処刑人・山田浅右衛門
「見た感じは、平和っぽいわね」
シャーロックが歩きながら言った。
「ねえ〜、ケイト、よく考えたら馬買えば良くない? 移動早いよ」
「ダメよ、シャーロット。馬は高いでしょう」
正確に言えば、馬が高いからダメだというよりも、高い馬を三人で走らせていたら目立つというのが問題になる。
迅速さは必要だが、そのあたりのバランス感覚は難しいところだ。
「そっか〜。じゃあいいか」
しかし、シャーロットはそれ以上の説明をしなくてもあっさりと納得して頷いた。
「シャーロットの言う通りね。確かに、平和そう」
元々がロシア国民であるケイトにとって『支配される』ということに対するネガティブイメージは強い。
そもそも、ロシアがモスクワ大公国と名乗るそのさらに前の頃は、モンゴル帝国にキプチャク・ハンという名前で長い間支配され過酷な生活を強いられていたのだ。
もちろん、その頃はケイトが誕生する何百年も前の話で、歴史でしか知らない話ではあるけれど、その悲痛と屈辱は遺伝子レベルで刻まれている。
弾圧されるぐらいならば殺す。
その悲痛をバネに、ロシア帝国は強大になったのだ。
「……などと言っても、今は関係ない話か」
独り言をいうケイトを、シャーロットと芭蕉は不思議そうに見つめた。
旧アグリア帝国領に入ってから、五日が過ぎていた。
「ケイト、あなたが言っていた目的地までもうすぐですよね?」
「ええ。もうすぐよ」
と言ったそばから集落が見えて来た。
「あれが目的地」
山沿いにある集落が、最初の目的地だった。周囲の山が山肌が丸裸になっているのが見える。
「あそこにアスクレピオスの一人がいる」
「あすくれぴおす?」
シャーロットが首を傾げた。
「ケイト、それ、なあに?」
そうか、まだ説明していなかったか。
「私に協力してくれていた職人ギルドみたいなものよ。大部分の構成員は首都に住んでいたけれど、仕事がら特定の場所に住んでいる人もいて、その一人」
「信頼できるのですか? ケイト」
芭蕉がそう聞いてきたのは、ケイトがその一人に接触したという事実をチャールズ・カフリンに漏洩される可能性を想定してのことだ。
そうなれば身の危険も跳ね上がるし、暗殺もずっと困難になってしまう。
旧アグリア帝国領で接触を持つ人間は、徹底して厳選しなければならない。
「信頼できる、と思う」
自信なく、ケイトは答えた。
「100%ではない。ただ、どこかでリスクは踏んでいかないといけない」
集落に近づくと、何か違和感に気づいた。
違和感といっても、ケイト自身は直接この集落を訪ねるのはこれが初めてなのだが……。
「芭蕉。シャーロット。何か感じることはある?」
「ボクも来たのは初めてなのでなんとも言えませんが……規模の割に静か過ぎませんか」
「そう。それ、僕も思った」
シャーロットが同意する。
「人がいる気配は結構あるのに、活気がないっていうか」
なるほど。
違和感の正体はそれか。
「もしかしたら、カフリンの意向で何か変化があったのかもしれませんね」
「でも、これまで通過した村は特別おかしな様子はなかった……んだよね、ケイト」
「そう思う」
この集落に、何か異変が起きている。
そういうことになる。
「ケイト、この集落を最初に訪れたのには何か意味があるんですよね?」
「ええ」
芭蕉の疑問に、ケイトはすぐに応じた。
「ここの集落は、自然に発生したものじゃない。私が命じて作らせたのよ。たたら製鉄のためにね」
「たたら製鉄……つまり、鉄器の製造か」
ルドウィジアで金属加工ができないか、というアプローチは最初期から考えていた。
砂鉄を発見したことと、ケイトが権力を得たことでそれを形にしたのがこの集落だ。
「そう。結論を言うと、一揆の蜂起に当たって、武器を作って欲しいのよ」
あのポル・ポトにすら投石機が通用したのだ。
いくら邪悪で一騎当千の強者だろうと、槍が刺されば痛いし、刀で刻まれれば死ぬ。
それほど強い力を持っているわけではない民衆に一揆を起こしてもらうには武器の確保が不可欠だし、現状、前の世界から持ち込んだものを除けば鉄器が最強の武器になる。
「ようやく軌道に乗ってきたところで、この騒動なんだから頭が痛いわ」
なお、本来の目的は必ずしも武器の製造ではなかった。
もちろん武器も欲しいが、最優先は農耕具。要するに、鉄製のクワやカマを大量供給できれば農業効率が爆発的に向上する。
はずだった。
「山田浅右衛門という職人に会いたいのだけれど……」
しかし、顔を合わせたことはあっても集落を尋ねるのはこれが初めてなので所在がわからない。
