沖田総司vs土方歳三
「私は嬉しいですよ、沖田総司、君を斬ることができる日が来るなんて」
「土方さんのそういうところ、俺、好きですよ」
俺は皮肉を込めて笑う。
イースキールから、土方の他に増援の様子はない。
ことを大きくするのを嫌ったのかもしれないし、俺を相手にするのに雑兵は不要だと断じたのかもしれない。もしくは、土方が自分自身で俺を斬りたいための判断か。
どれでもいいが、俺たちにとっては朗報だ。
土方歳三さえ倒せば、状況は打開できるのだから。
「ノーリ、大丈夫?」
背後のイザベラが囁く。
「土方さんを相手に戦えるの?」
「任せろよ、イザベラ。かつての仲間だからって切れ味が鈍るような俺じゃない。それよりも」
俺は軽く肩越しにイザベラを振り返る。
「イザベラこそ、早く行け」
「え?」
「俺も後から追う。イザベラは先に行ってくれ」
「それは……」
イザベラは何かを問いかけようとして、ぐっと飲み込んだ。
「わかった、ノーリ。絶対に後から来てね。来なかったら許さない」
「任せておけ。俺を信じろ」
ぱっと弾かれたようにイザベラが走り去る。
それを悠悠と眺めてから土方は、
「気持を察してくれる、いい仲間じゃないですか、総司。命をかける価値があるというわけですか」
「別にそんなんじゃないですよ、歳三さん。一人を確実に逃したほうがいいと思っただけです」
土方の剣は剣道ではない。
殺人術だ。殺しの剣だ。
多摩のバラガキだった頃から、その性質は全く変わっていない。
二人がかりで戦えば、七割方の確率で土方には勝てるだろう。ただし、その場合俺かイザベラのどちらかは死んでいる。もう一方も重傷を負っている可能性はあるだろう。
ならば、俺が足止めをして確実にイザベラを逃したほうがいい。
バネ脚ジャックを相手取っていた時とは状況が違うのだ。
「歳三さんこそ、イザベラを逃しちゃって良かったんですか」
「ああ?」
土方は虚を突かれたような表情をした。まるで、そのことは全く考えていなかったのようだ。
「別に構わないんじゃないですか? イースキールの情報が漏れたのならば、対応する前に侵攻するという理由ができますからね。アグリア帝国にイザベラの引き渡しを迫って、戦争の口実にしてもいいですし。カフリンがどう思うかはともかく、私としてはどちらも構いませんよ」
ではやりますか、と土方は刀を構えた。
「早めに降参してください、総司。戦えなくなっては、あなたを調略する動機もなくなりますから」
鋭い踏み込みと共に、和泉守が振り下ろされるのを、想定通りに横に避けた。
あんな一撃をまともに受けてはやっていられない。うっかりすれば、刀ごとぶった切られてしまう。
俺は距離をとって、拳銃を抜いて反撃した。
この段においては音を抑える意味もない。むしろ、この場に引きつけておいたほうが戦略的価値がある。
「天下の剣士・沖田総司が銃撃ですか」
「軽蔑しますか? 歳三さん」
「いいえ。私のために総司がそこまでしてくれることが嬉しいですよ」
「歳三さんの相手をすると知ってたら、ショットガンでも用意しておいたんですけどね……!」
銃弾は六発しかない。こんな大立ち回りは想定していなかったのだ。
もっと穏便に済ませることができる、楽な仕事のつもりだったのに。
「私も、火縄銃くらい用意しておくべきでしたか」
拳銃を見て、土方は敢えて距離を詰めてきた。拳銃弾ならば、急所さえ避ければ致命傷にならないという判断か。
剣が振るわれる度に、焼けそうなほど熱い風が頬をかすめて、背後にあった木がばっさりと断ち切られる。
恐ろしいまでの剣の冴え。
ならば、と俺は道から身を投げて、山の中に逃げ込んだ。
「こっちですよ、歳三さん!」
「林立する樹木に阻まれて攻撃の手が遅れる……とでも思いましたか」
土方はぶんぶんと剣を振るい、樹木をなぎ倒して進軍する。
「マジかよ……」
生前よりも一段と膂力が増している。およそ人間業ではない。
「それに、総司。なんでもありなら私の土俵です」
土方はブーツで泥を跳ね上げた。
目つぶし!
