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女帝イェカチェリーナの冒険(5)

「明日には、アグリア帝国領に入りますね」

 夕食を食べ終えた松尾芭蕉が、焚き火に当たりながら言った。

「アグリア帝国領というか、旧アグリア帝国領だけどね」

 ケイトの胸中に、複雑な思いがこみ上げてくる。

 しかし、ようやく自国の土を踏むことができるのだ。

「緊張してきたな。それにしても、ここに来るまでに結構時間かかっちゃったわね」

「追手をかわしながらですので、時間がかかるのはやむを得ません」

 芭蕉がため息をついた。

「しかし、ここから先はますます神経が削れることになりますね」

「ケイト、あなたはアグリア国内で顔は知られているの?」

 シャーロットが首を傾げて問いかけた。

「首都ではまあまあ知られているかな。辺境では直接私の顔を見たことがある人は少ないと思う」

「おい、シャーロット。ケイトにため口を効くな。不敬だぞ」

 芭蕉がシャーロットを睨みつける。

「恐れ多くも女王陛下だぞ」

「え〜」

 煽るように、シャーロットが笑う。

「芭蕉真面目過ぎ〜。それにさ、ケイトだってこのほうがカモフラージュになって良いって言ってたじゃん」

「程度というものがあるだろう?」

「芭蕉の程度っていうのが高すぎるんだよ? 僕のほうが普通よ」

「二人とも、じゃれるのは良いけれどほどほどにね」

 外套に包まって、ケイトはたしなめた。

「今の私は皇帝じゃないし、私はどっちでもいいよ」

「ほらー。ケイトはこう言っているじゃん」

「ケイトの言葉をそのまま受け入れるんじゃない。察せ」

「そんなの、言われないとわかるわけないじゃん。何言っているの? 芭蕉」

 シャーロットの言葉を受けても、芭蕉はなんの反論もしなかった。

「どうしたの? 芭蕉」

 ケイトの声が自然と強張った。

「敵襲でも?」

「いいえ。そうではありません」

 芭蕉はケイトを制して、立ち上がった。

「仲間ですよ」

 立ち上がった芭蕉は大きく手を振る。

「こっちだ」

 それを目印に来たのは、商人風の男だった。

 馬車に乗り、大量の荷物を積んでいる。

「商人……そうか。坂本龍馬の?」

「ええ。連絡に来てきれたようです」

 芭蕉は馬車に近づいて、手紙のようなものを受け取った。馬車はそのままの位置に待機している。

「受け取ってきました。どうぞ」

「ありがと。流石坂本龍馬とその仲間達、仕事が速いわね」

「恐れ入ります。自慢の仲間です」

 焚き火に近づいて書面を開く。

 坂本龍馬からの書簡には調査を依頼した点について、早くもまとめられていた。

 仕事が速すぎる。

 アグリア帝国を再興した後も重用したいくらいだ。

「ふぅむ……」

「なんだって?」

 シャーロットは読みふけるケイトの後ろから、手紙を覗き込んだ。

「そうね。とりあえず、アグリア帝国の現状についてだけど……とりあえず、今のところ、カフリンは首都に滞在している」

「へー。そのまま統治してんのね」

 部下に統治を任せて本国へ帰投している可能性も想定していたが、これは自分たちにとっては都合がいい。

「結局、魔法国イースキール生え抜きでは人材が足りないということかな……アグリア帝国を統治するために部下を置こうにも適当な人材がいないのかもしれないわ」

「なるほど」

「同様に、地方の代官などもそのまま置いている……というか統治機構はそのまま私が作ったのを継承しているみたい」

 ふん、とケイトは鼻を鳴らした。

「考えてみると、チャールズ・カフリンって前世ではただのアジテーターか宗教家で、政治家経験も官僚経験もないものね。そりゃ、私の作ったシステムのほうが有能だわ」

「ならば、ケイト。国民の間には潜在的には不満があるのではないか?」

 芭蕉が言う。

「為政者としては、ケイトのほうが優秀だったのだろう? 為政者としてのノウハウがないカフリンに統治されては、当然不満がたまるだろう」

「ナイス」

 ぱちん、と指を鳴らしてケイトは芭蕉の言った案を受け入れた。

「その案貰った。私の名前を使えば、国民を煽って一揆を発生させることができるわね」

 しかも、カフリンの兵士は人数が限られている。

 個体としての強さはともかく、複数で同時多発的に反乱を発生させれば対応が間に合わない。

 以前は攻められる立場だったから使えない手だったが、今ならばカフリンの統治体制を混乱させるのに使える。

「本来ならば、一揆が同時に大量発生するなんてことはないから、問題になる瑕疵ではないんでしょうけどね」

