呂布の裏切り
「話をしようか、呂布殿」
「呂布で結構。私からも沖田と呼ばせて頂きたい」
「よろしい」
俺たちは握手を交わして、少し離れる。
と言ってもお互いの間合いだ。
抜刀して首をとるのに一秒もかからない。
常に相手は一流の武人であるということは忘れてはならない。
抜刀するような事態になったら、それは敗北そのものだ。
「呂布。この世界のルールは知っているか?」
「ルール? この世界では強さに生前の邪悪さが反映されるという点か?」
呂布は低い声で、油断なくこちらを睨みながら応える。
「わかった。あんたの理解はそこまで、なんだな」
ぴくり、と呂布の眉が振るえる。
よし、かかった。
ジョゼフ・フーシェが手札のうち全てまでを呂布に公開していないことは想像していた。
何しろ、呂布の前世は乱世の梟雄だ。
ジョゼフ・フーシェも呂布に対して100%の信頼を置いているとは思われない。
ならば、呂布とフーシェとの間に亀裂を入れるのは不可能ではない。
相応のリスクは伴うが、『フーシェは呂布に信頼を置いていない』と思わせる。
おそらく、『天恵』については近衛隊長クラスまでは認識の統一はなされているが、それ以下の近衛兵については上官の近衛隊長の判断次第ということなのであろう。
「この世界にはまだ他のルールもある。何故、猊下に魔法が使えるのかまでは、呂布は理解していないだろう?」
「……何が目的だ?」
「俺たちの手元にある情報を全てあんたに渡す。だから、俺たちの助命を嘆願したい」
できるだけ、自信を込めて言った。
「ここまで粘ってきたが、もはや俺たちはフーシェ陣営に対して勝ち目がないことはわかっている。なので、その点については俺たちも割りきったところだ。だから、海外亡命でもなんでもいいから命乞いをすることに決めたんだ」
なあ? とエイレーネに同意を求めた。
「呂布。あなたならば、俺たちの持っている情報を有効活用できるんじゃないですか? ということよ」
と、エイレーネも言い添えた。
フーシェならば、ではなく呂布ならば。
こちらから提案する形ではいけない。あくまで、呂布本人の自由意志で釣っていくことが大事だ。
「……いいだろう」
ふん、と呂布は長く息を吐き出した。
「話だけは聞いてやろう。まず、そちらの手札を公開して欲しい。助命嘆願に応じられるのかどうかはそちらのカード次第だ」
よし、乗ってきた。
悟られないように、心の中でガッツポーズを決める。
「まず、猊下の『魔法』についてだが、俺たちはこのルールを『天恵』と呼んでいる。この世界の神より与えられたものだ」
「神……だと」
呂布は眉をひそめるが、構わず続ける。
「信じる信じないは結構。そちらで信頼に値するのかは判断すればいい。だが、この世界のルールは前世とは異なるということはわかっているだろう? あり得ないとは言い切れないと、分かってもらえると思うがね」
と、突き放した。
このぐらいの言い方のほうが信用度が説得力が出るというものだ。
「そして、コミュニティ一つごとに天恵を与えられるというシステムになっているようだ」
「コミュニティ一つ、ということはアグリア帝国やティアグロ連邦にも同じような異能力者がいるということか」
呂布が質問を返した。
思ったよりも飲み込みが早くて助かる。
後世では忠義の薄い猪武者のような描かれ方もするが、本質的にはクレバーなのだろう。
「ああ。といってもアグリア帝国に『天恵』保有者はいない。何故なら、俺が願いを能力ではなく知識という形で受け取ったからだ」
えっ、とエイレーネが驚きに声をあげたが、無視して続ける。
そういえば、エイレーネには伝えていなかったか。
「この世界のルールについての知識だ。そして、それをここで明示することでアグリア帝国のアドバンテージは消えたと思ってもらって結構」
「なるほどな」
感心した様子で呂布はあごをなでて頷いた。
「納得はしないが、理解はできるな。しかし、情報はそれだけか? ならばお前達の助命を嘆願するには足りないな」
「まあ、待てよ。いくら俺だってこれだけの情報で済まそうというつもりはない」
呂布は知らないが、近衛隊長クラスならばほぼ同じような知識はある。ここまではジャブだ。
本命はここから。
「このルドウィジアには『前回のゲーム』があったのを知っているか?」
「『前回のゲーム』?」
「この世界は広大なサバイバル・バトルロイヤルなんだよ。そして初回ではない。何度目かはわからないが、少なくとも前回のゲームも存在した」
「……それで?」
無自覚なのだろうが、呂布は身体を前にせり出していた。
興味を示しているのが見え見えだ。
あと一息。
「ここからが俺の切り札なんだが……このゲームの優勝者は前の世界に干渉できる」
「待て。お前、どこでそれを知った?」
呂布は早口で言った。
「俺の手元に前回優勝者がいるからさ。これをあんたに売り渡す。どうかな? 俺にはこれ以上の情報を引き出せなかったが、あんたならもっと凄いことができるんじゃないのか?」
「……前回優勝者は、誰だ? やはり前世での大罪人か?」
「ナザレのイエス。イエス・キリストだ。中国人のあんたでも存在ぐらいは知っているだろう? 世界最大の宗教の開祖だよ」
呂布は無言でじっと俺の目を見たまま、考え込む様子を見せていた。
はっきり言って、メチャクチャに怖い。
ただでさえハッタリの綱渡りなのに、相手は中国最強の武将呂布だ。
これで平然としていられるほうが神経がいかれているというものだ。
必死に刀に手を伸ばすのをおさえなければならなかった。
ここで剣を手にしたら全てが終わりだ。
「そのイエスと直接会うことはできるか?」
「ああ……いや、その前に俺の助命嘆願をして欲しいな」
「良いだろう」
思いのほか、あっさりと呂布は言い放った。
「飛将軍呂布の名前と誇りにかけて請け負おう」
裏切りの代名詞にそう言われても全く信用ならないが、ここらが潮時だ。
「では、まずそちらから頼む」
「ああ。直接話をするがいい」
呂布はにやりと笑みを浮かべて、神殿の入り口の扉へと手をかけた。
「……え?」
俺の顔が強張ったのがわかった。
「お前達は私を乗せるのが目的だったんだろう?」
見透かしたように、呂布は言う。
「私を乗せて、ジョゼフ・フーシェのことを裏切らせる。そして、チャンスを見て私のことも暗殺する。そうしたプランだったんだろう? 生憎と、私も生前の反省はしているのでな。お前達が生前の失敗を繰り返さぬよおうに努めているのと同じように」
きしむ音を立てて、神殿が開かれる。
そこにいたのは、
「よくやったぞ、呂布。褒めて遣わす」
ジョゼフ・フーシェその人だった。
「二人を拘束せよ」
静かに、ジョゼフ・フーシェは勝利を宣言した。
「さあ、ナザレのイエスの居場所へ案内してもらおうか?」




