女帝イェカチェリーナの冒険(3)
「ピサロ様に遣わされて来たわ。僕の名前はシャーロット・コーディ」
その女が名乗ってからの芭蕉の動きは速かった。
腰の剣を即座に抜き放ち、シャーロットに切り掛かる。
「下がっていてください、ケイト」
風切り音と共に高速で振り落とされた剣を、シャーロットはがっちりと扇で受け止めて、
「他人を気遣う余裕があるのかしら?」
と妖しく微笑んだ。
「そっちこそ、どこまで余裕が持つかな」
言うが早いか、芭蕉は袖からもう一本の刀を取り出した。
二刀流!
ぎゅんぎゅんと音を立てて、高速の連撃を叩き込むのをシャーロットは笑顔を湛えたまま、器用に扇で受け流す。
「ふーっ、厄介ですね」
芭蕉は一度距離をとって、息を整える。
「待って、芭蕉」
ケイトはシャーロットに話しかけた。
「フランシスコからの遣いというのは、どういう意味?」
「時間稼ぎをしても無駄ですよ、女王様」
こちらに向けて、ぱたぱたと鉄扇であおぐ仕草をしながらシャーロットは言う。
「ピサロ様としては、あなたに自由に動いてもらうのは困るわけですよー。故国のために動くっていう気持はわかりますけどね、一度逃げたんですから、潔く諦めたらどうです? ちゃんといい子にしていたら、ピサロ様だって悪いようにはしませんよ」
「悪いわね、シャーロット。それはできないわ」
ケイトはきっぱりと断った。
「諦めるくらいならば、死んだほうがマシというものよ」
「んー、まあそうですね」
あっさりとシャーロットはケイトの言葉を認めた。
「為政者クラスでこのルドウィジアに堕ちてきた人は、そういう方が多いと思います。虐殺者系はまた別ですけど、悪業をしてでも自分の理想を叶えるという強い意志を持つ。ピサロ様だって、あなたと同じような状況に置かれたら、きっと最期まであがくと思いますしね」
シャーロットは笑って、
「では、死んだほうがマシなら死にますか?」
パチン、と音を立てて鉄扇を畳むと力強くそれを叩き付けてきた。
とは言っても、正面からのテレフォンパンチだ。
避けるのに難はない。
と思ったはずだが、身体が動かない。
飛び退こうとしたはずなのに、足に力が入らない。
ぺたんと地面に尻餅をつく。
目の前に鉄扇が迫る。
「……っっ」
地面に転がるようにして辛うじて攻撃をかわす。
おかしい。
何かが起きている。
「大丈夫ですか? 女王様。やはりピサロ様の下へ帰りましょう?」
シャーロットが手を差し伸べてくる。
芭蕉も額に脂汗を浮かべて、助けにこられないでいる。
「……そうか」
ケイトは重い身体を引きずって、走り出す。
「往生際の悪い女王様だこと」
シャーロットは笑いながら、ケイトを追いかける。
「……くっ」
当然、すぐに追いつかれる。
「女王様?」
ケイトは大きく深呼吸をすると、腰の鞭を手に取って振るう。
以前使っていた革製の鞭ではなく、鎖仕掛けの頑丈なものだ。
唸りをあげて飛来する鞭の先端が、シャーロットの扇をたたき落とす。
「どうして……動きが」
「はーっ、私としても初歩的なトリックにひっかかったものね」
ケイトは乱れた髪を直しながら、深呼吸を繰り返す。
「芭蕉、風上に逃げなさい」
「はい?」
「毒よ、毒。このシャーロットはね、毒を仕掛けていたのよ」
「ありゃ。バレました?」
打ち据えられた手をおさえたまま、シャーロットは舌を出した。
「流石ですね、女王様」
「前世で暗殺対策には悩まされたから……昔取った杵柄という奴ね」
やれやれ、とケイトは頭を振る。
「すぐに気づかなかったのはちょっと恥ずかしいわ」
「なるほど、そういうわけですか」
毒から回復した芭蕉が納得した様子で言う。
鍵となっていたのはシャーロットが武器として使っている鉄扇だ。
あれの中に毒薬を仕込み、あおぐことで毒ガスを発生させるという暗具。
本来ならば、涼を求めるための扇に潜ませるのを、敢えて戦闘用の鉄扇に仕込むところが二重のカモフラージュになっている。
「すぐに察することができたのが僥倖ね」
この暗殺への対処は難しくない。
風が鍵となる以上、風上に逃げれば毒には襲われない。
呼吸器から毒を与えるという性質から、毒を充分に吸っていない間ならば深呼吸でも症状を緩和できる。
「フランシスコも容赦というものがないのね。殺してでも私を脱出させたくないというわけ?」
「いや、毒じゃないんですけどね、これ。麻酔。薬ですよ。吸いすぎると、目覚めなくなりますけど」
「同じだろう……」
思わず、という感じで芭蕉がツッコミをいれる。
「それはそうっすね。ピサロ様もそこまで見境無しってわけではないってだけの話です」
認めて、シャーロットは降参、という風に両手を上げた。
「あっさり降参するのね? シャーロット」
「無論ですよ。前世では暗殺の咎で処刑されちゃいましたけどね、今回は状況が違います。ピサロ様にも、死んでも命令を実行しろとまでは言われていませんしね」
どうします? と挑戦するようにシャーロットをケイトを見る。
「殺しますか? 僕を」
ケイトはぎゅっと拳を握りしめた。
ここでシャーロットを殺しては、完全にフランシスコ・ピサロに宣戦布告したことになってしまう。
それは本意ではない。
というよりも、ここでティアグロ連邦を敵に回すと状況がますます絶望的になる。
坂本龍馬だって、ティアグロ連邦での商売を諦めてまで自分に協力してくれるとは思えない。
かといって、このままシャーロットを返すわけにもいかない。
彼女はピサロにコンタクトをとり、ピサロは自分への追撃をますます強めるのは間違いない。
それも、自分の今後の活動に支障が出る。
不安げに、芭蕉も自分の顔色をうかがっている。
ケイトは、大きくため息をついて口を開いた。