 前世では国民を煽っていたカフリンが、為政者だったケイトに一揆を煽られるという展開になるとしたら、皮肉な話だ。

「後は?」

「えっと……そうだ。ノーリの動向について」

 ケイトは手紙のページをめくる。

「ノーリ……沖田総司は、今、イースキール本国を統治するトップにいる」

「お会いしたことはありませんが、その方、恐ろしいまでの手腕ですね」

 芭蕉がゾッとする、という風に身体を震わせる。

「スパイとして潜入しておきながら、瞬く間に乗っ取ってしまうとは」

「うん。彼がここまでできるとは私も予想外だった」

 素直に、ノーリを賞賛する言葉を発した。

 ノーリをイースキールに潜入させた時点では、ここまでの結果を出すとは思いもしていなかった。

 アグリア侵攻のどさくさはあったにしても、そう簡単にできることではない。

「彼のこと、もっといい待遇で使ってあげれば良かった、って今にして思うわ」

「どんな男なの? そのノーリさんって」

「どうって……剣客よ?」

 ケイトは眉に皺を寄せた。

「前世では、警察みたいな仕事をしていたみたいで、恐ろしく剣が冴えるっていうのが第一かな。悪意による補正はともかく、単純に斬り合い、剣の腕前という意味ならば彼よりも強い人は見たことがない。それに、短期的な計画を達成するための指揮官としても優秀。不測の事態にも、自分で考えてちゃんと動ける。信頼のおける側近って感じ」

 というのが今までの評価だった。

「特に、ルドウィジアに来て直後は彼の世話になってばかりだったわ」

 だが、それでも足りなかった。

 彼の裡には、もっと恐ろしい可能性が満ちていたのだ。

「こんな時でもなければ、彼の才覚に気づかなかったかもしれないわ。私も人を見る目がないわ……なに?」

 芭蕉とシャーロット、二人の視線を受けてケイトは目を瞬いた。

「ケイトが随分人をベタ褒めするんだなって、ねえ?」

「はい。もっとクールな方だと思っていました、ケイトのことは」

「そんなことはないわよ? 私だって、人並みに感情はあるつもりだし……それに、ノーリは私の評価よりもっとずっと凄かったわけだしね」

「そのノーリさんと連携すれば、カフリンに接近するのも簡単そうですね」

「そうね……」

 ケイトは顔を曇らせる。

「でも、あまり頼りにはできないかもしれない」

「どうして?」

「ノーリのことを、カフリンが全面的に信頼しているとは思えない……何故なら」

 ケイトは少しだけ言葉を切ってから、

「ノーリがイースキールの幹部になるにあたって、既にいた幹部が二名行方不明になっているのだそうよ」

「……殺してますね、それは」

 芭蕉が震える声で言った。

「なかなか、過激な方のようで」

「それでもトップに君臨している以上事後処理は巧く誤摩化したのでしょうけど、間違いなくカフリンも『ノーリは怪しい』とは考えているでしょうね。それでもなお当座の統治を彼に任せているのは、彼が問題なく国家を運営していることもあるにせよ、それ以上に人材不足があるはず……」

 しかし、それでも、今はノーリに頼るのが一番の手であることは間違いない。

 ケイトは少し考えて、懐から取り出した紙にさらさらと手紙をしたためて、馬車で待つ商人に差し出した。

「よろしくお願いしますわね。坂本龍馬にもよろしく」

「はい。確かに」

 営業スマイルで手紙を受け取った商人は、そのまま馬車で走り去った。

「さて、眠りましょうか。これから、一段と忙しくなるわ」

 ふわ、とケイトは小さくあくびをした。

「芭蕉。シャーロット。今までは移動が主だったけれど、これからは戦う可能性が常にでてくる。よろしく頼むわね」

 再び外套に包まり、ケイトは横になった。

 焚き火の始末をした後、二人もそれに続く。

「おやすみ、二人とも」

「おやすみ〜」

「おやすみなさい、ケイト」

 周囲に闇が満ちる。

「あのさあ、ケイト」

 眠りに落ちようとしたケイトに、シャーロットが話しかけた。

「なに? シャーロット」

 半分眠ったままでケイトは応じる。

「ふと思ったんだけど……そのノーリって人にしてみたら、もうケイトに協力しないで魔法国イースキール側についちゃったほうが良い、なんてことはない?」

「え?」

 予想もしていないことを突然言われて、ケイトは戸惑った表情のまま固まった。

「だってさ、ケイト。ノーリさんはもう、その国の大幹部なわけでしょ? そのまま生活していれば、何の不自由もないじゃない。ならば、再興できるかもわからない国のために、力を尽くしてくれるのかな?」

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