神々の嬉戯
「やあ、三年ぶりだね? 沖田総司」
「おまえは……」
『運命の道標』。
この世界のゲームマスター。
考えるより先に、日本刀が手の中にあった。
「そんな怖い顔をしないで」
俺が切り込む寸前、機先を制するように上から声をかけられた。
「そっちは『星読みの審判』か……!」
生意気な少年の姿の『運命の道標』と、洒脱な女性の容姿の『星読みの審判』。
あと何人いるのかは知らないが、このルドウィジアと呼ばれる世界を統べる上位存在ということはわかっている。
「チャンバラをしても僕たちには勝てないってわかっているだろ? 沖田。敵を間違えるなよ」
「……あんたたちこそ」
やりばを失った刀を、震える指でなんとか再び納刀した。
「あんたたちこそ、こんなところで油を売っていていいのかよ」
「ん?」
「アグリア帝国に侵攻したカフリン……猊下の軍勢を見ていたほうが面白いんじゃないのかよ」
「あー、そういうことね」
納得した様子で『運命の道標』が頷いた。
「もちろん、そちらの動向は優先してチェックしているとも」
おかしそうに『運命の道標』は言う。
「どうやら、イェカチェリーナは水際での防衛を諦めたようだね。防衛ラインを下げて砦同士を連携させて防ごうとしているけど、個人が軍としての強さを持つこの世界でどこまで維持できるかは疑問だね」
既にアグリア帝国の国境が突破されたのか!
出立してからほとんど時間が経っていない。身軽さ故の進軍速度の速さもあるとはいえ、速過ぎる。国境はほとんど鎧袖一触に蹴散らされたということになる。
「いいのか、俺にその話して。あんたたちがこの三年間俺たちに直接姿を現すことをしなかったのは、俺たちが自発的に衝突をするのを楽しんでいるんだと思っていたが」
「んー。まあそうだけどね」
あっさりと『運命の道標』は認めて、
「でも、今の君はそれを知ったところでどうにもできないじゃん」
「……っ」
「ついでに教えてあげるよ。イェカチェリーナは既に勝ち目の薄さを悟っている。決死隊を組織してチャールズ・カフリンの暗殺を企てているけれど、どうかな。土壇場での逆転の一手というものは、往々にして成功しないものだ」
あまりにも赤裸裸な『運命の道標』の言葉に、思わず周囲を確認した。これが住人の耳に入ったらと思うと気が気でない。
「周りのことを気にしているならば、その心配は不要よ。人払いぐらいはしている……そのぐらいの法力はあるから」
俺の考えを予測したように『星読みの審判』は言った。
「私達としても、自然にストーリーが綴られるのが理想だと考えているのはあなたの考えている通り。だから、ここに来たのはただの『遊び』よ」
遊び。ストーリー。
そんなつもりはないのだろうが、彼らの言葉の端々が俺の神経を逆撫でする。
「ルドウィジア最強、覇権国家たるアグリア帝国が、たかだか数十人の戦士と魔法使いに滅ぼされる展開っていうのはなかなか見応えがあるね。せめて、極東最強の剣士である沖田総司がいれば話は違うんだろうけれど」
「……俺一人がいたところで、どうにもならないだろう」
俺よりもイェカチェリーナやポル・ポトのほうが強かったことからも、生前の戦闘力はこの世界においては一要素に過ぎないことはわかっている。邪悪さにおいては人斬りの俺は一般人よりはいくらか上という程度でしかない。
「とは言っても、ここで暇を持て余しているのはなかなかフラストレーションが溜まるでしょう?」
『星読みの審判』が微笑む。
「溜まらねえよ。俺には俺の仕事があるんでな」
「そうか。そうだよね」
「何を笑っている?」
「いやさ」
『運命の道標』はにやにやと笑って言う。
「ちょっと付き合ってよ」
というと、『運命の道標』と『星読みの審判』は、神殿の奥に歩きはじめた。
神殿といっても、大した広さではない。
宗教的権威を発揮するための建造物とはいえ、元々豊かな国ではないのだ。
礼拝堂や懺悔室を除けば、カフリンを筆頭とする宗教者の控え室がある程度だ。
「おい。どこへ向かっているんだ? そっちには何もないぞ」
「うん。知っているよ」
鬱陶しそうに『運命の道標』は応えて、カフリンの私室へと向かう。
「おい。お前達、プライベートルームに入るのは趣味が良くないぞ」
「うるさいなあ、ノーリ。悪人しかいないこの世界でそんなに行儀がいいのは君くらいのものだよ」
彼らの力で人払いをしているのだから人に見つかるリスクはないのだが、だからといっても気分のいいものではない。
「良いからさ。こっちこっち、来なよ」
招き入れられたカフリンの私室は、予想に反して何もなかった。ベッドと衣装があるくらいでものが何もなく、掃除がよく行き届いている。
清貧といってもいい。
しかし、考えてみれば娯楽が酒しかない国なので、いくら国主といっても特別なものなどあるはずもないか。
「すっきりした部屋だな……」
「何感心しているの……僕たちが言いたいのはこれだよ」
『運命の道標』はいきなり壁を押した。
いや、推したのは壁ではない。ただの壁のように見えるところに、スイッチが隠れていたのだ。
がこっと小さな音がして床がずれ、辛うじて人が通れるぐらいの広さの穴が開く。
「これは……なんだ? お前達はどうしてこんなことを知っている?」
「さ、行こうか」
『運命の道標』は俺の質問には答えず、道の中に入ることを促した。
不審ではあった。
このまま進むことに、なんのメリットがあるのかはわからない。
『運命の道標』と『星読みの審判』の二人に、信頼ができるところなど一つもない。
しかし、今自分が置かれた状況が手詰まりなのも事実だった。
もう、どうにでもなれ。
そんな破れかぶれな気持で、俺はそっと闇に身を投じた。




