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自由の国ティアグロ連邦と、冒険王ピサロ

「全く意外な展開だよ、本当に……本当に、俺の予想を越えていた。わずか数日で、アグリア帝国が滅亡するなんてな」

 アグリア帝国、魔法国イースキールと並び立つ第三の国、ティアグロ連邦。

 その盟主、フランシスコ・ピサロは独り言のように言い、ワイングラスを傾けた。

「間違いなくアグリア帝国は最も広範な国土と高い農業生産能力を誇る最強の国家であった。にも関わらず、何故魔法国イースキールの侵攻を受けてわずか数日で滅びるに至ったのか」

 ピサロは鋭い双眸でじっと相手を見つめた。

「なあ? お前はどう思う、イェカチェリーナ」

「なんの嫌味よ、それは」

 滅亡したアグリア帝国の皇帝、イェカチェリーナ二世はため息をついた。

「とはいえ、私の亡命を受け入れてくれたことには感謝しているわ、フランシスコ」

「とんでもない……俺たちはアグリア帝国には世話になっていたからね。イェカチェリーナ二世殿を受け入れることに異論などあるはずもない」

 フランシスコ・ピサロの言葉をそのまま受け入れるほど、ケイトは初心ではない。

 彼が自分を受け入れたのは当然、魔法国イースキールとの取引の材料にするためだろう。

 有り体に言ってしまえば、自分を捕虜として献上する代わりに、有利な条件でティアグロ連邦を安堵して欲しい、というようなことだ。

「そんな緊張せずともよい、イェカチェリーナ」

 ピサロは微笑む。

「俺は個人として、あなたのことは高く評価しているんですよ。アグリア帝国を最強国家足らしめた実力は疑う余地がなく、また前世の手腕も非凡だ。統治者としての力量は間違いない」

「最強国家なんて響きも、今では空しいだけだけれどね」

 前世のことを言うならば、ますますフランシスコ・ピサロは信用できない。

 彼は、ペルーを征服したスペインの海賊だ。

 ペルーの王を人質にとり金銀財宝を奪った挙句、王も人民も皆殺しにしたというすこぶるつきの邪悪だ。

 信頼できる要素など全くない。

 それを言えば、イェカチェリーナ二世としての人生だって褒められたものではないが。

「それに、私は国民を見捨ててティアグロ連邦に逃げ出したわけだし、今は賞賛を受けても空虚なだけ」

「フフフハハハ。確かにな」

 何がおかしいのか、ピサロは大声で笑い出した。

 ケイトは不機嫌に笑いが収まるのを見る。

「ハッハッハ……いや、失礼、失礼した。イェカチェリーナよ。確かに今のあなたはフォローの余地のない暗愚だな」

 ピサロは鋭い目を見開き、

「自国が滅亡しようという最中、真っ先に逃げを打った暗君。仮にあなたがアグリア帝国に残って指揮を執り続けたのならば滅亡は一週間は遅らせることができたのではないか」

「ええ、そうでしょうね」

 指揮官としても戦闘力としても、自分が戦線を保ち続ければ戦況が大きく変わっていたのは間違いない。

「確かに、この世界に歴史家がいるとしたら、私は比類なき愚帝として歴史に刻むことでしょう」

 しかし、とケイトは続ける。

「私は自分が間違っていたとは思いません。私がいくら戦線を維持しても、チャールズ・カフリンの魔法の前ではいずれは後が続かなくなり、敗北していたはずです。ならば私が亡命し、臣下には被害が少ないうちに降伏させる、という判断は誤りではない」

「ふぅむ……なるほどな」

 ピサロはじっとケイトを見つめた。

「王も国土も滅びてはいないわけだしな……一理ある。しかし、イェカチェリーナよ」

「なんです? フランシスコ」

「俺の下に亡命したことは誤りではないのかな?」

 ピサロは腕を伸ばして、ぐっとケイトの肩を抱き寄せた。

「俺のことは危険だと思わなかったのか?」

 ピサロの精悍な顔つきが目の前に迫る。

 吐息が感じられそうなほど間近に顔を寄せられながらもケイトは、

「……あなたの愛妾となることで、私の目的が果たせるのならば喜んであなたに身を捧げるけれど」

 と挑発的に微笑んでみせた。

「覚悟はできている? フランシスコ・ピサロ」

 それを聞いて、あっさりとピサロは肩に伸ばしていた手を離した。

「冗談だ。毒蛇に手を出すほど女に飢えちゃいない」

「あら、残念ね、フランシスコ。あなたのこと、結構素敵だと思っていたのに」

「馬鹿を言っているぜ」

 あながち冗談のつもりでもなかったのだが、とケイトは微笑む。

 いい意味でも悪い意味でも、自分は爆弾だ。

 うまくピサロに取り入ることができれば、と思っていたのだが、そううまくはいかないらしい。

「ピサロ様。客人が来られました」

 静かに歩み寄った使用人がピサロに声をかけた。

「あん?」

 ソファに腰を下ろしたままで、ピサロは威圧するように言った。

「追い返せ。今はそれどころじゃない」

「いえ、それが……その」

 と、使用人は口ごもり、

「女王陛下に話がある、と申しております」

 ケイトとピサロは顔を見合わせた。

 早くもここにケイトが居合わせることを察知した人間がいるのか?

「俺じゃないぞ、イェカチェリーナ」

 よほど怖い顔をしたのだろうか。

 弁解するようにピサロが言う。

「あんたを売り渡すならもっと巧いやり方をするぜ、俺は」

「でしょうね。あなたを疑ってはいませんよ、フランシスコ」

 女帝イェカチェリーナを売るのならば、効果的な方法がいくらでもある。

 情報が漏れたのならば、ピサロからではない。

「俺の側近っていう線も、ないと思うぜ……そのぐらいの損得勘定はできる奴を使っているつもりだ」

 ピサロはやれやれ、と頭を振る。

「通せ」

「はっ」

 そのやりとりを見届けて、ケイトは不安げにピサロを見る。

「良いの? フランシスコ」

「直接荒事を起こそうってわけじゃないのなら、話だけは聞くつもりだ。商談になるかは相手次第だがな」

 商談……さしずめ今の自分は目玉商品というわけか。

 ケイトは自嘲気味に笑う。

 もっとも、賞品価値があるうちが華だが。

「連れてきました」

「やあ、冒険王フランシスコ・ピサロに女帝イェカチェリーナ。お二方ともお揃いで」

 と、姿を現したのは長身の青年だった。

 ケイトはその姿に見覚えがある。

 この男は。

「坂本龍馬……っ」

「三年ぶりですね、女王陛下」

 坂本龍馬は慇懃な仕草で、仰々しく礼をしてみせた。

「商談に参りました」

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