絶望降臨
「さよなら、土方歳三……」
うつ伏せに倒れ込んだ土方歳三を見るのは、不思議な気持だった。
もちろん、前世では土方歳三が函館で戦死したことは知っているが、その前に俺は死んだので彼が死んだところを見たことがない。
本来ならば、俺は土方歳三のなきがらなど見るはずがなかったのだ。
俺は納刀してから手を合わせた。
次の輪廻では、どうか平和に過ごして欲しい。
戦闘狂でも、殺人鬼でもなく、どうか平和に。
「さて……行くか」
大分道から外れてしまった。今からイザベラに追いつけるだろうか?
土方歳三の追撃を受けながら、どれほど道から離れてしまったのか想像もつかない。山をさまようぐらいならば道に戻ったほうがいい……とは思うが、道に戻ることはイースキールの手の者と遭遇するリスクが増えることも事実である。
土方歳三から、一撃も刀傷を受けることなく勝利できたのは僥倖だった。
場合によっては、敵を全て斬り殺しての強行突破も視野に入る。
近衛兵である土方を殺してしまった時点で、イースキールがアグリア帝国を適ししてくるのは決まったようなものだ。もう衝突自体は避けられない。
全面戦争に至るかどうかは、俺の手を離れている。
今後のことは、ケイトの手腕に任せる他ない。
以上の点から、一刻も早くアグリア帝国に帰還しケイトに正確な情報を伝えるのが俺の役目。
そう判断して、踵を返した。正解は道へ戻ることだ。
イースキールにどの程度の戦力があるのかは不明だ。土方歳三に比肩しうる人材がごろごろしている可能性だってゼロではない以上そうした存在に俺が殺される可能性もあるが、それならそれで最高戦力を俺にぶつけて消耗してくれればラッキーだと考える他ない。
足が動かない。
「?」
足下に覚えた違和感に、視線を下げる。
土方歳三が腕を伸ばして、俺の足首をつかんでいた。
「……!?」
背筋にゾッと悪寒が走る。
土方歳三がまだ生きていたのか?
そんなはずはない。
心臓を貫かれて生きていられる動物がいるはずがない。
となれば。
「ポル・ポトと同じような、『不死』の天恵か?」
ほとんど反射的に剣を抜き、土方の手首を切り落としていた。
「違いますよ、総司。私の天恵ではない」
切り落としたはずの土方の手首が光って、腕と再び結合する。
ぬっと土方は立ち上がって、冷たい瞳で俺を見やった。
「ああ……死ぬというのは気分が悪いものですね、総司」
「ひっ……」
思わず、か細い悲鳴がもれた。
まるで、自分の声じゃないみたいだ。
「蘇生したのか?」
「厳密には蘇生でもない……んだそうですよ、カフリンの言っていた言葉ですが」
土方は自分の胸元の傷口を確かめる仕草をした。気がつけば、肩の銃創も服が破れているのみで、傷口は既に消えている。
「ただの傷の治癒。無理矢理損傷を癒着させているだけ。心臓や脳が停止していたら、それを解消できるわけではない……もっとも、致命傷を負った時点で遠隔で傷口を癒しているのだから、結果的には同じようなものですが」
「良いんですか、ベラベラ喋っちゃって」
俺は強気に言うが、心中は最早絶望に覆われていた。
勝てるのか。
このイースキールに。土方歳三に。チャールズ・カフリンに。
「チャールズ・カフリンの魔法による治癒だというのならばカフリンから殺せばいいだけですし、重要な臓器から潰せばいいという情報アドバンテージは大きいですよ」
「構わない」
土方歳三はため息をついた。
「どっちでも同じことです」
「……?」
首を傾げた。
意味がわからない。
「どっちにしても、俺に勝ち目はないってことか?」
「違いますよ、総司……そんなつまらない勝利宣言ではありません。そんなことだったら良かったんですけどね。きみならば、勝ち目がない相手でも無理矢理引き分けに持ち込むようなしたたかさがありますしね……もっとつまらない答えですよ」
