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黄金の誘惑

「私が実は、チャールズ・カフリンに反旗を翻そうと思っている、って言ったらどうする?」

 近衛兵エイレーネにそう問いかけられて、俺は言葉に詰まってしまった。

 チャールズ・カフリンに反旗を翻そうとしている?

 それはまさに、俺がしようとしていることそのものじゃないか?

 それを、いきなりエイレーネが問いかけてくる?

 エイレーネの美しい瞳が俺を射抜いている。

「……ご冗談を、サー」

 俺が咄嗟にとった反応は、笑みを浮かべて受け流すことだった。

「周りに俺しかいないとはいえ、冗談でもそうした発言はリスクが大きいですよ」

「冗談のつもりはねぇんだけどな〜」

 ふてくされたようにエイレーネは呟き、ついてこい、とあごでしゃくって歩き始めた。

「第一、猊下がいなくなったらこの国は食糧危機に陥りますよ」

 とりあえず、歩きながら彼女の考えに探りをいれることにした。

 この状況で最も有力な可能性は、『カフリンはまだ俺を信用していない』故に『エイレーネを介して俺の忠誠を試している』だ。

 俺はまだイースキールに何も貢献をしていない。当然、カフリンとしては信用しきれないというのが当然だ。

 エイレーネが鎌をかける意味で俺に話を持ちかけたのだとすれば、ディテイルをつつけばすぐにぼろを出すだろう。カフリンに反旗を翻すために具体的な計画を提案できなければ、口だけで言っている、すなわち本気ではないということがわかる。

「食糧事情がカフリン頼りっていうのが嫌なんだよ、総司。わかるだろう? 結局は生命線をカフリンに握られているみたいなところが気に入らねえ。他人に生殺与奪の自由を握られているっていうのは嫌なものだぜ」

「気に入らない、嫌だ、というだけじゃ、反乱は起こせないでしょう」

「いや、起こせるぜ」

 ハハッとエイレーネは格好いい感じに笑う。

 可憐な容姿と全く噛み合っていない。

「古今東西の反乱や革命っていうのはな、元々ロジックが優先して起きるもんじゃねえ。お上が気に入らねえっていう感情が先に立つもんなんだよ」

「……。そうかもしれませんね」

 それは、一理あると思う。

 結局のところ、先に立つのは感情だ。俺が生きた幕末にしたところで、日本の危機において幕府が信用しきれないという気持が原動力になった部分はある。

 それが正しいかどうかはともかく、そういう事実があるという話だ。

「私が前世でニケフォロスにクーデターを起こされたのも、結局私が気に入らないという気持があったのさ」

「しかし、少なくともイースキールにおいて猊下に求心力があるのは事実でしょう」

「求心力があるのはカフリンじゃねえ。カフリンの持つ魔法だ。そうだろ? 総司」

 エイレーネは腰のパリングダガーを抜いて、少し離れた一本の樹を示した。

 木の幹に白く×印が塗られている。

「罠をしかけた場所の近くには、白く印をつけておくルールになっているんだ。覚えておくといい」

「なるほど。罠をしかけた本人じゃなくても、回収ができるようになっているわけですね」

 近づくと、ブモモッとイノシシが鳴く音が聞こえて、後ずさった。

「おっと、でかいな」

「近くで見ると怖いですね」

 かなり大きなサイズのイノシシだ。ちょっとした荷車ほどの大きさもある。

 二人きりでどうやって持ち帰ろうと思ってしまうほどだ。

 辛うじて後ろの足首を虎挟みで捉えているものの、既に罠が壊れて辛うじてワイヤーで繋がれている格好だ。

 いつ引きちぎられてもおかしくない。

「為留められるか? 総司」

「……もちろん。いけますよ」

 引くに引けず、俺は愛刀を抜く。

 武装がパリングダガーで、対人戦術に特化したエイレーネにこの猛獣を任せるわけにはいかない。

 半端に手負いにしてしまうとイノシシは却って凶暴になるし、傷んで味も悪くなる。安全面でも、食事としても確実に一撃で為留めるしかない。

 イノシシの急所は人間と同じ。

「ハッ」

 一閃し、イノシシの首筋を切り落とした。

 どばっと首筋から血が滴り落ちて、イノシシが次第に衰弱していき、やがて動かなくなる。

「見事なもんだな、流石は日本一の剣客」

「ルドウィジアでは日本一かわかりませんけどね。この世界には塚原卜伝とか真柄直隆がいてもおかしくないので」

 とりあえず血抜きしておきますかね、と言いながら俺は慎重にイノシシに近づき、絶命していることを確認してから血が流れるように首の向きを変えた。身体が大き過ぎ重過ぎて、うまく動かせない。

