回復魔法のツカイカタ
目覚めると、そこは石造りの牢屋だった。
「やれやれ……」
参ったな、と首を傾げると強張った身体がごきごきと音を立てた。
窓がないので、どれぐらいの時間が経ったのかわからない。
イザベラは逃げ切ることができたのだろうか。
それさえ果たせば、俺が身体を張った甲斐もあるが、今の状況では何もわからない。
もちろん、刀も拳銃も取り上げられている。
せっかく、アスクレピオスの手で新調されたのに。
「目覚めましたか、総司」
「歳三さん。お身体は無事ですか?」
いきなり牢屋に現れた土方歳三の姿を見て、俺は目を細めた。
「それは皮肉ですか? 総司」
くっくっと土方は声に出して笑って、
「もちろんですとも。すっかり元気ですよ、お陰さまでね」
土方は胸元を開いて胸を露出してみせた。
俺が負わせた傷はわずかに跡が残るのみですっかり癒えている。
「全く恐ろしいもんですね、カフリンの魔法というのは」
生命力を操る魔法、という前提知識はあっても遠隔で土方歳三を完全に治療できるのは予想外だった。
今考えてみれば、あくまで人体再生は奥の手で、動物や植物にエネルギーを注ぐのは見せ札だということなのかもしれない。
だとしたら、俺はすっかりそれにはまったことになる。
場合によっては、カフリンの魔法を見せられ、その情報を他国に売り渡そうとする相手を為留めるところまで想定内だったのかもしれない。
そう考えると安易だったとも言えるが、イザベラさえ逃げてくれればそれでも正解だった。
全てはイザベラ次第。
「もっとも、流れた血まで戻るわけではないし痛いことは痛いんですけどね」
「魔法でそれも治してもらえるのではないんですか?」
「治してもらえますけどね、それじゃあ人と斬り合う甲斐がないというもの。『どうせ傷は治してもらえるんだから』という心構えで戦っても勝てないでしょう」
「確かに。そうですね」
で、と俺は言葉を区切り、
「で、歳三さん。イザベラは逃げ切りましたか」
「……いい質問ですね」
土方は顔を抑えて表情を抑えた。
「答えるわけがない、ので私の反応からイザベラの逃亡が成功したのかを探ろうとしましたね?」
「バレましたか」
「長い付き合いですからね」
土方はどっかと床に腰を下ろした。
「ともかく、総司。もう一度誘いますが、私達に協力するつもりはありませんか?」
「しつこいですね。何度でも言いますが、俺はイースキールに恭順するつもりはありませんよ」
「でしょうね。私もそう思っています」
「じゃあなんで聞きました……」
「言うまでもなく、上からの指示ですよ。死んでからも上からの指示には苦労させられますね」
「上……カフリンか」
「というわけで、私としてはなんとしてもきみを調略しなければならない、と」
「大変ですねぇ、歳三さん。頑張って俺を口説いてみてくださいよ」
「いいのですか? 総司」
土方歳三の瞳が危険な感じに煌めいた。
「いいのかって……何がです」
「こっちはカフリンの魔法で無限にきみを蘇らせることができるんですよ」
「……!」
「私の得意技は覚えていますね? 総司」
土方は俺に見せびらかすようにして、いくつもの拷問具を取り出してみせた。
「や……っ やめ……」
「拷問をするのは久しぶりなんです。腕がなりますよ」
土方は無骨な肉厚のハサミを取り出して、俺の人差し指を挟んだ。
「剣が……剣が握れなくなる……っ」
「安心してください。カフリンが何度でも治してくれます。話はつけてありますから」
ばぎっ、と骨が断たれる音がしてぼとりと俺の人差し指が床に転がった。
「あまり早く降参しないでくださいね。試したい拷問がいくつもあるんです」
あれからどれだけの時間が過ぎたのだろうか?
土方歳三は、言葉通りに俺を実験台にするかのようにいくつもの拷問を繰り返していた。
両手両足を関節ごとに切り落としては再びカフリンの魔力で癒着し、何度も刻むことを繰り返す実験。
皮膚を少しずつ焼いていって、俺の反応を観察し適切な拷問具合を調査する実験。
途中から、俺が拷問に屈してイースキールの仲間になることを危惧してか、舌を抜いて肺を焼き、返事ができないようにしていた。
こうなっては最早拷問というよりもただの捕虜虐待だった。
「猊下、治療して頂けますか?」
もはや何度目の治療かわからなくなっていた。
生皮を剥ぎ、露出した肉を削ぐ拷問を受けていた俺は、骨と内蔵になった肉体を再生されていく。
肉が盛り上がっていく不自然な感覚に、気分が悪くなって嘔吐するが、最早胃の内容物はないし何よりえづく体力すらない。
ぴくぴくと喉がうごめくだけだった。
「今日はこのあたりにしておこう、土方」
俺の肉体を元に戻したカフリンが言った。
「私の執務があるし、君も仕事があるだろう」
「御意に、猊下」
まるで疲れを滲ませない様子の土方が応える。
「では、総司が眠れないようにこうしておきましょう。続きは明日に」
土方はナイフを取り出して、まぶたを引きちぎった。
それから、大量の杭が突き出した椅子に俺を拘束し、牢を後にする。
「では総司、また明日に」
「あ……あ……」
カフリンに内蔵も回復されていたが、喋る体力は残っていない。
ただ、股のに杭が食い込んで行く感覚と目を瞑ることができずに呆然と眺めるだけの壁。
それだけが俺の世界のすべてになっていた。
時間の感覚もわからない。
何を考えていいのかもわからない。
「や、困っているようだね」
「あ_?」
「まだ意識はあるかな? 商談がしたいんだ」
うっすらと目を開けると、そこにいたのは。
「僕だよ、坂本龍馬だ。三年ぶりだね」
坂本龍馬だった。
「生きて……たのか」
辛うじて、言葉がでてきた。
カフリンが舌や声帯も再生していたらしい。
「もちろん、生きているさ……僕にしてみれば、ポル・ポトと戦ったのに誰一人死ぬ事なく生きているそちらさんのほうが驚きだね」
もうポル・ポトと戦ったのも随分昔のこと、別世界のように思える。
「坂本……は……」
「僕かい? イースキールとはビジネスライクな関係だよ。まあ、良好な関係を築くために神の教えに従っているポーズはとっているがね」
「何の……用で……」
一言喋るたびに、胸に痛みが走る。長い会話はできそうにない。
「そうだね。ビジネスは簡潔にわかりやすくというのが基本だ。早速本題に入ろうか」
坂本龍馬はにこりと営業スマイルを浮かべた。
「僕と手を組みませんか? 沖田総司。坂本龍馬と沖田総司。夢のタッグですよ」




