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土方歳三の誘い

「少し歩こうか」

 外に出たカフリンは、その言葉通りにしばらく歩き続けた。

 俺とイザベラは、困惑したままにその後に続く。

 歩きながら、不安を感じて土方を見る。

「そんな顔をしなくても大丈夫ですよ、総司。魔法というのは本物です」

「……期待していますよ、歳三さん」

 ともかく、カフリンが自ら情報を開示してくれるのならばこの上なく有り難い話だ。

 こんな簡単に魔法の情報が手に入ること自体には不審を感じずにはいられないが。

「どこへ向かっているんです? 猊下」

 土方に倣って、カフリンに猊下と呼びかけると、

「このあたりで良いでしょう」

 と、山の麓のあたりで歩くのをとめた。山からの落ち葉が、足下にはこんもりと積み上がっている。

「人がいないあたりまで来た、ということですか」

「それもあるが……少々待つといい」

 カフリンは山の中に手を突っ込んで、何やらがさごそと探し始めた。

「何を探しているのですか?」

「木の芽か何かが生えていればいいんだが……ああ、これでもいいだろう」

 カフリンがつまみ上げたのは、ドングリだった。

 ? と俺とイザベラは首を傾げた。

「見てい給え」

 ぽい、とカフリンはドングリを地面に放り投げた。

「では」

 カフリンの腕が輝き、宙を撫でる。

 すると。

 ドングリがいきなり芽吹いた。

「……!」

 めりめりと音がするほどの速度で、ドングリが急成長していく。芽がみるみる大きく育つと、たちまち太い幹に変わる。

 数秒もしないうちに、山に立ち並ぶ木々と遜色ない大きさの大木として、まるで数十年もそこに立っていたかのように厳然と存在していた。

 トリックではありえない。

 魔法と呼ぶのも頷ける。

「どうやら、生命力を注ぐ、という魔法……と私は理解している」

 俺は言葉を失っていた。

 植物を無限に成長させることができる、のだとしたら。

 応用性は無限大だ。

 アグリアでちまちまと稲作を行っていることすら馬鹿馬鹿しい。

 食材としてのみではない。自由に木材を発生させられるのだとしたら、攻撃にも防御にも活用できる。

 イースキールを相手取りたくない理由がまた増えた。

 最終的に判断するのはケイトだが、それでもイースキールは攻めるには難攻過ぎる上、リターンがなさすぎると思わざるを得ない。

「生命力を注ぐ魔法である以上、こういうこともできる」

 カフリンが手をかざすと、近くを飛んでいた小鳥が向きを変えて飛来して、腕に止まる。

「?」

 小鳥がぷるぷると小さく震えると、カフリンの手のひらにタマゴを産み落として、すぐさま飛びたった。

 俺が驚きの声をあげるより早く、ピキピキとタマゴに亀裂が入る。

 たちまちのうちにタマゴが孵化して、生まれいでた雛の形がみるみる大きくなり、成鳥になって親を追うように飛び立つ。

「……これが、人口を維持できる理由だったわけですか」

 沈黙を吐き出すようにして、ようやく言葉を口にすることができた。

 植物のみならず、動物も思うがままとは。

「ご明察だ。土方、君の旧友は頭が切れるね」

「痛み入ります、猊下」

 土方が頭を下げる。

「どうかな、異国の人。特別サービスでイースキールの秘術を披露させてもらったが、感想はあるかな」

「驚きました」

 率直に述べた。

「驚きばかりが先行しているのが本音なのですが……イースキールに来てよかったと思っています。猊下がいる限り、イースキールは揺るがないのですね」

「その通りだ」

 とはいえ、とカフリンは続ける。

「聖書にも『働かざるもの食うべからず』という言葉がある。魔法ばかりに頼るのが健全な社会とは言えない。本当に飢饉の時以外は、魔法に頼らないようにしている。君もイースキールの住人として、貢献を期待しているよ」