「ここでハラワタも抜いちゃったほうがいいですか?」

「そうだな。少しでも軽くしないと運べないだろう。それにしても……いやに手慣れているじゃねえか、剣豪」

 エイレーネはとっくに山の斜面に腰を下ろしてくつろいでいる。

「俺は元が農民でしたから。それに、アグリア帝国でも似たようなことはしましたからね」

「なるほどなー」

「エイレーネ、すっかりくつろいでますけど、血抜きしている間に山菜や木の実でも集めます?」

「無理に集めないでいいだろ。このイノシシさえ持ち帰れば充分な収穫だし、なにより量をとっても持ち帰れない。イノシシだけで精一杯だ」

「それは……まあ、そうですが」

「そもそも、山狩りに来たのはサボるためだろ。気を張るな。休め休め」

 それもそうか、と俺もイノシシの傍らに座り込む。

「さっきの話だけどよー、総司」

「なんです? エイレーネ」

「結局、カフリンの強みは魔法しかないじゃねーか」

「そうは言っても、猊下しか魔法が使えない以上意味がない話じゃないですか」

 雑に返事をしながらも、ここでエイレーネから話を聞けたことにそれなりに意味はあったからな、と考える。

 どうやら、彼女は本気でチャールズ・カフリンに体する愚痴を言っているようだ。

 すなわち、魔法国イースキールも一枚岩ではない、という話だ。

 動機はともかくとしても、教祖チャールズ・カフリンに対していい感情を持っていない勢力があることがわかっただけでも収穫だ。

 それだけ、この国を乗っ取りやすくなる。

 エイレーネと手を組むかどうかは別問題だが。

「いいや、違うね、総司。魔法はチャールズ・カフリンの専売特許じゃあない」

「なんですって?」

「カフリンの魔法はこの世界の裁定者により与えられたものって話だろ?」

「ええ……、それは聞いています。なんでも、一つのコミュニティにつき、一つ願いが与えられている……天恵が下されるとか」

「じゃあ、私がカフリンを排せば私が別の願いを申し出ることができる、天恵が得られるということにならないか?」

「……!」

 そうか。

 その可能性は考慮していなかった。

「確かに、理屈ではそうなりますね。コミュニティの誰か、ということですからそれがエイレーネとは限りませんが」

「そこはいいんだよ。カフリンが絶対ではないって話だ」

 理屈では……確かに、食糧を常に確保するためのセーフティネットとして魔法がある、という前提でこの国は成立しているが、しかしそれはカフリン『でなければならない』というものではない。

 誰かに代替することはできるかもしれない。

 もっとも、実は俺が既に『願って』しまっている以上、俺が所属している限りはこの国で新しい願いの権利は発生しないのだが、それについてエイレーネの説明してやる義理はない。

 彼女にこのまま喋らせておいてもいいだろう。

「では、大義さえ掲げることができれば……簒奪は可能?」

 なのか?

「しかし、エイレーネ。現実的に考えてみて、現状ではカフリンに信を置いている国民が多い以上、大義がないと言わざるをえないでしょう。それに、天恵に関するルールだって国民にはすぐに飲み込める話ではない。すぐに反旗を翻したとしても、鎮圧されて処刑されるのが関の山でしょう」

「なんだなんだ、随分話に乗っかってくれるじゃねえか」

 ニィィ、とエイレーネが美しい唇を歪めた。

 しまった。

 話し過ぎたか。

「……そんなつもりはありません。それに、ベラベラ俺に喋っちゃっていいんですか? 俺が猊下に進言して、猊下にとがめられても知りませんよ」

「んなわけねえだろ。私をなめんなよ。新参のお前と近衛隊長を務めてきた私、どっちに人望があるか? お前が言い触らしたところで誰も信じやしねえ」

 この人はダメだ。

 同じ、チャールズ・カフリンから魔法国イースキールを奪うという目的があっても手を組むことはあり得ない。

 あまりにも危険過ぎる。

「……聞かなかったことにしますよ、エイレーネ。どうか、その思いを裡に秘めていてくれることを願いますよ」

「それはいけねえな」

 ふ、と首筋にパリングダガーが突きつけられている。

 目の前に、作り物のように美しいエイレーネの顔があった。

 金色の睫毛の一本一本までが、透き通った輝きを放っている。

「ここで決めろ、総司。私の仲間になるか、それを断って死ぬのかをな」

 俺は無言でじっとエイレーネの顔を見た。

 確かに、彼女の言う通り、俺はここで決断を下さねばならない。

 彼女を今殺すのか、後で殺すのかを。

 イノシシの首筋からは、どくどくと血が流れ続けていた。

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