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女帝イェカチェリーナの冒険(2)

「私、このティアグロ連邦から脱出したいと思うの」

 とケイトに切り出されて、青年はすぐに意図を察した様子で多くの質問を返すことはしなかった。

「すぐにですか?」

「ええ。そのほうがいいでしょう」

 ケイトは目配せをして、青年を部屋の中へ招き入れて扉を閉めた。

「思っていたよりもアクティブな方なのですね、陛下」

「玉座にふんぞり返ってでもいると思った?」

 青年に椅子をすすめて、ケイトはベッドに腰を下ろす。

「いくつか質問があるのですが、今のうちに聞いても構いませんか?」

「どうぞ。最初に意思疎通をしておいたほうがスムースでしょう」

「どこまで逃げるおつもりですか? 陛下」

 青年はクレバーに、的確かつ端的に質問をする。

「一口に逃げると申しましても、どこを目的にするかで全く動きが違ってきます」

「いい質問ね」

 ケイトは足を組み直して考えこむ。

「実際のところ、最終的なヴィジョンというのは固まっていない。というのは、まだ未確定の情報が多すぎるから」

 三本、ケイトは指を立てて、

「三つ、情報が要る。一つは、ノーリの動向。ノーリのことは聞いている? 前世では沖田総司って名前なんだけど」

「前世のことは存じ上げませんが、陛下の側近の騎士と聞きました」

 青年の見た目がアジア系なのでノーリと同邦かもしれないと思っていたが違うか。

 まあ、アジアも広い。

 時代によっては、ヨーロッパよりも遥かに人口が多いとも聞く。

「そう。もともと、イースキールに情報収集にあたってもらっていたんだけど、彼がイースキールでどんな状況に置かれているのか。これは坂本龍馬に調査を依頼してある。それから」

 ケイトは言葉を切り、

「次に、チャールズ・カフリンについて。彼が魔法国イースキールの中核だから……というか、詳しくはまた話すけれど、カフリンがイースキールそのものとすら言えるので、やはり彼の居場所が最大の重要事項」

「つまり、陛下の目的はチャールズ・カフリンの撃破にあるというわけですか」

「そうね。基本的には、カフリンを暗殺することが重要事項だと考えてる」

 実際に自分が直接に暗殺を試みるかというと、わからない。

 ノーリのほうが暗殺しやすい状況となれば、そう動いてもらうことがあるかもしれない。

「その辺は、状況をみて考えるつもりではあるけれど」

 前世ならば、国王や大統領を暗殺したからといって国が瓦解するということにはならない。

 実際に、戦争中に大統領が病没した事例もあったと聞く。しかし、だからといってその国が敗北したかというとそうではなかった。

 別の血縁者や側近、幹部にあたる人物が取って代わるというだけのことだ。

 前世では。

 このルドウィジアでは全く違う。

『天恵』を持っている人物に関しては、代替が効かない。

 特に魔法国イースキールの軍事は、チャールズ・カフリンの魔法に深く依存している。

 ならば、カフリンの暗殺はてきめんに効く。

 もっとも、自分は既にイザベラに暗殺司令を出して、失敗している。

 今まで以上にカフリンは暗殺を警戒していることは間違いない。

 同じような手では、カフリンと相対することすらできまい。

 今回が以前と違うのは、ノーリがイースキールの内部に深く存在しているという点だ。やはり、彼と連絡をとることが最優先事項となる。

「三つ目は? 三つ目はなんですか? 陛下」

「フランシスコ・ピサロがどう動くか」

「!」

 驚いた様子で、青年は目を見開く。

「ピサロとは協力関係にあるのではないのですか?」

「かつてのアグリア帝国と、ティアグロ連邦は国交が盛んだったし、今は私を匿ってくれているけれど、別に協力しあっているというわけではないわ。今も利害は一致していない」

 ケイトはアグリア帝国の再起が念頭にあるが、ピサロはティアグロ連邦が侵されない限り特段アグリア帝国について思うところはないだろう。

「では、ピサロとの関係はどうするのですか?」

「もちろん、何も言わずに失踪するつもりでいるから……フランシスコには不義理をする形になるわね」

「しかし……いいのですか?」

「構わない」

 ケイトは決意を込めて言い切った。

「どちらにしろ、私はアグリア帝国を再興するつもりなのだから。そうなれば、このぐらいの不義理を帳消しにするぐらいのメリットを、フランシスコに、ティアグロ連邦に提供できる」

「なるほど。ご慧眼です」

 青年は頭を垂れる。

「承りました。では……早速、脱出と参りましょうか」

「えっ?」

 ケイトは戸惑って両手をあげて宥める仕草をした。

「ちょっと待って、出るのはまだよ。しっかり計画を練らないと、すぐフランシスコに見つかっちゃうわ」

「いいえ、私にお任せください」

 青年は、少しだけ得意げに口角をあげた。

「そういうのはちょっとだけ得意なんです。まずは市街を抜けましょうか」




「驚いた」

 夜の街を歩きながら、ケイトはまんまるに口を開けた。

「あなた、有能じゃない」

 フランシスコ・ピサロの屋敷を抜けるだけでも相当な計画が必要になりそうで、頭をひねっていたというのに、青年の手にかかると脱出は瞬く間だった。

 もちろん、街を抜けるには歩いても数時間かかる。

 市街地を抜けても、国境までは歩きでは数日は見ておかないといけない。

 気を抜くのはまだまだ早い。

「前世でこういう仕事をしていたの?」

「私は前世では隠密でしたからね」

 青年は前を向いたままで、剣の柄を叩く。

「隠密?」

「ええ。格好よく言えば忍者というわけです」

 青年は自身に満ちた表情で言う。

「前世での名は松尾芭蕉。出身は日本です」

「日本か。ノーリと同郷ね」

「存じ上げませんね。ボクよりも後の時代の方なのでは? 陛下」

「かもしれないわね。私、日本のことはよく知らないから」

 ケイトは首を傾げて、

「そうだ、陛下と呼ぶのはやめておいてね、芭蕉」

 手を伸ばして、ケイトは芭蕉の唇に触れる。

「ここから先、私達は負われる身なんだから、素性を隠しておかないと」

「……わかりました、ケイト」

 敬語はそのままか。

 まあいい。

 どうしたって、自分の気品は隠せない。

 呼び方を変えるのは、気休め程度の意味しかないだろう。

「ケイト」

 突然、芭蕉が歩みを止めた。

「申し訳ありません。ボクの失策です。追手が既に放たれていたようです」

 暗い路地裏に、ドレスを着た髪の長い女が独り。

 手の中で、優雅に扇を広げている。

 夜道にただぽつねんと立つ、その女とのギャップが鮮烈で、言いようのない違和感を発揮している。

「仕方がないことだわ、芭蕉」

 ケイトは腰に備えた鞭に手をやって確認する。

 オーケイ、いつでも戦える。

 大きな騒ぎになると面倒だが、路地裏でなら、そして一瞬で為留めれば、その点はなんとかケアできるだろう。

「部屋を抜け出した時点で、いつかはばれること。あなたの落ち度ではないわ」

「初めましてになるわね、女王陛下」

 ケイトのやりとりを聞き届けてから、その女は不敵に微笑んだ。

「僕の名前は、シャーロット・コーディ。ピサロ様に遣わされて来たわ」

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