慌てて避けようとしたところに、木の根に脚を獲られて素っ転んだ。
「ほらほら、総司。慣れないことはするものではありませんよ」
土方の声には余裕があるのに、俺は早くも泥だらけ、汗だらけだ。
尻餅をついた俺に振り下ろされた一撃を、ギリギリのところで受け止めた。バギッと嫌な感じに刀が悲鳴を上げる。
更なる追撃を、発砲で威嚇して転がるように逃げる。
あと四発。
「せっかくなら、もっと広いところにでて剣で黒白つけましょうよ、総司。なんでもありなら私が勝ってしまいますから」
山の中を、泥まみれになって逃げ惑う。
「あなたの土俵で戦う気なんてありませんよ!」
「だから、暗闇は私の土俵なんですってば」
言葉通り、ほのかな月明かりしかないというのに土方は的確に追跡してくる。
その姿はまるで、狼のようだ。
「クッソ、速過ぎる!」
悪態をつきながら、振り向き様に引き金を引く。
たまたまその一発が、土方の肩を貫いた。
「流石に痛いですね……」
「そろそろ引いてくれませんかねぇ!」
俺の声はもはやヤケクソだ。
「はっは……総司、流石にこのかすり傷で撤退は格好がつかないでしょう」
確実に銃弾が直撃したはずだというのに、土方はなんの通用も受けていないかのように攻撃を続けてくる。
「何より、せっかく総司と戦えるチャンスを逃す手はない。逃げ回っていないで、立ち向かってきたらどうだ? 俺が手傷を負った今なら勝てるかもしれないぞ」
「勝てるかもしれない、なんて乾坤一擲の勝負をするのは嫌なんですよ
しかし、土方歳三が手傷を負った今がチャンスというのはまぎれもない事実だった。
もっと状況をかき回してから使いたかったが仕方ない。
今が勝負の時だ。
俺は懐から取り出した煙幕弾のピンを抜いて投げつけた。
「なに……ッ」
「さよならだ、歳三さん! またお会いしましょう!」
小さな音を立てて白い煙が視界を覆う。
アスクレピオス謹製の煙幕弾だ。いくら土方歳三が戦場の鬼でも、これを受けては目が利くまい。
俺は脱兎のごとく駆け出した。
道を目指せば再びイースキールに発見されてしまうから、山を行くしかない。なんの指針も地図もない中で山を踏破するのはほとんど無謀だが、それでもまだ土方と正面から切り結びよりは価値がある。
運がよければ、イザベラと合流することもできるかもしれない。
ハアハアと息を切らしながらひとしきり走った。
ここまで逃げれば大丈夫だろうか?
「あの沖田総司が逃げの一手とは残念ですね」
すぐ後ろから声がしてゾッと背筋が粟立った。
「音がわかれば、追撃をするのには充分なんですよ。息づかいも足音も隠す余裕がなかったようですからね。目を開けているのと変わらない」
「……ッ」
ぎゅっと目を瞑った俺の剣が、土方歳三の胸板を貫いていた。
「……え?」
土方は信じられないもののように自身の胸を貫いた刀を見る。
「『勝った』と思っていましたね? 歳三さん」
俺はようやく、笑みを浮かべることができた。
「俺が歳三さんに勝つには、これが確実だと思っていました」
さらに刀に力を込めて、確実に土方の身体を貫く。
「まず逃げの手を打ち続けて、『沖田総司は逃げている』ということを強く印象づける。そして、歳三さんに手傷を負わせて思考に余裕を持てないようにする。最後に、煙幕弾を切り札のように見せかけて『逃げている』というのを戦術ではなく目的だと決定づける。ここまですれば、俺が反撃することは想定できなかったですよね」
俺はずるりと土方の身体から刀を引き抜いた。
「『反撃してこない』と想定している相手ならば、いくら歳三さんでも俺が斬るのは簡単です」
しかし、土方歳三にはもう聞こえていないかもしれなかった。
「さよなら、土方歳三」




