決戦の火蓋
「殺しちゃおっか? 総司」
執務室を取り囲んだ近衛兵が、どんどんと激しくドアを叩く音が聞こえてくる。
今にもドアを蹴破りそうな勢いだ。
「殺しちゃおっか、って簡単に言いますねえ、エイレーネ」
反対側から体重をかけてドアをおさえながら俺は応じる。なにぶん、鍵を作る技術もない世界なので、こうしていないと簡単に突入されてしまう。
「え? だって、殺せるでしょ、近衛兵くらい。総司なら」
「殺せますけどね……」
並みの悪意ならば、という条件がつく。実はポル・ポトやオズワルドクラスの邪悪さを持った人物が、近衛兵の中に潜んでいる可能性は皆無ではない。
いや、それよりも。
「殺し合いになっちゃったら、もう取り返しがつかないですよ、エイレーネ」
フーシェとの正面衝突は避けられない。
「逆でしょ」
こともなげに、エイレーネは言う。
「この魔法国エイレーネの警察部門統括。"秘密警察"のジョゼフ・フーシェ。教祖チャールズ・カフリンが国を離れた途端武力行使に及んだんだから。フーシェがもう、『取り返しがつかなくていい』と考えているということだろ」
それは……そうかもしれない。
大事にするのを防ぐという思考は、相手が大事にしようとしている時点で意味が無い。
「それよりも、よくわからないことは……そうだな」
エイレーネはどこか面白そうに視線を動かし、考え込む。
「武力行使になったら私達のほうが強いだろ。ってことだな。私と総司。二人が近衛兵長クラスなわけだ。にも関わらず、実力行使に及んだ理屈がわからない。フーシェもなかなかのワルだが、前世が警察大臣っておとは所詮デスクワーカーに過ぎない」
「それも大事ですけどッ」
ドアの反対側から、激しいタックルの衝撃があった。
「もう時間がないですッ」
「ねえ、総司」
俺の焦りをよそに、軽い口調でエイレーネは言う。
「決断しろよ?」
元々近衛兵の数自体は数十人程度しかいない。しかも、その多くはアグリア帝国侵攻へと出立してしまった。残った近衛兵の全てをフーシェが掌握していたとしても、俺一人で充分制圧ができる。
「念のため今一度聞きますが……殺してもいいですよね、エイレーネ」
「もちろん」
あっさりと、エイレーネは請け負った。
「政治的な問題は私が引き受けてあげるから、おまえは私の剣になりなさい。私は皇帝だった女だよ。信じろ」
「了解」
扉から手を離して、剣を抜きそのままドア越しに振るう。
扉の向こう側にいた近衛兵は何も理解できなかっただろう。
ドアごとバラバラになって、血まみれの肉塊になって床に転がった。
「ヒィィィィーーーッッッ」
すぐ後ろにいた近衛兵が、悲鳴をあげて動揺する。
いくら近衛兵と言っても、戦争を経験したことのない国での練度はこんなものだろう。
そして、動揺している相手を為留めることなど、俺にとっては虫を殺すことにも等しい。
一閃して首を斬り飛ばすと、切り離された頭部が吹っ飛んで壁に叩き付けられた。
さらに、血だまりに踏み込んで奥にいた近衛兵を串刺しにする。
「三人……逃げた相手はいなかったな」
俺はふーっと息をついて近衛兵の死体から刀を引き抜き、近衛兵の服で刀を拭った。
「流石。傷一つ負わないなんて、見事な戦いぶりだな、総司」
背後から顔を出したエイレーネがにやにやと笑っている。
「流石は極東最強の剣士」
「俺はそんなに大した人間じゃないですが、しかし、どうするんです? 本当に」
「もちろん、こちらから攻勢を仕掛けるぞ……仕掛けますわ」
喋り方を直して、エイレーネは器用に血だまりを避けながら建物の外へ向かった。
その途中で、怯えた様子の職員が話しかけてきた。
「何があったんですか? エイレーネ様」
「フーシェが私に謀反の容疑をかけてきたのです」
歩きながら、凛とした表情でエイレーネは応じる。
「なんですって? 本当ですか? エイレーネ様」
ざわざわと職員や、騒ぎを聞きつけて集まって来た国民の間に動揺が広がる。
当然だ。
人口たかだか数千人、神殿とその周囲に限れば数百人。
その中でこんな殺し合いが始まれば混乱が広がる。
フーシェは何を狙っているんだ?
「もちろん、私が謀反を企てるなど、事実無根ですよ、安心してください。私ほどイースキールに尽くしたものはいません」
自分がカフリンを蹴落とす策略を練っていたことを棚にあげて、しれっとエイレーネは言う。
「攻撃を受けてやむを得ず抵抗しましたが本意ではありません。これからジョゼフ・フーシェと直接話して、誤解を解いてきます。亡くなった近衛兵には手厚く埋葬を行いますので、どうか大事にしないでくださいね。フーシェが恥をかいてしまいますから」
あくまで、優雅に、美しく。
敵であるジョゼフ・フーシェを気遣うような素振りさえ見せて、エイレーネは歩き続ける。
その後ろ姿を見ながら、俺は考える。
フーシェから命令を受けたあの近衛兵。
確かに、謀反の疑いで、と言っていた。
そして、それはただの疑義ではない。
事実なのだ。俺とエイレーネは、確かに教祖チャールズ・カフリンを排して魔法国イースキールを乗っ取ろうという算段を立てていた。
まさか同じ近衛隊長クラスのジョゼフ・フーシェが当て推量で近衛兵を動かしたとも思えない。虎の子の近衛兵三人を失う覚悟があっての行為のはずだ。
あれは、どこから情報を得たというのか?
「どうしました? 総司。行きますよ」
先を行くエイレーネが、肩越しに振り返ってこちらを見た。
「行くってどこへ?」
「話を聞いていなかったのですか? 総司。もちろん」
ニィィ、とエイレーネは俺にしか見せない、野生動物のような獰猛な笑みを浮かべた。
「敵の本部です。ジョゼフ・フーシェと話をつけようではありませんか」




