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最期の日

「ちょっと、上官っぽかっただろ、私」

 胸に包帯を巻かれながら、エイレーネは得意げに言った。

「はい? なんですか、エイレーネ」

 こうして会話している間にも、エイレーネの小さな身体からはどくどくと血が流れ出ているものだから、包帯を巻くのに必死で自然俺の返答もいい加減になる。

 未だに、地下通路の中でのやりとりである。

 血まみれ泥まみれで地上に出たら、イースキールの住人に見つかってしまって事後処理が困難になる。

 少なくとも、地上に出るまでに呂布とジョゼフ・フーシェの遺体だけは始末しないといけない。

 衛生的にも悪いし、何より血の匂いがこもって気分が悪いのだが、こればかりは仕方ない。

「もう! ちゃんと聞けよな、総司」

 エイレーネは子供っぽく頬を膨らませた。

「ちゃんと聞いていますよ」

「俺が身代わりになって呂布の槍を封じて、お前の攻撃のチャンスを作り出す感じ。なかなか格好いい連携だったと思うんだよな」

「確かに予定調和でなしに連携した割には、うまくいきましたね」

「身を呈して部下に攻撃の機会を与える私、格好よかっただろ? お前の上官としては頼りないところもあったと思うが、これでちょっとは見直してもらえたかなっと思ったんだ」

「ええ……素敵でした。世界一ですよ」

「あー! こういう関係を前世でも築けていたらなあ。私も、世界史に名前の残る偉人だったんだろうな。惜しいことをしたぜ」

「エイレーネ、あなたは俺にとってはずっと英雄ですよ」

「うーん、そっか」

 はは、と照れたようにエイレーネは笑う。

「じゃあ、今のところは総司のヒーローで我慢しておいてやるか」

 それから、エイレーネはニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。

「それに、これから私は魔法国イースキールを乗っ取り、ルドウィジアを統一して世界に冠たる女帝になるんだ」

「エイレーネ。包帯を巻き終えましたよ」

 ぱん、と手を打ち合わせて立ち上がった。

「まだ血が止まっていないので、しばらくしたらまた包帯を取り替えたほうがいいですね」

「ありがとよ。助かった」

 あれだけ血が流れた後だというのに、エイレーネは身軽にぴょんと飛び跳ねたり身体を捻ったりし始めた。

「う〜ん、痛いけどまあ、呂布を相手取ったにしてはこんなもんで済んだのはラッキーなんだろうな」

「元気ですね、エイレーネ……」

 呆れたように言った僕のほうが、ガクンと急に膝が砕けて地面にへたり込みそうになった。

「おい、総司、大丈夫か?」

「いえ……ちょっと疲れがでたみたいです」

 足下は大量の血液でぬかるんでおり、気をつけていないとすぐに転んでしまいそうだ。

 エイレーネに手を取られて、辛うじて立ち直す。

「フーシェと呂布を同時に相手取るのはしんどかったですね……」

「だな。さっさと状況を整理して地上に戻るぞ。休む時間はない」

 そうだ。

 まだ事態は収拾を見ていない。

 気を抜くわけにはいかないのだ。

 クラクラしそうになる頭を振って、少しでも頭をしゃっきりさせる。

「そうだ、お前、あのミイラはなんだ? まさか本当にナザレのイエスの遺体なんてもんがあるのか?」

「あれはイエスの遺体じゃなくて、イエスの生体ですよ……まあ、それについてはおいおい話をします。それよりもエイレーネ」

 俺は暗い目でエイレーネを見た。

「今後のイースキールを乗っ取る算段としてはどういった予定で考えていますか?」

「あん? そうだな……」

 エイレーネは自信の顎に手をやり、

「まずは、チャールズ・カフリンが帰還するまでにイースキールに残る勢力を掌握することだな。まあ、呂布とフーシェがいない今ならそれは大した問題じゃない。問題はその後だ。カフリンが帰還したら、当然イニシアチブはそっちに持って行かれちまう。だから、できれば混乱に乗じてカフリンを暗殺しちまいたい……そうすれば、後は近衛兵長同士でカフリンの後釜争いになるだろうから、そこで主導権を奪う……という予定かな。それがどうした?」

「……いえ」

 と、俺は静かに応えた。

「俺独りでもちゃんとこなせるように、エイレーネの計画を聞いておかないとと思いまして」

「……あ? そりゃどういう意味……」

 エイレーネの言葉が途中で止まる。

 俺が握る呂布の刀が、包帯を巻いたばかりのエイレーネの身体を貫いていたからだ。

「なんだ……こりゃああァァァ」

「ああ……たまらない。やっぱり斬るなら女に限るね?」

 俺は腕を捻って、さらにエイレーネの身体を切り裂く。ずぶりと筋肉を切り裂く感覚が直に伝わってくる。

「手前ェェェ……なんの真似だぁ」

 エイレーネはギリギリと端正な顔立ちを歪ませて凄む。

「お前、最初からこのつもりで……?」

「俺がこの世界で忠義を立てているのは、最初からイェカチェリーナ二世だけですよ」

 剣を引き抜くと、ぷしっと音を立てて鮮血が吹き出した。

「さらばです、エイレーネ」

 剣を翻して、一刀の元にエイレーネの頭部を切り落とした。

 何か言おうとして口が中途半端に開いた表情のままで、エイレーネの頭部は地面に落ちる。

 血と泥の中に落ちた頭がばしゃっと湿った音を立てて、金髪が醜く汚れる。

 それから、ようやく主を失った彼女の身体が地面に倒れた。

「さて……ようやく坂本龍馬との盟約通りにイースキールを乗っ取ることができそうだ」

 と、首の骨を鳴らした。

 しかし……その前にやらなければならないことが多い。

 呂布、フーシェ、エイレーネの遺体を処分することもそうだが、チャールズ・カフリンをどう処理するのかも頭が痛い。

 とはいえ、カフリンの侵略を受けているアグリア帝国が滅亡する前にイースキールの中枢を乗っ取ることができたという点でうまくやったと言ってもいいだろう。

 あとはコントロール次第で、アグリア帝国と俺でカフリンの軍勢を挟み撃ちにすることができる。

 そこでカフリンを殺害するのがベストの展開だ。

 そうでなくても、大きく彼の勢力を削ぐことができるだろう。

「全く、人使いが荒いよな、ケイトは」

 独りぼやいて、俺は遺体の処分を開始した。




 呂布とフーシェ、それにエイレーネの遺体を埋葬した俺が地上に出た俺が最初にしたことは、大きく深呼吸をすることだった。

 土ぼこりや血糊で汚れていない、新鮮な空気が気持いい。

 まずはエイレーネの執務室に戻って着替えるか、と歩き出すと、

「沖田さん!」

 と、見知った住人が話しかけてきた。

「なんだ?」

 住人は俺の血まみれの風貌にぎょっとした様子だったが、すぐに自分を取り戻して

「フーシェ様か、エイレーネ様を見ませんでしたか?」

「わからないな。何かあったのか?」

「いえ……」

 その職員は口ごもって、

「猊下より連絡が入りました。首都モスコを制圧し、アグリア帝国の征服に成功したそうです」

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