世界
「この世界には転生者しかいない? だと。どういうことだ? ケイト」
「いった通りの意味よ……表現の仕方は色々あると思うけれど」
ばさりと長い髪を背中に流してケイトは言う。
「一応聞いておくけど、あなた、ここに来る前に『神』みたいなものにあって判決を受けたわよね?」
「ん? ああ……」
この世界に来てからすっかり忘れていたが、そうだ、あれは『神』と表現するしかないものだ。
「そうだ、懲役刑とか言われていたな。あんたもそうなのか?」
「私は……私達はこの世界に来てから、仲間にできた人とそうじゃない人も合わせて十数人ぐらいとは接触したわ。その全てが同じような経験をしていたわ。判決を受けて、懲役刑だって」
ええと、と
「全員のこの世界に来るまでの状況はおおむね一致している。流刑として、一週間前にこの地に送られたのだと」
「……つまり、ケイト? ここは監獄のようなものなのか? その神が創造した」
「そういうことだと私は理解している」
大真面目な顔でケイトは言う。
「なんとも……手の込んだ地獄だな」
そう言われれば、納得がいく。
俺自身も、明らかに地獄行きの人間だ。
「仮にこの世界を地獄だと仮定しよう、とすると、ケイト、この世界には血の池地獄やら賽の河原やらがあるっていうのか?」
今のところそうは見えないが。
「そう捉えてもいいけれど……腑に落ちない点がある」
「というのは?」
「みんな『一週間前にこの世界に来た』と述べているのよね……」
ケイトは美しい眉をひそめる。
「先に言っておくけれど、これに対するアンサーを私は持たない。これ、というわかりやすい解答はまだ見つからない」
「ふうん……」
俺はあごに触れながら考え込む素振りを見せて、
「それ以前の人間はみんな輪廻転生したんじゃないのか?」
「それも一つの解釈だけど……そんなにキッカリ時間で区切られるってちょっと不自然じゃない?」
「じゃあ、たまたま遭遇した人間が同じタイミングでここに堕ちてきただけとか」
言いかけて、自分で打ち消した。
理屈の上では成り立つが、しっくり来ない。
「まあ、なんにせよ、割り切るしかないわね。この世界は私達悪人に化せられた罰ゲーム、新しい地獄なのだと」
新しい地獄……か。
突飛ではあるが、不思議と腑に落ちるようにも感じられる。
悪人だけが落とされた、新しい世界。
悪人だけの世界?
「とすると、ケイト、あんたも前世では悪いことをしたのか?」
「自慢じゃないけど、私ほど邪悪だった人間はそうはいないわ」
どういうわけか、ケイトは得意げに言い放った。
「言ってみれば、傾国の美女なのよ、私は」
と、ケイトは妖艶に微笑んだ。
「傾国の美女って言葉はよくあるけど、自称する人は初めて見たな」
思わず笑い飛ばしたが、改めて見ると確かに彼女はひどく美しい。
この世界の衛生環境は恵まれているとは言えないのに、長い髪はほつれることなく美しく流れているし、切れ長の目には自信があふれている。どこかの国の女帝と言われれば納得してしまうほどの貫禄がある。
ダークスーツに包まれた身体はスレンダーでありつつも女性的なまろやかな曲線を描いている。
この世界に来て早々に六人の部下を従えるようになったのも頷ける。
「それにしても、既に十数人と遭遇していたのか。俺はほとんど誰とも会わなかったのに」
「あなたは出会った人出会った人斬り殺していたからでしょ……」
「知っていたのか?」
「知っていたというか、そもそも、私の貼ったネットワークに不自然な遺体があって、状況から察するに手練の戦士だということがわかったのでスカウトに至った……というのがことの次第よ。情報の次に欲しいのが戦力だからね」
それにしても大した手際の良さだ。俺がさまよっている間に、どれほど周到に準備を整えていたのか。
「あなた、軍人か何かだったでしょう?」
「軍……ではないけど、それに近いな。どっちかっていうと警察に近い仕事をしていた。治安組織みたいな」
「そう。ともかく、荒事に慣れた人間は、喉から手が出るほど欲しかったからね」
ケイトは細い肩をすくめてみせた。
「ここが地獄だというのなら、どうしたって荒事は避けられないもの」
と、いうわけで……とケイトは意味有りげに俺に目をやる。
「この世界で生き抜くために私の剣になってくれない?」
いたずらっぽい上目遣いで、ケイトは言った。
「私の仲間になれば特典は多いわよ。情報収集能力には自信あるし、食糧も独りで活動するよりは安定して手に入る。それに何より私のそばにいられる」
「最後のはともかく……情報と食糧に関してはそれなりに魅力的だな」
「でしょ?」
「だが、その問いに答える前に聞きたいことがある」
「なあに? 質問は好きなだけどうぞ。お互いのことを十全に理解して、あやふやな部分を残さないのが長く人間関係を築くコツよ」
「あんたはこの世界で何をしようとしているんだ?」
俺の問いかけに、ケイトは口元を思い切り釣り上げて笑みを浮かべた。
「いいクエスチョンね。私の目的はこの世界の征服……ひいては、この世界を作った神に、一言文句を言ってぶん殴ってやることよ」