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沖田総司と呂布

「ねえ、総司! 降伏するってどういうこと」

「言った通りの意味だよ、エイレーネ」

 二人きりで朝食のテーブルを囲みながら、そんな会話をかわす。

「いや、ねえ、冗談でしょ? 総司」

「本気だよ」

 野草とベーコンを堅パンでサンドイッチしたものをもしゃもしゃと咀嚼しながら、エイレーネと会話を交わす。

「美味いな、エイレーネ」

「残っている人員の料理が巧いのが救いだよな……本当、生き返る」

 野草のお茶を静かにすすりながらエイレーネは答える。

「って、話をそらすな、総司。何を考えているんだ? 私を売ることで自分だけは生き延びることを考えているわけじゃああるまい?」

「そんなわけないでしょう、エイレーネ……だったらあなたに言わずに一人でフーシェに内通していますよ」

 俺の立場次第ではそれも一つの手だったかもしれない。

 この世界でアグリア帝国ではなく魔法国イースキールに堕ちてきていて、俺の行動指針が生存を目的とするものだったならばそうしていただろう。

 だが、今の俺は違う。

「じゃあ、どういうつもりでいるっていうんだ? 正直に答えろ、総司」

 エイレーネは腰の剣に手をかける。

「どうにもならないようなら、最後の切り札を切らねばならない……と思い詰めているんでな」

「そのカードはどうか最後までとっておいて頂きたい」

 俺は慎重に答えた。

 まさか本気で抜く気ではあるまいが、こんなところでエイレーネと喧嘩をするのも馬鹿げている。

 今のところ俺の敵は、あくまでチャールズ・カフリンである。

「フーシェではなく、呂布に降伏するんだ」

「あん? 呂布に内通するのは無理だって言ったじゃねえか……いや」

 エイレーネは眉をひそめて考え込む素振りを見せて、

「それは……お前を信じていいんだな?」

 翠緑の瞳でじっと俺を射抜く。

 心の底まで見透かされそうなその瞳に、どきりと心臓が高鳴る。

「もちろんだとも、エイレーネ」

「なら、信じる。部下を信じるのも王の度量だろ」

「信頼して頂けてありがたいです」

「ま、フーシェが勢力拡大しても、総司はあっちに逃げずに私の下にいてくれているからな。信頼する理由としては充分よ」

 で、とエイレーネはお茶のカップをテーブルに置いた。

「私に協力できることはあるか?」

「呂布に繋いでもらえますか。俺の名前で呼び出しても、おそらく来ないでしょうが」

「私の名前で呼んでも来るかは怪しいんじゃねーか? 今の私にはなんの求心力もないぞ」

「いえ」

 と、俺は否定する。

「エイレーネには充分に権威があります。実績といってもいい。前世であなたが積み重ねた実力と、その雷鳴が生きている」

「……そう言われるのは悪い気がしないな」

 照れいったエイレーネが頭をかく。

「じゃあ、今日の午後の予定で呂布にコンタクトを図る。繋ぐのは、そうだな。私の旗下にいるフーシェからの内偵でいいだろう」

「こうなると、下にフーシェからの内通者がいるのは好都合ですね」

「ま、こうなってはな……場所はどこがいい? フーシェの執務室はまずいよな」

「そうですね。フーシェの耳にに入る確率は低く抑えたい……その上で、呂布が警戒せずにでてきやすい場となると」

「神殿でいいんじゃねーかな」

 エイレーネは首を傾げた。

「今は丁度、あそこには誰もいないだろ?」

「そうですね。それでいいと思います」

「あと条件は何かあるか?」

「呂布には独りで来て欲しいってことと……あと、エイレーネも一緒に来てもらえると助かります」

「オーケイ、任せておけ。では、先方の事情で変更があったらまた連絡するということで」

 欠伸をもらして、エイレーネは長い金髪を揺らして立ち上がった。

「情報漏洩を避けるために、私は話を聞かないでいたほうがいいよな?」

「話が速くて助かります」

「じゃ、頼むわ。一応、私にも腹案はあるけどこのぶんじゃお前に任せたほうが良さそうだ」

「ちょっ、エイレーネ」

「あん? なんだよ、総司」

 立ち去りかけたエイレーネが鬱陶しそうに振り返る。

「まだなんかあるのか?」

「いえ……そうではないのですが」

 少し口ごもってから、

「俺のことを信頼しすぎじゃあありませんか」

「あのな、総司」

 呆れた様子でエイレーネは、

「同じことを何度も言わせるなよ、総司」

「と言いますと」

「部下を信じるのは王の度量って言っているだろう。私はお前に任せたんだ。だから、頼むぞ」



 その日の午後、イースキール神殿で俺とエイレーネ、それに呂布は立ち会った。

「私に、話があると伺ったが」

 ひび割れるようなよく通る声で呂布は言う。

 エイレーネから条件を伝えた通り、呂布は一人きりできたように見える。

 ただし、槍を携えているところを見ると完全に俺たちを信用しているわけでもないようだ。

 その点については、俺も刀を差しているし、エイレーネもパリングダガーを備えているので人のことは言えない。

「なんのつもりだ? エイレーネ様」

 申し訳程度にエイレーネに敬称をつけて、じろりと俺たち二人を睨む。

「話があるのならば、ジョゼフ・フーシェ様を通すのが道理だと思うが、如何かな」

「それはその通りだ」

 俺はエイレーネを守るように立って言った。

「しかし、呂布殿。こうして一人で出向いたということは、私たちの話を聞く意図があったということではないのかな?」

 痛いところを突かれた、という様子で呂布の目が不安定に動く。

「それは……私は」

 絞り出すようにして、

「日本の有名な剣客であるという沖田総司と話がしてみたかっただけだ」

「へえ……それは光栄な話だ。三国時代最強の戦士と名高い呂布殿にそう言ってもらえるなんて」

 呂布が言っているのは単なる口実だとわかってはいたが、それでも少しは嬉しかった。

 天下無双の呂奉先が、俺の名前を覚えているとは。

「最強だなどと呼ばれても恥じ入るばかりだ」

 と、呂布。

「所詮私などあの戦乱を生き抜けなかった敗北者だ」

 その返答は意外だった。

 俺の中にあった呂布のイメージは戦記物の中にある、もっと磊落で自信に満ちた豪傑だった。

 もちろん、それはフィクションであってそのまま人物像として受け入れていいものではないとわかってはいたけれど、それでも呂布という男が恥じ入る姿はイメージしていなかった。

「敗北者だというのなら、俺も同じですよ。薩長を相手に満足に戦うことすらできなかった」

 俺は握手のために手を差し出した。

「さあ、話をしましょう。呂布殿」

 呂布の大きな手で俺の手を包んだ。

「きっと、あなたにもいい話だと思いますよ」

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