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崩壊のカウントダウン

「ここで決めろ、総司。私の仲間になるか、それを断って死ぬのかをな」

「馬鹿な、エイレーネ」

 俺は腰の刀の感覚を確かめる。

 地面に座っていたのが失敗だった。立っている時よりも、抜刀がワンテンポ遅れる。

 それに対してエイレーネが俺の首をかき切るには手首を捻るだけでいい。

「エイレーネ。先日、俺に倒されたことを忘れたのか?」

「忘れてねえよ、総司」

 ケッケッケ、とエイレーネは鳥のように笑う。

「ありゃ、カフリンの魔法による回復が前提だっただろ。ここで重傷を負ったら、帰るまでに失血死するぞ」

「それはあなたも一緒ですよ、エイレーネ?」

「ほぉ……ではやってみる? 総司」

 エイレーネの持つダガーの切っ先が、俺の首筋に食い込んで、皮膚が破れる感覚があった。

「今ならば負ける気がしないけど?」

「結局まともにやったら俺に勝てないって認めているじゃないですか、エイレーネ」

「ハハッ、愚かなことを言うじゃないか、総司。まともにやったら自分のほうが強い、なんて負け惜しみそのものじゃないか」

 ぐっと言葉に詰まる。

 確かに、まともにやったら勝てるというのは、不意打ちされたので勝てないという負け惜しみに過ぎない。

「流石、為政者の言うことは違いますね、皇帝陛下。どんなことをしてでも勝つのがあなたの流儀ですか」

「ん? それは皮肉なのかな。でも、その通りだよ」

 けろりとエイレーネは言う。

「為政者に求められるのは結果だよ。正義でもなければ誠実でもない。確実に成果を出すのが最優先だ。そのために我が子を殺してでも、な」

 聖女帝エイレーネ。

 東ローマ帝国の皇帝。

 自らの治世のために、息子である王の両目をえぐって追放した、血塗られた王。

「……いいでしょう、エイレーネ」

「うん?」

「あなたに協力しますよ、この沖田総司が剣となって、あなたを守ると誓いましょう」

 この状況ではやむを得ない。

 一度、彼女の要求を飲むしかない。

「しかし、エイレーネ。あなたは、具体的にはどこまで計画を練っているのですか? 猊下からトップの座を奪うのは簡単ではない」

「カフリンがイースキールを離れるチャンスがあるじゃないか」

「アグリア帝国侵攻ですか……」

「ついでに、土方歳三たちみたいな強力な人材も国を出る。乗っ取るには絶好のチャンスだ」

「エイレーネは侵攻には加わらないんですか?」

「私は……というか、私の隊はイースキールに残る予定になっている。この状況でイースキールを攻撃する敵もいるまいが、治安維持と行政が主な仕事だな。私の部下だからお前もそうだ」

「エイレーネ、信頼されているんですね」

「まーな。私は前世でも聖人の上、皇帝だからな。カフリンの前では徹底して忠臣を演じてきたし。信は置いてくれているだろうよ」

 アグリア帝国侵攻と連動して反旗を翻す……というのならば、悪い流れではない。

 うまく行けば、カフリンたちがアグリア帝国を侵攻している間にイースキールを奪取して、アグリア帝国と連動してカフリンを挟み撃ちにできる。

「意外ですね、エイレーネ」

「ん? 何がだ?」

「初めて会った時のエイレーネはもっとこう、落ち着きのある誠実な女性かと思っていましたので、まさかこうまで内心に野望を秘めていたとは驚きです」

「そりゃお前、当たり前だろ?」

 かっかとエイレーネは笑う。

「東ローマ帝国を統べる聖女帝エイレーネ。この私がアメリカの司祭如きの下について満足するわけがない。前世では失敗したが、今度こそ世界を勝ち取ってみせる」


 

 実際問題として、エイレーネをどこまで信用していいのかは現状よくわからない。

 目的は一致している。

 東ローマ帝国を統べる聖女帝だった、という前世を思えば、宗教家としても政治家としても前世では実績の乏しいチャールズ・カフリンの下につき続けることをよしとしない、という感覚もまあわからないではない。

 それを言ったら、エイレーネも前世では暗君扱いされているところもあるのだが、ただの扇動者だったカフリンと、皇帝として振る舞いつつも失敗したエイレーネでは、エイレーネが自分が格上と自負しているのも、理解を示せることではある。

 どんな暗君であっても、君主は君主。

 なんのノウハウもない人間の下について気分がいいはずがない。

 むしろ、二度目の人生だからこそ成功したいと願うものだ。

 前世では病に倒れて最後まで戦い続けることができなかった俺が、最後まで仲間を守って戦い続けたいと考えているのと同じように。

 信用できないのは、彼女の実力のほうだ。

 エイレーネが口先だけで実力が伴わなかった場合のプランニングも必要になる。

 矛盾するようだが、そのためには彼女に取り入って彼女の詳細な計画を手に入れなければならない。

 良いだろう、やってやる。

 ぎゅっと手を握って逡巡を断ち切った。

 俺がエイレーネを皇帝にすることで、坂本龍馬との同盟も果たしてやろうではないか。

「どうしたの? 総司。怖い顔してんぞ」

 耳元でエイレーネが囁いた。

「そんな顔をしていると、まるで何か企んでいるように見えるぞ?」

「まさか」

 俺は口元を歪めた。

「疲れているだけです。思いのほか大きな獲物がとれてしまいましたからね」

 俺は肩に食い込む猪肉をゆすってみせた。

「ならいーんだがな。痛くもない腹を探られるほど鬱陶しいことはない。ま、神殿まであと少しだ。頑張ろうぜ」

 イノシシの肉は、解体して骨や食べられない臓器など不要な部分を埋めても相当な重量になった。上司であり女性であるエイレーネに担がせるのは気が進まなかったが、それでも三割ほどはエイレーネに持ってもらうこととなった。

「これだけあれば相当な豪勢な食事になるな」

「食肉の保存とか、できるんですか? エイレーネ。海がないですよね、この国は。となると塩がとれないんじゃ」

「岩塩がとれる鉱山がある。と言っても、大抵の場合は保存する余裕なんてなくて、すぐに食べてしまうんだがな」

「やっぱり食糧事情が問題なんですね……」

 仮にこの国を奪取しても、全国民を養い続けるのは苦労しそうだ。

 その段階に至るまでの心配のほうが優先か。

「お、総司。帰ってきましたか」

 神殿の近くまで戻ってくると、土方歳三と顔を会わせた。

「歳三さん、どうしたんですか? こんなところでみんなお集りで」

 見れば、土方以外にもチャールズ・カフリンや何度か顔を会わせた土方の部下、それに他の近衛隊長クラスの人材も揃っている。

「出陣の準備が完了した」

「!」

「明日、アグリア帝国への出陣となります」

 いよいよ出陣か。

 覚悟はしていたが、速過ぎる。

 アグリア帝国が滅びるまで、あと二週間程度と見るべきか。

 チャールズ・カフリンが俺のほうに近づいて、

「沖田、お前はまだイースキールに来て日が短い。だから、上官のエイレーネと共に国内の防衛と治安維持に注力してもらいたい」

「御意に」

 俺は頭を下げた。

「幸運を祈ってくれるな? 沖田よ」

「もちろんです、猊下」

 俺は敬礼をして、カフリンに視線を返した。

「猊下とイースキールに御武運がありますように」

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