「もったいぶるなよ、土方歳三」
「ですから」
俺の言葉を断ち切るように、土方は言った。
「チャールズ・カフリンがここに来る」
その瞬間、カッと閃光が走った。
「なんだ?」
「やれやれ。こんな深夜にどうしたというのだ? 土方よ」
まるで空間を転移したかのように、今までずっとその場にいたように、イースキールの教祖チャールズ・カフリンがそこに降臨していた。
「申し訳ありません、猊下」
土方歳三が膝をついて頭を下げる。
「沖田総司とイザベラ・ド・リムイユがイースキールからの逃亡を企てましたので、追撃を行いましたところ反撃を受けてしまいました」
「ふぅん……なるほどな」
カフリンはガリガリと頭をかいた。
「あいわかった、土方。身体は無事か?」
「なんの不具合もございません。猊下の賜物です」
「部下が致命傷を負った際に私が気配を気取れるようにしておいたのは正解だったな。しかし、極東最高峰の騎士がそうへりくだることはない……おまえは闘いにおいて常に最善を尽くすことは知っている。つまり」
チャールズ・カフリンはじっと俺を見る。
「沖田総司。あの剣士はそれほどの男というわけだな」
ふむ……とカフリンはあごを撫でた。
「土方を凌駕しうる極東最強の剣客……いかにも私のコレクションに加えたいな。来るべき戦いでもきっと役に立つだろう。土方、調略できるか?」
「恐れながら猊下。私とは別の行動原理で動く男にございます。調略は簡単ではないかと」
「旧知なのであろう? 土方。なんとしても行え。それでも困難な場合はやむを得ない」
カフリンはため息をついて、じっと土方を見た。
「調略不能の場合はやむを得ない。殺しておけ」
「はっ」
「俺を無視して強キャラぶってんじゃねえよ」
二人の会話を断ち切るように刀を振るって、カフリンにつっかける。
魔法を使うとはいえ、所詮は神父。
接近戦なら俺の敵ではない。
「無駄だ」
突然、足下に衝撃を感じて俺は地面に倒れ込む。
足下に木の根が絡み付いていた。
「なるほどね……昼間に見た魔法の応用編というわけか」
カフリンの魔法は生命力のコントロール。
周辺の樹木を操れば、木の根を敵の身体に絡めることなど雑作もない。
山の中に逃げこんだのは失敗だったか。周りが全てカフリンの手足に囲まれているようなものだ。
だが、あの時点でチャールズ・カフリンを相手どることなど想定できるはずがない。
拳銃を抜こうとしたところに、右から飛びかかってきた土方の鉄拳にこめかみを貫かれた。
まともに衝撃が脳天を突抜き、耳がキーンと鳴って視界が白く染まって意識が遠くなり拳銃が手からこぼれ落ちる。
まだ負けてない。
勝ち目が薄き逆境になってからも諦めない粘り強さこそが俺の信条だったはず。
「諦めろ、総司」
刀に持ち替えようとしたところを土方のブーツに踏みつけられた。
「諦めないですよ、歳三さん。それだけが取り柄なもんで」
辛うじて戻ってきた聴覚でやりとりしながら、足下の木の根を薙ぎ払って腹筋で下半身を持ち上げると逆に土方の足に組み付いた。
そのまま力任せに土方の膝をへし折る。
「こいつ……っ」
土方が苦悶と歓喜の混ざったような声を漏らして、俺を地面に叩き付けた。
「素晴らしい戦士だ。最後までよく粘る」
ふと、視界が戻ってきた時。
目の前にあったのは、チャールズ・カフリンの手のひらだった。
「生命力を一時的に吸い取る。いかな戦士といえど、これで抵抗できまい」
慌てて距離をとろうとするが、もう手遅れだった。
手足に力が入らない。
「眠れ、歴戦の勇者よ」
意識が闇に溶ける。
こうして、俺、沖田総司は魔法国イースキールに敗北したのだった。




