魔法国イースキールでの日々
魔法国イースキールは急ピッチでアグリア帝国との戦争の準備を開始していた。
それに関連して、情報漏洩を防ぐためにもともとわずかに存在したらしい他国との交流も停止しているらしい。仕事の合間を縫ってどこを探しても、坂本龍馬の影はなかった。既に出立したのであろう。
戦争の準備といっても、実際に戦うのはせいぜいが数十人。何故なら、ポル・ポトのような高度な邪悪さを持つ人間に対しては通常の人間では対抗するのは難しい。俺たちがポル・ポトと戦った時はやむを得ずカタパルトによる投石攻撃を主力としたが、人材が充分に揃っているのならば同じように高度な邪悪さを持っている人間同士をぶつけるのが一番簡単だ。
故に、準備といっても大したことはないだろうと考えていたが、これもやってみるとことのほか忙しい日々だった。
俺の見立てでは、まともに衝突すればアグリア帝国のほうがやや有利。アグリア帝国のほうが人口は多いのだから、畢竟、戦える人材はアグリア帝国のほうが多い。国民がみんながみんなイェカチェリーナ二世に忠誠を誓っているわけではないにしても戦える人材はアグリア帝国のほうが多い。それでも奇襲ならばイースキールが有利だろうが、既に坂本龍馬かイザベラがケイトにイースキールの内情を伝えているはずだ。防衛の有利と戦える人数の多さでアグリア帝国に分がある。
ただし、それはまともに戦えば、という但し書きがあっての話だ。
魔法国イースキールにはチャールズ・カフリンの魔法という切り札がある。
致命傷を負っても、すぐに治療すればリカバリーが効く。
この有利は尋常ではない。
事実上、兵士に無限の補充が効くと考えていいのだ。
加えて、精神面の優位も大きい。
どんなに無茶をしても蘇生してもらえると思うのならば兵士は勇猛に戦うし、逆に殺したはずの敵が蘇るとわかればその不気味さに士気は大いに下がるだろう。
結果、アグリア帝国は数日で壊滅するだろう。
イースキールの全勢力を持ってアグリア帝国に襲いかかれば一週間。戦力の何割かを防衛のために国内に残すとしても、十日から二週間といったところか。
それだけの日数で、『最も豊かな国』と称されたアグリア帝国は焦土と化す。
「なぁーに、ぼーっとしてんだ? 総司。さっさと仕事だ仕事だ」
ごつんと後頭部をどついてきたのは、俺の上官にあたる、近衛隊長エイレーネだった。
「サボっていたわけじゃないですよ、サー。今物資の輸送監督から戻ってきたところです。あっちは終わったんですけど、次はどこの仕事手伝えばいいんですか?」
「んー。そっか」
エイレーネはぼりぼりと頭をかく。
初めて会った時はひどく丁寧な喋り方をする女性だと思ったが、素の喋り方は随分ざっくばらんとしているし、仕草も荒っぽい。
見た目の優美さとマッチしていない。
この喋り方をしているのは、俺に気を許してくれているからなのかもしれないし、教祖であるカフリンの前以外ではいつもこうなのかもしれない。
まだ付き合いが短いのでわからない。
「じゃあ、私と山狩り行こうぜ、総司」
「山狩り? ですか」
「あ、総司は山狩りいったことないっけ。山狩りっていうのは、山にいって食糧をとってくることだよ」
「ああ。食糧は常に補充しないとすぐなくなりますもんね」
この国は食糧については常に逼迫している。
関所から神殿までの間に六つの集落があり、それが山の隙間を埋めるように北斗七星のような形に並んでいるのがイースキールの全容なのだが、人口数千人に対して常に食糧が不足気味だ。
周りが山しかないのだから当たり前だ。
その気になれば、カフリンの魔法で動植物を急速成長させて食糧にあてることも可能だが、それはあくまで最後の手段だ。
極論、カフリンが病気で倒れたら頓挫してしまうわけだし、国民も働かなくなってしまう。それに物理的にもそれを分配するのは大変だ。
「兵士は、近衛兵も含めて暇さえあれば山にいって山菜や獣を捕りにいっているの」
「暇なんですか? エイレーネ」
「良いの、良いの。行きましょ」
山狩りをする場所は効率化のためにローテーションを行っているそうで、今日の場所を確認してから二人で山へとくり出した。
「道具とかは要らないんですか?」
「あなたなら、剣だけで為留められるでしょ」
「まあ、可能ではありますが……」
山の中では刀を振るいづらいし、アスクレピオスがいない今、刀を十全に研ぎ直すこともできないので気は進まないが、仕方ない。
中途半端な武器を持ったところで、イノシシやシカを為留める効率があがるとも思えないし。
「れっつごー!」
と声をあげるエイレーネの後について山へ登りはじめた。
「エイレーネは普段から山狩りをするほうなんですか?」
「う〜ん、まあそこそこかな。本当はもっと山狩りしたほうが下とも交流できて良いんだけど」
「そこそこ」
生前が女帝という割には、庶民の声に耳を傾ける人物のようだ。
元々が現場の人間である俺としては、立派なことだと思う。
俺がそんなことを思っていると、エイレーネは周囲を見回しはじめた。
「まだ、この辺では獣はいないんじゃないですか? もっと人里離れないと」
「いや、獣じゃなくって」
「?」
首を傾げていると、
「人がいないことを確認していたの」
「……と言いますと」
「いや、だからさ」
エイレーネは肩越しに俺のほうを見やって、
「山狩りって、サボれんだよね」
「あー……」
変に納得して、俺は頷いてしまった。
「収穫が少なかったとしてもごまかしやすいし、一日いなくても何も言われないし。もちろん、普段の仕事はちゃんとやっておかないとだけどさ」
「なるほど、そういうことですか」
「総司もさ、真面目に働きすぎ。もっと手を抜いてやらないと、身体が持たねーよ」
「それで、俺に気を使って連れ出してきてくれたというわけですね」
「いや、それは私がサボりたかったからだけど」
本当に単刀直入な人だ。
ここまで本音で言ってくれる相手が早くもできたことはありがたい。
「総司はさー、どう思う?」
そのまま一時間ほど山を登った頃、エイレーネが雑談のように切り出した。
「それは、今回の作戦についてですか?」
慎重に応じた。このやりとりも、俺が本気でイースキールに忠誠を誓っているかを探っている可能性はある。
エイレーネが本音で語っているように見えても、こちらも同じように対応することはできない。
「それもあるけど、カフリンについてさー」
「あー……」
思った以上に確信をついてくる。
アグリア帝国侵攻計画ではなく、本丸の教祖チャールズ・カフリン本人について話を切り込んでくるとは。
「俺としては、立派な教祖であり国主と言う他ないですよ。数千人の住人を養い、アグリア帝国、ティアグロ連邦と渡り合っているのですから」
「んー……」
エイレーネは苦笑して、
「ま、あんたの立場としちゃそう答えるしかないか」
「それは……まあ、そうですよ。俺の立場で批判的なことは言えないでしょう」
「だよねー」
「俺は元々アグリア帝国のスパイで、辛うじて猊下に命を救われて近衛兵として取り立てて頂いたわけですからね」
「でも、ある意味では一番チャールズ・カフリンへの忠義が薄いのはあんただよね」
ハハッ、と高笑いを浮かべて、エイレーネは俺へと振り返った。
長い金色の髪の間で、翠緑の瞳がじっと俺を見下ろしている。
「私が実は、チャールズ・カフリンに反旗を翻そうと思っている、って言ったらどうする?」




