酒をぐいぐいと飲み進める。
「そうでもない……というよりも、ルドウィジアに来てからは飲まずにはやっていられないというのが本音だね」
彼の様子からは酩酊はしても、意識が混濁するような様子はまるで見られない。
むしろ、酔うことで意識がより研ぎすまされでもしているような。
胃の中で熱いものを感じながら、ケイトは油断なくチャーチルを観察する。
彼の中に、どこか隙のようなものはないか、観察する。
「暮らし向きは悪くはないように見えますけれど?」
「ああ、確かにな。生活は保障されている。俺はこの国の兵士だからな……しかし」
面白くはない。
ジャック・チャーチルはそう吐き捨てた。
「前世は、何をやってらっしゃったのです?」
「前世も兵士だよ。イギリス陸軍のな。ドイツ兵士を何人も為留めてやった。このクレイモアでな」
チャーチルは背後にあった、身の丈ほどもある大剣を示した。
質素な部屋の中で、よく手入れを施された剣がぎらぎらと異様な光を放っている。
今すぐにでも、人を斬らせろとでも言わんばかりに。
「剣士だったのですね。ご立派です」
クレイモアで戦っていたということは、時代でいえば重火器よりは前の時代ということになるか?
「それでこんな面白くない世界に堕ちてきてしまえば世話はない」
「面白くないのですか?」
ケイトは首をかしげた。
「あなたのような、力に溢れる戦士にとって、力で切り開ける大地は心躍るのかと思っていましたわ」
「ああ。俺もそう思っていたんだ」
「……と申しますと」
「チャールズ・カフリンと出会うまではな」
ふ、と視界の隅で何かが動く。
次の瞬間、恐ろしいほどの熱量がケイトに襲いかかっていた。
反応することすらできない。
衝撃で杯が転がって、床を濡らす。
「う〜ん、外したか。酔いが回ったかな」
クレイモアの一撃が、ケイトの首元ギリギリで止まっていた。
「……ッッッ」
頭の中が真っ白だった。
自分がイェカチェリーナ二世だと、アグリア帝国の皇帝だとバレたのか?
しかし、どこで?
今まで、どこにもそんな気配はなかった。
いや、熟練の戦士であるが彼にとって、本意を隠したまま相手を刻むことなど雑作もない、というのならば反論することはできないが、
「次は外さない」
どろりと澱んだ瞳を見て、確信した。
自分がイェカチェリーナ二世だと、彼は気づいていない。
誰でもいいのだ。
彼は戦いに飢えている。
「第一、そもそもチャールズ・カフリンの奴が気に入らねえ。戦いは切って刻んで刻まれて。殺される危険のない戦いになんの意味がある? 魔法の力で世界を征服して、それがどうした? そんな力があれば勝って当然、戦いの醍醐味などそこにはない」
チャーチルの右腕の筋肉がもりもりと盛り上がり、クレイモアの大剣をひょいと簡単に持ち上げた。
規格外の膂力。
「芭蕉、シャーロット」
ようやく自分を取り戻したケイトは立ち上がって腰のチェーンを構えた。
「戦いましょう」
「しかし……良いのですか?」
芭蕉は逡巡しながらもクナイを構えた。
「ジャック・チャーチルとことを構えたら、それはすなわち魔法国イースキールに宣戦布告をするも同じ」
となると、秘密裏に動いて一揆を煽動するという動きそのものが破綻する。
カフリンの手によって鎮圧されて、それでおしまいだ。
「構わない」
それでも、ケイトはしっかりと答えた。
「この男は、戦うことでしか生きられないのよ。私たちの手で、鎮魂してあげましょう」
ケイトの言葉を聞いていたのかはわからない。
だが、ケイトの言葉に呼応するように、ジャック・チャーチルは笑みを浮かべてクレイモアを振り上げた。
「さあ。旅人よ。俺を楽しませてくれ」