シャーロットに家の所在を尋ねるように頼もうとした時、
「なんだ、俺の名前を呼んだかい」
と背後から声をかけられて三人は一斉に振り返った。
「浅右衛門殿」
「なんだ、あんたたちは、こんな辺境まで……」
山田浅右衛門はよく日焼けした壮年の顔を歪ませた。
「まさか、あんた?」
「ええ、そうよ。浅右衛門殿」
ケイトはフードを外して微笑んだ。
「久しぶりね、浅右衛門殿。無事で何よりだわ」
「こりゃ驚いた……生きていたのか」
「突然尋ねて申し訳ないと思っているわ。悪いんだけれど、家に入れてもらえるかしら?」
「こりゃまた、珍しいお客さんがきたもんだ」
ケイトたちを家に招き入れた山田浅右衛門は、囲炉裏に鍋をかけて茶を湧かし始めた。
「皇帝陛下がどういう風の吹き回しだい?」
「お願いがあってきました」
ケイトは三つ指をついて頭を下げた。
「はっ」
浅右衛門はケイトの言葉を笑い飛ばした。
「傲岸不遜な皇帝陛下がそんなにしおらしい様子でどうしたね?」
「私を助けてください」
「……というのは?」
「私の現状はご存知ですね? 皇帝の座を追われ、命を狙われております」
「知っている。帝国が丸ごと乗っ取られたんだろう?」
「その意趣返しを……再び帝位を取り戻すことが私の目的です」
「しかしだね、皇帝陛下。俺なんかにあんたを手助けする力はないよ」
「あります」
はっきりとケイトは答えた。
「あなたが号令してくれれば、この集落の職人の協力を得られます。この集落の職人の協力を得られれば、鉄器を確保できます。鉄器が確保できれば、一揆を起こすことができます。その混乱に乗じて私が首都を奪還します」
「正気じゃねえな」
浅右衛門は懐から取り出したコカの葉を噛み始めた。
「その計画を本気で言っているのなら皇帝陛下の頭は正気じゃねえし、その計画に俺たちを巻き込もうっていうのならばそれは集団自殺みたいなもんだぜ」
「それは……」
ケイトは言葉に詰まり、口ごもる。
反論できない。
自分の命ならばいくらかけてもいい。ノーリやシャーロットのような戦士だって、死ぬのが仕事みたいなものだ。一蓮托生といっていい。
しかし、ルドウィジアに暮らす住民は違う。
いくら前世の罪でここに来たと言っても、ルドウィジアでの生活がある。
軽々に命を賭けられる筋はない。
「だいたい、俺たちにとっちゃ御上があんただろうが、別の誰かだろうがそんなに違いはねえ。そんなどうでもいい違いのために命をかけようって奴ぁ、相当酔狂もんだぞ」
ぐうの音もでない。
今の実行力がない自分では、いくら言葉を尽くしてもそれは口先だけのことになってしまう。
「……ケイト」
ケイトを気遣わしげに見ながら、芭蕉は言った。
「こちらの紳士は、どういった方なのですか?」
「俺ぁ、ただの浪人だよ」
「こちらは、山田浅右衛門殿」
項垂れたままでケイトは言った。
「日本の……死刑執行人よ。彼の地では腰物奉行というのだそうね」
「そんな稼ぎをしていたこともあったな。一杯切らせてもらったわ」
山田浅右衛門は、正確に言えば死刑執行人というだけの人物ではない。
幕府公認で武器の試し切りをすることを生業とした、剣の達人である。
戦いの専門家ではないにも関わらず剣術を極めたという特異な役割であるが、その分人を斬った経験は剣客よりもよほど多い。
当然刃物への造形は生半ではなく、製鉄のための集落でも重要な役割を占め、また尊敬を集めている。
「そんなところが、俺がここに堕ちてきた原因なんだろうな。まあ、後悔しちゃいねえけどよ」
ぐつぐつとわき出した鍋を囲炉裏から下ろして、浅右衛門は茶を淹れて三人に差し出した。
「大丈夫? ケイト」
ずっと項垂れていたケイトに、シャーロットが茶を勧めた。
「すまんなあ、皇帝陛下」
自身も茶を啜りながら、申し訳なさそうに浅右衛門は言った。
「俺個人としてはあんたには世話になったし、力になってやりたい気持がないでもない。しかし、ここの職人たちを危険に晒すのは俺の立場から言えばあってはならないことだ。そうだろ?」
「それは……わかるわ」
ケイトは絞り出すように言った。
「浅右衛門殿が言っていることが正しいのはわかっている」
「それにな、皇帝陛下」
浅右衛門は続ける。
「どんなに俺たちに気持があったとしても、このたたら製鉄は終わりなんだよ」
「……とおっしゃいますと」
ケイトが顔をあげた。
「どういうこと? 浅右衛門殿」
「上から命令が下されたんだ。もうたたら製鉄は禁止ってな。ここの集落はもう廃村になるんだ」