「努力します」

「もっとも、土方が近衛兵にと推すほどの人物ならば、敢えて教え諭すほどのことでもないだろうがね」

 カフリンは破顔して、

「では、私はこれで神殿に戻ることにするよ」

 と踵を返した。

「すぐに帰りの護衛を用意します」

 土方は先に立って走り出しかけて、

「総司とイザベラさんは先に私の部屋に戻っていてくれ」

「了解です、歳三さん」

 解散すると、すぐにイザベラが

「どう見る?」

 と囁いた。近くに人がいる様子はないが、どこに耳があるかわからないので、声は低い。

「トリックとは思えないよな。イザベラもそう思うだろう?」

「にわかには信じがたいけど、見ちゃったものはねえ……」

 イザベラは眉をひそめて考え込む。

「やっぱり『運命の道標』や『星読みの審判』が天恵を与えたってことなのかな」

「だろうな」

 アグリアの中枢メンバーには天恵を受けたものはいない。一つのコミュニティに一つずつ願いを叶える、というような形式をとっているのかもしれない。

 その一回を、俺が『情報をくれ』と消費してしまったのは今となってはもったいない思いもあるが、当時の俺の状況ではやむを得ない。

 あの状況では最善をとったと判断する他ない。

「ともかく、一度アグリアと連絡をとりたいな」

「じゃあ、あたしが一度戻るよ」

「そうだな……では、その間に俺は近衛兵に身をやつして情報収集にあたる。今後の動き方としてはそうなるな。あと何か打ち合わせたいことある?」

「……打ち合わせたいこと、じゃないんだけど」

 らしくもなく、イザベラは歯切れが悪い。

「どうした? なんでも聞いてよ、イザベラ。いざという時認識に齟齬があっては困る」

「ノーリはあたしたちの仲間だよね?」

 一瞬、質問の意味がとれなかった。

「あー……俺が土方さんとの友情にほだされて、イースキール側につくことを心配しているのか? イザベラ」

「うん。それに魔法も見せられたし。状況から判断して、アグリアを……あたしやケイトを見限ってもおかしくないって思っちゃって」

「それはない。俺は人を裏切れない。前世でもそうだった」

 人を裏切れるような人間ならば、新撰組は風前の灯の幕府を見放して薩長についたって良かったのだ。どっちにしろ、俺の寿命はその前に潰えてしまったが。

「信じてくれ、イザベラ」

「うん。ありがとう、ノーリ」

 イザベラは頬を染めて頷いた。





「わかったでしょう? 総司」

 土方の部屋に帰ると、先に土方は戻っていた。

「私が三年間、イースキールにずっと滞在していた理由が。あのカフリンという男は面白いんですよ」

「土方さんって、前世からずっと忠誠心ないですよね〜」

 呆れのあまり、思わず本音が口からもれてしまう。

 前世でも土方は、武士に憧れた理由は忠誠心ではなかった。彼は戦士になりたかったのだ。

 丁寧な口調と沈着な性格の裏に、ふつふつと煮えたぎる闘争心を有しているのが土方という男だ。

 端的に言えば、人が斬りたい、という論理で動いている。

 もっとも、そのあたりのことでは俺も同じようなものなので、非難はできない。

「ここだけの話なんですけどね、総司。イースキールの中枢では、アグリア帝国に攻め込もうという話が持ち上がっているんですよ」

「……!」

 脳裏に浮かんだのは、ケイトのことだ。それにハイパティアも、三年を共に過ごした仲間も大勢いる。

 動揺を隠すのは、うまくいったと思う。

 土方は俺の反応に気づかないまま、

「カフリンの魔法。あれがあれば、いかな豊富な生産力を持つアグリア帝国も敵ではない……というわけです」

「それはわかりますが……どうしてわざわざ攻撃を仕掛けようというんです? 平和に暮らしていればいいじゃないですか。あの魔法があれば、他国を侵略する必要なんかない」

 その質問をするのが精一杯だった。

「カフリンとしては、あれを救世主の力だと捉えています。この世界を救うための力というわけです。私にはクリスチャンの話はわかりませんが、彼の神の力に類似しているのも一因かもしれません」

 それに、と土方は口元を歪めた。

「力があるというのなら、使いたくなるのは当然の話ではありませんか? 総司よ」

 俺は、返事をすることができなかった。

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