剣士殺しのエイレーネ
「エイレーネさんっていうのは何者なんですか?」
「ん? 真面目で信仰心に篤い、いい女性ですよ」
エイレーネが決闘の準備をしているのを待っている間に、土方に問いかけた。
土方によって、すぐに決闘の場は用意されていた。
神殿と城下町との間に大きく開けたスペースがあり、そこを近衛兵や兵卒が演習をするなどにしている場にしているようだ。
決闘のフィールドとしては申し分ない。
土方と戦った時と違い、障害物や利用できそうな物品がないのが良くも悪くも素の実力の勝負になりそうだ。
それが有利に働くのか不利に働くのかはわからない。
前世を現場の人間として過ごした以上、泥臭く地形を利用して戦うような舞台のほうが得意とも言えるし、逆に遮蔽物がないということは日本刀を存分に振るえるということもである。
同じことがエイレーネにも言える。相手がたとえばゲリラ出身ならば1vs1のタイマンは得意分野ではないだろうし、長物で戦うようならば何もないフィールドでは圧倒的に有利だ。
もっとも、決闘を選んだ時点で直接の対決に自信があるということではあるか。
「いえ、歳三さん。俺が知りたいのは彼女の前世ですよ。あちらは俺が新撰組副長だということは知っているわけでしょう? コーカソイドのようなので新撰組のことは知らないかもしれませんが、日本刀で戦うことぐらいは知っているわけですから、俺にもエイレーネさんの素性を教えてもらってもアンフェアにはならないと思うんですが」
「そうですね……俺もよくは知らないんですが、ローマ帝国の女帝らしいですよ」
土方の場合、興味がないことは本気で知らないのであまり期待ができそうにない、とすぐに察した。
女帝と言われると、アグリア帝国の皇帝、ケイトこそイェカチェリーナ二世を連想する。彼女の前世はロシア帝国の女帝だった。
「ローマ帝国。ヨーロッパ人ですか」
「なんでも聖人認定を受けているとか」
「あー……ルドウィジアに来てからカフリン……えっと、猊下に教えを受けたというわけではなく、生前からクリスチャンだったというわけですね」
聖人で、皇帝か。
それが今ではアジテーターに過ぎないカフリンの近衛兵かと思うと儚いものを感じないではない。
俺もかつては将軍という権威の下で働いていたのだ。
できれば彼女の素性よりも、エイレーネに関してはできればもっと具体的な扱う武術などを知りたかったのだが、仕方ない。
得物を見れば戦い方くらいわかるだろう。
そんなやりとりをしている間に、エイレーネは再び姿を現した。
服装はゆったりとしたロングスカートに左手にやや刃渡りが短くギザギザとした形の妙な剣を持っている。
厄介だな、と直感した。
ギザギザとした奇妙な剣は、おそらくヨーロッパ伝来の特殊な武器だろう。左手に構えていることからも、おそらく通常の剣術とは運用が異なる。
命がけの戦いでわざわざマイナーな武器を持ち出すということは、それだけ自信がある必殺の武器という意味だ。
どんな世界でも、独自の強みというものを持っている人間は強い。
「待たせたね、沖田総司」
「ああ。待ちわびていましたよ」
立ち上がって、エイレーネに近づいた。久しぶりに腰に携えた愛刀の重みが嬉しい。
「エイレーネ。あなた、強いですね」
「あら、わかる?」
ふふっと得意げにエイレーネは言う。
「あなたこそ、土方を倒したそうじゃない。やるわね」
「いえいえ。まぐれですよ」
と言ったのはあながち謙遜ではない。もう一度戦ったら、勝てる自信はない。
「もう一度、まぐれを引けるようにがんばりますよ」
「二人とも、準備はいいか?」
審判を務めるカフリンが二人の間に立った。
「傷は私が治療するから存分に死合ってくれていい。決着は降参するか、降参の意思表示ができない状態になるまで。いいな」
「意義なし」
「承りましたわ、猊下」
二人はすぐに応じて、武器を握る。
気がつけば、周りに何十人かギャラリーも集まっているようだ。風貌の美しさもあってか、エイレーネには人気があるのかもしれない。
「では……開始ッ」
先にしかけたのは、俺だった。
鞘から抜き放った剣を勢いに任せて胴を凪ぐ。直撃すれば胴が丸ごと輪切りになる一撃。
「いい一撃じゃねーか。基本がちゃんとできている」
