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聖女帝エイレーネvs秘密警察フーシェ

「ようこそ、聖女帝エイレーネ」

 つい先ほど衝突があり三名の死者が出たにもかかわらず、ジョゼフ・フーシェは平然とした様子で自身の執務室に俺とエイレーネを招き入れた。

「ルドウィジアでの私は聖女帝ではありませんわ」

 それに負けず劣らず、厚い面の皮でエイレーネは微笑む。

「聖人でも皇帝でもない、ただの近衛兵のエイレーネです」

「そうですね。僕がナポレオン政権下の警察大臣ではなく、チャールズ・カフリンの下の近衛兵フーシェなのと同じようにね」

「何やら、猊下が不在になった途端、不穏なことが起きたようですわね」

「全く、悲しむべきことです」

 お互いに、白々しく言葉を交わす。

「不本意なことですわ、フーシェ」

「全く同意です、エイレーネ。近衛兵が三人も死亡するなんて、痛ましいことです」

 フーシェの護衛に、一人の近衛兵が控えている。

 一人きりではあるが、明らかに達人の気配が漂う男だった。身長は俺よりもやや高いぐらい、しかし全身に引き締まった筋肉がついているせいで俺よりも一回り大きく見える。騎士というよりも戦士の体格。前世では、きっとさぞ修羅場をくぐり抜けてきたに違いない。

 これが、フーシェが安易に武力行使に打って出た理由か、と腑に落ちる。

 この戦士が独りいれば、他の近衛兵など使い捨てても惜しくはない。

 エイレーネが視線で勝てる? と問いかけてきた。

 1対1ならばなんとか、と自信なさげに応じた。

 悪意によるブーストを別にすれば、おそらくルドウィジアで会った中で最強の戦士だろう。前世で力比べをすれば、土方歳三よりも強いかもしれない。戦って勝てたとしても俺も重傷を負うことになる。できれば戦い以外の方法で御したいと思う相手だ。

「気になるかね?」

 うっすらと余裕のある笑みを浮かべて、フーシェは近衛兵を示した。

「こっちは呂布。僕の近衛兵だ」

 呂布!

 なるほど、フーシェが強気に出るのもわかろうものだ。

 三国志に勇名を馳せる、中国史上最強の戦士。

 俺が勝とうというのもおこがましいかもしれない。

「こっちは沖田総司。私の騎士」

「沖田総司……日本のサムライか。お互いにいい護衛を連れているな?」

「猊下不在の隙にどんなトラブルが起こるともわからないですからね」

「では……話し合いましょうか。お互いの平和のために」

 テーブルを挟んで、エイレーネとフーシェが向かい合う背後にそれぞれ俺と呂布が付き従う。

 呂布の傍らには長槍がある。ギリギリで槍が届かない、そんな肉薄した距離だ。

 わずかでも踏み込めばエイレーネの首が飛ぶ。

 もっとも、俺も同じ時間があればフーシェのところまで切り込めるわけではあるが、そこをそうならないで済ませるのがエイレーネの手腕というものだろう。

 腐ってもローマ女帝。

 うまくこちらにアドバンテージを残す形で状況を収めてもらいたい。

「フーシェ。急に我々に襲撃とはどういうわけです? お話を聞かせてもらいたい」

「エイレーネ。襲撃とは心外ですね。僕はあなたがたに謀反の容疑があるということで、話を聞かせてもらいたかっただけですよ」

 早速本題に切り込むエイレーネに、フーシェは余裕綽々の笑みで応じる。

「死者が出たのは僕たちとしても本意ではないのです」

「話を聞きたいというのならば、礼儀というものがあるでしょう、フーシェ。あなたから私に直接話をしてもいい」

「こちらとしては礼を尽くしたつもりなのですがね、エイレーネ」

 あくまでフーシェは余裕のある態度を崩さない。

「まさかあなた方が近衛兵を皆殺しにするとは思わなかった。ひどく過剰な反応ですね。まさか、本当に謀反を企てておいでで?」

「それはこちらが攻撃を受けたためです」

 威圧的ではあったが別に直接攻撃を受けたわけではない。にもかかわらず、ぬけぬけとエイレーネは言う。

「まさか同じ近衛隊長が容疑というだけで攻撃をしかけてくるとは思いませんでしたわ」

「見解の相違ですね。謀反の容疑者というだけで充分な罪ではないですか。このイースキールを守るためには当然の行いです」

「う〜ん……腹の探り合いはやめだ。やっぱり私には似合わねー」

 エイレーネは眉をひそめて、喋り方をシフトした。

「フーシェ。貴様は何が目的なんだ。場合によっては私達は手を組むこともできるんじゃねーの?」

「ふふ。本音が出ましたね、エイレーネ。そのほうが美しいですよ」

 急にガラが悪くなったエイレーネを前にしても、少しも動揺を見せずにフーシェは言う。

「おっ、それ、本音で言ってくれてんのか? 嬉しいぜ」

「前世で会っていたら、仲良くなれたかもしれませんね、エイレーネ……僕とあなたで、世界を制する夢もあったかもしれない……フランスとローマが手を組めば、世界を制覇するのも夢では終わらない」

