胎動する同盟
「降参します」
再び地下牢に登場した土方歳三とチャールズ・カフリンに対して、俺は即座に言い放った。
なにしろ、タイミングを図っていると舌を切り落とし、声帯を破壊されてしまう。
一言目で宣言するしかない。
「あなたたちの仲間にしてください」
「ほぉ……思ったより速かったな」
俺の言葉を受けて、カフリンはちらりと土方を見た。
「どうだね? 土方。これ以上やっておきたい拷問はあるかね」
「最優先で試したい拷問は既に試しましたので……猊下さえよろしければ容れてもよろしいかと」
「そうだね。私としても計画は速く実行したい。彼についてはここで手打ちとしてもいいでしょう」
カフリンは片手をあげて俺の頭のあたりにかざす。
みるみるうちに活力が蘇ってくる。
改めて、彼の持つ魔法の力が恐ろしい。
「それでは、沖田総司。我々の仲間になりたいというのならば、私の質問に答えられますね?」
「なんでも答える……答えます」
すぐに答えた。
変にもったいぶって再び拷問を開始されてはたまらない。
「あなたはアグリア帝国でどんな立場です? どんな目的をもってイースキールに入国しました?」
「俺はアグリア帝国皇帝・イェカチェリーナ二世の側近だ。魔法国イースキールへの侵略の嚆矢として、イースキールの内偵に来た」
ここで事実を偽る理由はない。
むしろ、後から嘘をついていたことが発覚するほうがリスクになる。
ここは正直に受け答えをしたほうがよい。
「イェカチェリーナ二世の牝狐め」
くっくっとカフリンは笑みをもらす。
「ここで先手を打てたのは大きいな。存在に気づかず、沖田総司クラスに内部で暴れられていたらと思うとぞっとする。負けはしないまでも、大打撃を受けるのは間違いない……でだ」
カフリンは冷たく俺を見下ろした。
「アグリア帝国がイースキールへ侵攻する理由は?」
「人口爆発への危惧。難民がアグリア帝国に押し寄せているために、食糧事情が困窮している。最も豊かな国と呼ばれていても、内実はそこまでの余裕はない」
「なるほどな」
土方歳三があごを撫でながら頷く。
「アグリア帝国がイースキールに密偵を放つ理由がよくわからないでいましたが、そういう動機なら納得できますね。イースキール側に動機はなくて、完全にアグリア帝国の事情で、戦争という産業が欲しかったというわけですか」
「これだけでもこちらから宣戦布告する理由になるな、土方。これはいいカードを手にしたぞ」
カフリンはおかしそうに土方を見やる。
「どうする? 土方。すぐにでも侵攻するか」
「今少し、準備が必要です。準備さえ整えばすぐにでも」
頬をつうっと汗が流れ落ちた。
今すぐ、イースキールがアグリア帝国への侵略するというのは困る。鎧袖一触に滅ぼされてしまうに違いない。坂本龍馬との間で組み上げた計画も機能しない。
土方のいう今少しの準備というのがまだしばらくはかかってくれることを祈るしかない。
「こうなったら洗いざらい吐いてもらおうか、沖田。アグリア帝国で天恵を有しているのは誰だ? やはり皇帝のイェカチェリーナ二世か」
「……その天恵、というのを俺たちはよくわかっていない」
「何?」
「あなたの持っている魔法のような超常の力のことか?」
俺の言葉を受けて、土方とカフリンは顔を見合わせた。
「まさか、アグリア帝国は天恵なしでこの世界の最大勢力になったのか……?」
「おい、総司」
土方が俺の胸ぐらを掴む。
「私たちの調べでは、一勢力につき一つ、願いを叶えさせてもらっているはずです。それを私達は天恵を呼んでいる」
「ああ……『運命の道標』や『星読みの審判』と会った時のことか」
「そうです。彼らに願いを言わされたでしょう?」
この三年間、彼らには会っていない。ポル・ポトの戦った後に会ったのが最後だった。
しかし、『一勢力につき一つの天恵』という情報は大きな収穫だ。俺たちも推測はしてはいたが確信には至らなかった。
「願いは……俺が使ってしまった。ルドウィジアに来た直後だったので、この世界の情報を教えて欲しいって」
「ハハハハハッハハハハ!」
狭い地下牢の中で、笑いが爆発した。
何がおかしいんだ? と視線をあげて二人を見る。
「……いや、失礼。まさか天恵をそんなことに使ってしまうものがいるなんてな」
「しかし、猊下。これでアグリア帝国には天恵がないことがほぼ確定です。不確定要素は消えました」
「ああ、そうだな、土方。軍備を急いだほうが良さそうだ……では、解放してやれ」
土方は俺に近づいて、俺の拘束を解いた。
その場に崩れ落ちそうになるが、足をこらえると意外にも立ち上がることができた。長い間拘束されていたことによる手足のしびれなどもない。これもカフリンの魔法の力か。
「さて、沖田。これから晴れて君には私の近衛兵になってもらう」
そう言いながら、カフリンは先に立って地下牢を出て歩きはじめた。
「いきなり近衛兵スタートでいいんですか? もっと下積みでもいいですよ」
つい今まで敵だった俺をそこまで信用していいのか?