エイレーネはその一撃をあっさりと短剣で受ける。
「でも、剣士殺しは私の得意分野なんでな」
腕を捻って、エイレーネは剣を動きを止める。短剣の刻みが、剣をからめとっているのだ。
その一瞬遅れた対応をついて、エイレーネは右の掌底を叩き込んだ。
ふわり、と宙に浮くほどの衝撃を受けて俺の身体が冗談みたいに吹っ飛ばされた。
「……ッッッ!」
反応しようとしても身体が宙に浮いて、しかも息が詰まっては動けない。
「ハッ」
吹っ飛ぶ俺の身体に、エイレーネは追いついて上から肘を叩き込んだ。
地面に叩き付けられて、俺は一瞬意識が白く染まる。
強い。
感動的なまでの強さだ。
強さの性質としては、俺や土方、あるいはイザベラとは全く別の種類のものだろう。
俺や土方、イザベラは前世の時点で戦士だった。既に戦い方のフォーマットが決まっていた。だから、ルドウィジアにきてから悪意で強さがブーストされたとしても、戦い方は今までのスタイルを大きく逸脱することはない。
それに対して、エイレーネの戦い方は違う。
先ほどの土方の話を含めても、前世では為政者であり戦士ではなかったのだろう。短剣を用いた戦いも、技技術自体は前世で身につけたにしても、命をかけて戦うスタイルはルドウィジアに来てから確立したに違いない。俺が知っている範囲では、ケイトやポル・ポトに近い。
すなわち、エイレーネの戦い方は護身術で相手の攻撃をいなした上で、膂力に任せて殴り倒す、である。
女性の腕力では本来相手を殴り殺すほどの腕力は望むべくもないので、前世の邪悪さが力強さに反映されるルドウィジアならではの戦い方だ。
俺には彼女の前世がどんなものだったのか知るよしもないが、おそらく為政者として多くの小事を握りつぶしてきたのだろう。
「……っと」
地面に転がっていると追撃を受けてしまうので、俺は急いで飛び上がってエイレーネとの距離をとった。
「危ない危ない。一瞬で倒されては格好がつかない」
「まさか、効いてねーのかよ……」
エイレーネは眼を丸くして驚いた。
驚きのあまりか、口調まで崩れている。
いや、上司であるカフリンの前では猫を被っていただけで、これが素なのか? 審判を務めるカフリンも、あるいは観客も今は離れていて声が届かない。
「いや、聞いたよ。凄く痛かった。死ぬかと思ったよ」
当たりどころ次第では、背骨が折れてそのまま敗北していたかもしれない。物理的に立ち上がれる範囲の損傷で済んだのは幸運だった。
「俺は剣客だからな。痛いからって動きを止めると殺されちゃうんで、つい動いちゃうんですよ」
「口だけは達者なようだな? あんた」
エイレーネはむっとした様子で眉をひそめた。おちょくられていると思ったのかもしれない。
「剣に自信があるようだけどな、私のパリングダガーは剣士殺し。いくらお前が剣で強くとも、私には勝てない」
「そうかもしれませんね」
実際、左手にダガーを構えて盾とし、格闘術で殴るというスタイルはなかなか堂に入っている。まさに対人特化。人を制するための技術だ。1vs1で戦うのならば滅法強い。土方と肩を並べる地位にあるのも頷ける。
ルドウィジアに来た直後の俺なら苦戦は免れなかったかもしれない。
「見事な体術でした、エイレーネ。では、俺もそれに応えて体術で応じますよ」
俺は自然と吹っ飛ばされている間も握りしめていた愛刀を地面に置いた。
憮然としていたエイレーネが今度は困惑した様子で、
「おまえ、剣士なんだろ? どうして……」
俺は応えない。
そのまま踏み込んでエイレーネに近づく。
困惑しながらもエイレーネは左手の剣を振るい、俺の腹部を貫いた。
臓器が引きちぎれる嫌な感覚、そして背中の皮膚が破れて剣が飛びだす感覚。
それを感じながら、笑みを浮かべていた。
「……まさか」
もう遅い。
俺の目的は腹を犠牲にすることで、エイレーネの左手を封じることだった。
彼女の生命線である左手の短剣さえ封じれば、彼女は邪悪なだけの少女に過ぎない。
エイレーネが反応するより先に、俺の両腕が彼女の首を掴む。
彼女の唇が動く。
降参、と言おうとしたのか、それとも何か別のことを言おうとしたのか、それはわからない。
何か言葉が紡がれるより先に、俺の腕がエイレーネの首をぼぎりとへし折っていた。




