魔法国イースキール簒奪策戦
「……ッッ」
「首を折った……!」
周囲にざわめきが広がる。
既に首を破壊されたエイレーネは意識を失い、白目をむいて口元からはだらりと舌が垂れている。
美しかった顔立ちも、もう見る影はない。
絶命しているのは明白だった。
「勝負あり、ですね」
俺が言葉を発すると、しん、と観客が静まり返った。
「猊下。私の勝ちでよろしければ、早くエイレーネに治療を施して頂けますか? 完全に絶命しますと、蘇生ができなくなると聞いております」
「……そうだったな」
ようやく自分を取り戻したらしいカフリンが片手をかざして、エイレーネの頸椎がめきめきと音を立てて再生する。
「勝負あり! 沖田総司の勝ち!」
ふぅ、と息をついた。
思ったよりも際どい勝負になってしまった。余裕があればエイレーネの肉体をずたずたに切り裂いてその感覚を味わいたかったのだが、やむをえず脊髄ごと首をへし折るという無様な結果になってしまった。
もっとも、素手で相手の首を折るというのはなかなか気分がいいものだ。
「猊下、よろしければ私の腹の傷も治して頂けますか?」
俺の腹にはエイレーネのパリングダガーが突き刺さったままになっている。ダガーに刻まれた凹凸のせいで、俺の臓物はひっちゃかめっちゃかにかき回されており、このままダガーを引き抜くと出血量も相まって俺は死ぬ。
腹で剣を受けて相手の反撃を封じて一気に勝負を決めるというのはカフリンの魔法ありきの戦術だった。
肉を斬らせて骨を断った上で、肉を回復できるのだからこれ以上ない策である。
「ああ……そうだな」
カフリンが返事をしたのを見届けてから、一気にダガーを引き抜いた。ずぼっと湿った音を立てて腸がはみ出るがそれもすぐに皮膚の下に納まっていく。
気持が悪い感覚だったが、なんとか俺の傷は元通りになった。
「ありがとうございます、猊下」
「ああ……だが、ひどい無茶をするな、君は」
強張った顔でカフリンは言う。
「猊下の魔法で治療をして頂けるのならば、それを活かさない手はないというものですよ」
「だからと言って、痛みがないわけじゃない。それに、誤って死んでしまうリスクもある」
「相手を殺す気でいる以上、殺される覚悟は最初からできています」
やりとりが聞こえていたのか聞こえていないのか、観客に集まっていた群衆はドン引きしているのが見えた。
「あ……」
蘇生に成功したエイレーネがようやく目を覚ました。
よほど恐ろしかったのか、少し涙を浮かべていることに気づいた。
「負けちまったか……じゃなかった、負けたのですね、私は」
蘇生したばかりなのに、慌てて言葉を取り繕うエイレーネ。
「ナイスファイトでしたよ、エイレーネ」
いつの間にか近くに寄っていた土方が励ましの言葉をかける。
「土方さんに励まされてるの、嬉しくないんですが……しかし、負けですね」
エイレーネはため息をついてパリングダガーを納めた。
「醜態を魅せてしまいました。しかも剣士に負けるなんて、絶対に有利だと思ったのに」
「あれは仕方ない、エイレーネが弱かったわけではないよ」
カフリンも慰めるように言う。
「いくら回復魔法で治療が効くからと言って、自分から剣に飛び込む相手を想定することはできない」
「とはいえ、参考になる部分もあります。敵が使ってくることは考えなくて良い戦術ではありますが、自分が活用する機会はあるかもしれませんもの」
エイレーネはもう一度、深くため息をついた。
「では、エイレーネ? これで沖田を近衛兵にすることを認めるかね」
「是非もありません、猊下。これほどの凄腕ならば、きっと猊下の役に立つことでしょう」
そう言って、エイレーネは俺の足下に跪いた。
「ミスタ・沖田。私はあなたの下につきます。どうぞ手足としてお使いください」
「え……っ」
この展開は予想外だった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
「何か問題がありましょうか? 沖田様」
エイレーネは跪いて頭を下げたままで言う。
「私を破った以上、あなた様のほうが実力が上なのは明白。であれば、近衛隊長職を譲るは必定かと存じます」
「ええ……」
困って俺はカフリンと土方を見た。
エイレーネを倒すことで実力を誇示する必要があるのはともかく、隊長職を譲られるのは困る。
「くれると言っているんだから貰っておけばいいんじゃないですか? 総司。猊下はどう思われますか」
「私としては異論はない。当事者同士で好きに決めてくれていい」
おいおい。
魔法国イースキールの人事はどこまでいい加減なんだ。
ため息をついて、俺はしゃがんでエイレーネと視線の高さを合わせた。
「いいえ、エイレーネ。近衛隊長はこのままあなたが務めてください」
「しかし、沖田様……」
「エイレーネ」
俺はエイレーネの手を握る。
「隊長に必要なのは、ただ剣の実力ではありません。部下を統率するカリスマ、現状を把握するマクロな視野、いざという時の決断力。そうした様々な才能があって、一流の隊長たりえるのです。残念ながら私は、剣の実力以外では大きくあなたに劣ります。どうかこのまま隊長として私を教え導いてください」
「沖田……」
「ということで」
俺はカフリンと土方を見る。
「今後とも、隊長はエイレーネということで行きたいと思います」
カフリンが頷くのを見届けてから、俺は手をとってエイレーネを立たせた。
「では、エイレーネ。私の上官として、イースキールの近衛兵としての業務を教えて頂けますか?」
とにかく、初動としてはなかなか巧くいったと言える。
エイレーネの後について、近衛兵業務の説明を受けながら俺は独りで一連のやりとりを振り返った。
俺の強さを周囲に印象づけることができた。
近衛隊長クラスのエイレーネと土方歳三を破った新人というフレーズは、イースキールに轟かせるには充分だろう。期せずしてギャラリーがいたのも幸運だった。彼らの手で沖田総司の知名度が上がってくれれば望ましい。
さらに、エイレーネから近衛隊長の役職を譲られそうになったが実力不足を理由に辞退したというのも悪くはない。実力がありながらもそれを鼻にかけないルーキーというのは悪い設定ではない。
もともと、前世では新撰組の一番隊隊長だった以上、いきなり近衛隊長に任じられてもそれなりにはこなせたと思う。
だが、それではそれなりでしかない。
それでは意味がない。
加えて、入隊して初日で近衛隊長ではやっかむ人間もでてこよう。
このルドウィジアには悪人しかいないのだから、そうした自分に向けられる負の感情のコントロールも重要な要素だ。まして、エイレーネはそれなりに人望のある隊長なのだからなおさらだ。
故に、この場はエイレーネに上にいてくれたほうがありがたい。
総じて、初日としては上々の成果をあげられたと言える。
だが、今のペースで活動していっては坂本龍馬との計画が成立しない。今後はより具体的な計画を練った上で、人間関係を広げていく必要がある。
とにかく、時間が足りない。
なにしろ、俺はアグリア帝国が滅びる前に、魔法国イースキールを内部から乗っ取らなければならないのだから。




