世界の孔
チャールズ・カフリンの部屋の隠し通路は、洞窟のような場所に通じていた。
入り口こそ、人が一人辛うじて通れるかどうかの狭さだったが、中に入ってみると身体をかがめればなんとか歩ける程度の広さがあった。
「ったく……『運命の道標』は、こんなところで俺に何をさせようっていうんだ?」
「聞こえているよ」
ふわり、となんの前触れもなく『運命の道標』と『星読みの審判』が背後に生じた。
「のわっ!?」
「ルドウィジアの住人は、一挙手一投足まで僕たちに監視されていると思え」
おどけた様子で『運命の道標』が言う。
「少なくとも数万人は住人がいると思うんだがな……全員が見えているのか?」
「実はそんなに注視できているわけじゃないのよ」
微笑んで『星読みの審判』は言う。
「イメージとしては、部屋一杯のマルチモニタで見たい場所が見られる感じ」
「マルチモニタってなんだ?」
「あー……沖田の時代にはそういう言葉がなかったわね……」
困ったように呟いて、『星読みの審判』はそれ以上説明をしなかった。
なんだ、マルチモニタって。
言いかけたら説明して欲しい。
「ほら。暗いだろ。これを使うといい」
『運命の道標』は何やら筒のようなものを差し出した。
「なんだ? これは」
「懐中電灯だよ。ほら、スイッチを押すといい」
促されるまま、スイッチをいれると光を発して面食らった。
「これは……未来の道具か?」
「まあ、そんなとこ。この世界でも頑張れば作れるよ」
「頑張ればって……機械技師が貴重だからな」
アスクレピオスにも機械技師はいたが、何しろ機械というのは幅広いし時代にもよる。俺の時代にもからくり細工くらいはあったが、それを遥かに凌駕する代物がうようよしていると聞く。
懐中電灯で先を照らしながら進む。
それでも照らされる範囲が広くはないので、転ばないように慎重に足を進める。
「それで、この先には何があるっていうんだ? あんたたち」
「まあ、そう急くなよ」
にやにやと『運命の道標』は笑う。
「いくら人間の寿命が短いっていっても、今日一日くらいの猶予はあるだろう?」
ない。
一日を丸ごと浪費してしまえば、それだけ魔法国イースキールをジョゼフ・フーシェに支配されてしまうし、アグリア帝国が滅びるのも近づく。
「そう怖い顔をするなってば。もうすぐだ」
するりと俺の身体をすり抜けて、『運命の道標』は前に出る。
「ここだよ」
と、言われて先を照らすと、そこに鉄ごしらえの扉があることに気づいた。
自然にできた洞窟にしか見えないのに、鉄ごしらえの扉はどう見ても人の手の加わったものでその不自然さはどうにも奇妙だった。
「これは……なんだ?」
魔法国イースキールに製鉄技術はない。そもそも、鉄鉱石が採掘できるのかも不明だ。
ということは、鉄ごしらえの扉はチャールズ・カフリンやそれに関連してイースキールの住人が作ったものではない。
「……ということは、誰が作ったんだ?」
「やだなあ、ノーリ。そんなのわかっているくせに」
そう。
俺の中では既に答えがでていた。
それが信じられなかっただけで。
「過去の世界の住人……ということか」
「ご名答」
この世界には、俺たち以外の住人はいない。この三年間に堕ちてきた人間以外はいない。
それは間違いない。
にも関わらず、この世界にはそれ以前に人が住んでいたらしい形跡がある。ポル・ポトと遭遇した時の砦などがそうだ。
この矛盾をどう捉えるか。
「かつて、同じようにこの世界に生きた人達がいて……それは滅亡してしまった。そういうことか」
「イエス」
では、『運命の道標』や『星読みの審判』は俺たちにこのルドウィジアで何をさせようというんだ?
そんな疑問がかすめたが、しかし今大事なのはそこではない。
この扉の先に何があるのか、だ。
「つまり、この扉は先史時代に作られたもの」
ならば。
この隠された扉の先で、チャールズ・カフリンは何を見つけたというのか?
おそらく、カフリンはこの扉の先を見つけたことが、魔法を手にし、魔法国イースキールを建国する契機になったということなのだろう。
俺の手は、自然と扉へと向かっていた。
重々しい音を立てて、扉が少しずつ開く。
この先にカフリンの秘密があるというのならば、俺がそれを知らないでいる手はない。
この逆境を脱するチャンスが、ここにあるかもしれない。
「そうだ、ノーリ」
「なんだよ……『運命の道標』」
緊張感を削がれて、不機嫌な口調で俺は『運命の道標』を見る。
「さっき、かつてこの世界に生きた人は滅亡してしまった、と言ったけれどそれは精確ではない」
「なに?」
「まだ、生きている人間が独りだけいるんだよ」
ぎぎぎ、と扉が開け放たれる。
闇の中、独りの男が椅子に腰掛けていた。
ミイラのようにやせ細った男だ。背は低くないが、骨が浮き上がるほどに痩せているせいで小さく見える。
肌はひどく荒れ果ててがさがさで、土に覆われているかのようだ。
眠るように薄いまぶたに閉じて、口は脱力したように開け放たれて舌が覗いている。髪の毛はほとんど抜け落ちて、辛うじて残った一部が頭皮にしがみつくようにわずかに残っている。
まるで、生きているようには見えないが、しかし。
「それが、かつての世界のただ独りの生き残り。ナザレのイエスだよ」