 フーシェはうっすらと笑みを浮かべる。

「しかし、残念ながらここはルドウィジアです」

「そーだな、フーシェ。ここはルドウィジアだ」

「話を戻しますか。私の目的? それを話すならば、まずあなたから話すのが礼儀では」

「私たちに目的なんかねえよ」

 呵々とエイレーネは笑う。

「私は面白おかしく過ごしたい。それだけさ」

「それは僕とは分かり合えないな……僕は面白みなど求めていない。僕が求めているのは平和だよ」

 フーシェはそう言い切る。

 つまり、彼らの言っているのはこういうことだ。

 エイレーネは自分たちは好きに振る舞えるイースキールを求め。

 それに対して、フーシェは、自分がイースキールを支配することこそ目的だったと述べているのだ。

 お互いに目的はイースキールの支配だが、理想像が決定的に異なる。

「猊下についてはどうお考えかね? エイレーネ」

 くっくっとおかしそうにフーシェは言う。

「僕としては、これまで通り偉大な方であって欲しいとは考えている。私の理想通りにね。エイレーネは?」

「立派な方だっただろ。それ以外ない」

 エイレーネはチャールズ・カフリンを廃するつもりだが、フーシェは自分の理想とするビジョンであれば、カフリン体制を維持したいと考えている。

「やはり、わかりえないようですね、エイレーネ」

 それがトリガーだったように、呂布が槍を手に取った。

 同時に俺の手が腰から刀を抜き放つ。

 槍と刀が交差して、雷が閃くような音が響き青白い火花が散る。

 ビリビリと空気が震えた。

「……ここで勝負をつけるつもり?」

 エイレーネが表情を歪めて、嘲笑うように言う。

「私の沖田総司ならば、手前らを切り刻むことなんて雑作もねーよ、俗物が」

「良いですねえ、日本最強と中国最強。東アジア最強を決めるマッチング、是非目にしたい……と言いたいところですが」

 フーシェは片手をあげて、呂布の槍を下げさせた。

「やめておきましょう」

「んだと?」

 じろりと、エイレーネの翠緑の瞳がいぶかしげにフーシェを貫く。

「何を狙っていやがる、フーシェ」

「何も……と言いたいですが」

 フーシェは肩をすくめて、

「企んでいることはありますが、大したことではありませんよ。それよりも、一時休戦しませんか?」

「あん?」

「言ったでしょう、エイレーネ。僕の目的は平和なのですよ。あなたが黙っていてくれれば私のほうからこれ以上アクションは起こしませんよ。猊下の帰還までやり過ごして裁決を待つ。それで手打ちとしませんか?」

 意図を探りかねた様子で、エイレーネはあごに手をやり考え込む。

「本来ならば、なんらかの形でトラブルを起こしたエイレーネに責任をとってもらいたいところですが、今なら私の胸の内に収めてもいい。僕としてもこれ以上あなたとことを構えて兵士を失いたくはない」

「私が悪い、みたいな言い方が気に入らねえ」

 エイレーネはあっさりと言い捨てた。

「証拠もないくせに私に謀反の罪を私におっかぶせようとした上、恩着せがましい態度が嫌だ」

 証拠も何も真実なのだが、エイレーネはおくびにも出さずにぬけぬけと言い切る。

「だが、お前さんがそこまでいうのならばそれに乗っかってやってもいい」

「ふっふ、言いますね」

 フーシェは立ち上がって、エイレーネに握手を差し出した。

「では、それで手を打ちましょう。猊下が帰還するまで、お互いに不可侵条約を結んで本来の業務に専念すると。仮に騒動が発生した場合には、起こした側の落ち度ということで」

「いいだろ、それで。私は最初からトラブルを起こすつもりなんかないんだ」

 握手を返しながら、エイレーネは言う。

「ミスタ・フーシェ。どうか、お互いの行く先に幸運がありますように」

 そう言い切って、エイレーネはフーシェの執務室を後にする。

 俺もそれに続いて部屋を出ようとして、一瞬振り返ると呂布と目が合った。

「……」

 呂布の小さな瞳が、鋭く俺を見つめていた。

 それを振り切るようにして、部屋を出る。

「ゲームセットだ、エイレーネ」

 部屋の向うで、フーシェのそんな声が聞こえた気がした。

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