イースキールの魔法
チャールズ・カフリン!
その姿を目の当たりにしてなお、俺はその事実を受け入れられずにいた。
目標としていた男と、こんな簡単に接点を持てるとは。これなら今回の調査も簡単に……。
「初めまして、沖田くん。私がカフリンだ」
「こちらこそ、初めまして。沖田と申します」
少し迷ったが、土方がそう呼んでいる以上、沖田総司を名乗ったほうが通りがいいと判断した。
「教祖自らこんなところでお会いできるとは思いませんでした」
「ふっ、私が教会の奥底でふんぞり返っている人間とでも思ったかね?」
笑みをたたえたまま、カフリンはいう。
考えてみれば、巧拙はともかく、前世でもとにかくフットワークが軽く様々な分野へと頭を突っ込む人物ではあったか。
「なにぶん小さな国だからね。できるだけ、自分の目で見て回るようにしているんだよ。どうしても部下に任せると、おとなしい報告か恣意的な報告ばかり入ってしまうからね」
「なるほど……お察しします」
腰から下げている日本刀の重さを確かめた。
この間合いなら、踏み込めば一秒もかからずにこの枯れた老人を斬り伏せることができる。土方歳三でも、反応まではできても攻撃を防ぐことはできないだろう。チャールズ・カフリンの命は、今、確実に俺の手の中にある。
ここで殺しておくか?
イースキールがトップダウン型の組織構成をとっていたのならば、ほとんどそれで詰みだ。
あとは、ケイトがのんびり軍を送って征服してやればいい。いや、征服ですらない。何か適当な理由をつけて、隣国としての混乱の抑制、治安の維持のような理由をつけて部隊を派遣すれば、自然な形でイースキールを傘下に置くことができる。
「土方くん、お茶を」
「はっ」
折良く、カフリンの指示に土方歳三が返事をして、炊事場へと下がる。
千載一遇の、チャールズ・カフリンを獲るためのチャンスが訪れた。
「そのご老体で一国を治めるとなると、気苦労も多いのでしょうね」
「いいえ、立派な仲間が大勢いるからね。私は神輿のようなものだよ」
馬鹿な。
俺は心の中に浮かんだ欲望を打ち消した。
そんなに都合よくアグリアがイースキールを併呑できるはずがない。俺とケイトのつながりはどこかからばれる。イェカチェリーナ二世の側近がイースキールの王を暗殺したとなれば、ティアグロも黙ってはいないだろうし、第一アグリアの国内からも突き上げる声が大きく出るに決まっている。
そんなにスムースにアグリアがイースキールを併呑できるはずがない。
「カフリン様、このイースキールについて伺いたいことがあるのですが、構いませんか?」
となれば、とすぐに思考を切り替えた。
熱く煮える暗殺への意志は既に冷え切っている。プランBとして、できるだけ多くの情報を引き出す。
「アグリアでは、イースキールは魔法国と呼ばれています。この国には魔法があるのですか?」
もちろん、俺は魔法という概念を想定している。
魔法なんてあるはずがない、という前世での常識は既に放棄している。
オズワルドが幸運を得たように、ポル・ポトが不死を得たように、カフリンが魔法を得た可能性はある。
魔法、だなんてふわふわとした概念が願えるのかは不明だが、可能性は否定しきれない。
「はっはっは」
だが、カフリンは俺の懸念を笑い飛ばした。
「魔法国という名前があるのは知っているよ。だが、魔法があるというわけではない」
「……といいますと」
イザベラが上目遣いで続きを促した。
「なにしろイースキールは活用できる土地が限られている。アグリアのように潤沢な土地を稲作で活用するというわけにはいかない。にもかかわらずイースキールは姥捨のようなことをすることなく多くの難民を受け入れることができている。このことを魔法のようだ、と我が国で囁かれていたのを、アグリアやティアグロでは魔法という強い言葉の部分だけが一人歩きして伝わった。これがことの真相ではないかと思うね」
俺とイザベラは顔を見合わせた。
言われてみれば、大した話ではない
魔法国イースキール。その魔法のように食料をひねり出して人口を維持する国だった。
確かに魔法のように立派な話だが、魔法というキーワードを警戒していたことを思えば気が抜けるようななんでもない話だ。
「なんというか、思っていたのとはちがいますが、立派な話ですね」
「そう言ってもらえると嬉しいね。私も苦労した甲斐があったよ」
「ご立派です」
そう口に出したのはあながち世辞というわけでもない。
誰よりも身近でケイトの気苦労を見てきた俺は、国家運営の過酷さを誰よりも理解している。
そう思っている。
「まあ、それはそれとして、魔法、というものがないかと言えば嘘になるね」
「はい……な、なんですって!?」
何気になく相づちを打ってから、慌てて聞き返した。
今、この壮年はなんといった?
『魔法が存在する』、そう言ったのか?
「そう驚くことはありませんよ。前の世界でも『奇跡』はあったのだから。この世界では『魔法』があっても何もおかしくはない』
『奇跡』。
「その……魔法が、イースキールには存在するというのですか? ミスター・カフリン」
慎重に、チャールズ・カフリンに質問をした。
この期に及んでなお、担がれているのではないかという疑念が拭えない。
仮に魔法が実在するとして、安易に人に言い触らしていいものとも思われない。
第一、そんな簡単に手に入る情報だとしたら、アグリアの玉座にいても耳に入りそうなものだ。
「お茶が入りました……どうしました?」
茶を淹れて部屋に戻ってきた土方が、硬直する俺たちをみて異変に気づいた。
「どうしたんです? 総司」
「いいえ……歳三さん。大したことではないんですが」
口調からも動揺が漏れてしまう。
「カフリンさんが、魔法が存在すると仰るものですから、驚いてしまって」
「ああ、魔法ですか。丁度いい話題ですね」
意外にも、土方はあっさりと言葉を請けて、
「ええ、この国には魔法が存在するんですよ。にわかには信じられないのも仕方ありませんがね」
「そんな……」
そんな簡単に?
俺の動揺をよそに土方は、
「せっかくの機会です、猊下。アグリアから来たという彼らに魔法を披露してみるのも一興ではありませんか」
「私も丁度そのことを考えていたんだ」
土方の提案に、カフリンも頷く。
「魔法は我が国の専売特許だと自認しているが……アグリアやティアグロの視点から見てどうなのか、ということも知りたいしね」
一服を終えたら外に出給え、とチャールズ・カフリンは言い放った。
「それでは、ご両人。魔法国イースキール。その秘中の秘たる魔法。それをご覧にいれようじゃないか」