「私を倒したわけですからね。不本意ではありますが、実力的には文句無しでしょう」
むしろ下積みから始めさせるほうが支障がありますよ、と土方は微笑んだ。
「結局、このルドウィジアでは強さこそが正義というところがありますからね。もっとも、百パーセントの信頼を置くことはまだできません。それは理解してくれていますね? 総司」
「ええ、もちろん」
地下牢から出て、しばらく塀のようなものがあり、その門を開くと屋敷があった。
いや、教祖チャールズ・カフリンの背景を考えると屋敷というよりも神殿なのだろうか。
「土方では前世で身内だったため、更なる疑惑を招くことが発生しうる。そこで沖田。君には別の人物の下で働いてもらいたい」
「わかりました」
むしろ、一度斬ってしまった土方の下ではやりづらいとすら思っていたので別の人物が上役になるのは好もしい。
その人物の人柄次第ではあるが。
「おい、エイレーネ! いるか!」
「はい、猊下。エイレーネはここに」
すっと上品な立ち振る舞いで姿を現したのは、年端もいかぬ少女だった。
長い銀色の髪、大きくぱっちりと開いた瞳、絹のように濃やかな肌。知らず視線が吸い寄せられる。恐ろしいほどの美少女。
「こっちはエイレーネ。近衛兵を束ねる部隊長の一人だ」
「第五隊長エイレーネでございます」
一見なんでもないような会釈の仕草まで優美だ。
「エイレーネ、こっちは沖田総司。昨日話しただろう、アグリア帝国の捕虜だったが、造反して我々の近衛兵にすることになった。君の部下にするから面倒をみてやってくれ」
「はい?」
エイレーネの美しい眉がひそめられる。
「猊下。お言葉ですが、私は捕虜を仲間に組み入れるのには反対です」
「何故だね? エイレーネ。兵力増強には君も賛成してくれていたはずだが。その点この沖田総司は間違いない。何しろ土方を倒したんだからな」
カフリンは丁寧にエイレーネに質問を重ねた。
「それは猊下の御身と神殿を守るためにございます。そのために敵を仲間に引き入れては危険が増すばかりです」
「そうだな、エイレーネ。君のいうことも一理ある。だから君に任せるというわけだ。最も信仰心が厚い君ならば、このワイルドカードも使いこなしてくれるだろう?」
「……っ」
エイレーネは唇を噛んで、それでも食い下がった。
「ならば、条件がございます猊下」
「言ってみたまえ」
「私がその男……」
と、エイレーネは俺を睨みつけた。
どきりとするほど力強い。
「沖田総司でしたか。彼に決闘を申し込みます。私を破ることができましたら、その男を仲間だと認めますわ」
「ほぉ……」
面白そうに、カフリンは笑みを浮かべた。
「おい、沖田。上官はこう言っているがどうだ」
「はい。上官命令とあらばやむをえません」
俺は苦笑を隠しながら答えた。
「まだ上官ではありませんわ、猊下」
「面白そうだな。土方、場をセッティングしてやれ」
やれやれ。
土方が決闘の場を整えるために立ち去るのを見ながら、俺は内心でため息をついた。
こんな調子で、坂本龍馬と共に組み上げた計画を成し遂げることができるのだろうか。
計画には不確定要素が多過ぎる。
彼の言う通りにいくとは限らないし、うまくいっても俺が命を落とす可能性もある。ギャンブルであることには変わらない。
しかし、それはともかく。
久しぶりに人が斬れそうだ。しかも、若い女を。
その感覚に右手がうずき、心が躍っていたのもまた事実だった。




