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土方歳三と沖田総司

「フーン フフーン フフーフーフーン」

「偉くご機嫌だな、イザベラ」

「もちろんだよー?」

 くるん、と芝居がかった仕草で振り返ると、スカートがふわりと広がった。

「ノーリとデートできるんだもん!」

 イザベラは満面の笑みでいう。

「いや、デートじゃないだろ。仕事だ仕事」

「仕事とデートは相反するものじゃないし。せっかくだから楽しみましょー」

「気楽に言ってくれるね、イザベラは」

「ノーリが真面目すぎるんだよ。せっかく得た二度目の命。楽しまない手はない」

「それは、まあ、そうだがな」

「せっかくなら二人きりお洒落して来たかったな〜。なに、この服は」

 イザベラは自身がまとっている服装を見下ろした。

「しょうがないだろう、イザベラ。あまり着飾っては難民や流民には紛れ込めない」

 俺たちがまとっている衣装は、敢えて薄汚れたものを用意していた。やむを得ずイースキールへと逃げ込むような体裁を整えなければならない。

「うーん。イースキールに着いてからならお洒落してもいいよね?」

「それは自由だ」

 もっとも、イースキールで小洒落た服装が入手できるかは別だが。

 それは彼の地の発展具合次第だ。

「そろそろイースキールとの国境だ。わかっているよな、イザベラ」

「ええ」

 短く答えて、イザベラは意味ありげに視線を向けた。

「潜入任務はそもそも、あたしの得意分野だもの。任せて」

「釈迦に説法だったな。これに関してはお前のほうが専門だ」

 ここ数年、護衛や暴動鎮圧ばかりに従事するイザベラの姿を見て来たので印象が薄れていたが、言われてみれば彼女は全では元々諜報の専門家だった。

「頼りにしているよ、イザベラ」

「こちらこそ。いざという時はあたしを守ってね、ナイト様」

 二人で目配せをかわして、俺たちは国境の関所へと向かった。




「はい。アグリア帝国から来られた。どうしてあの地を離れようと?」

「あの国、身分制度がキツいんですよ」

 関所で身分調査を受けながら、俺は逆に兵士の風体を確認した。

 敵を水際で防ぐという性質上、関所を守る兵士は練度・武装共に優先して配置されているはずだが、数十人いる兵士の装備はまちまちだった。火縄銃を下げているものもいれば、銅矛や石槍を立てかけているものもいる。この世界に持ち込んだ装備か、そうでなければ青銅器が限界ということだろう。アグリアも鉄器は農業用具を優先して武器には配属は充分ではないので、装備の練度では互角といったところ。

「身分制度? アグリアでは身分制度がそんなに厳しいのか?」

 純朴そうな兵士が問い返してきたのは、尋問というよりも雑談の類いのようだ。

「まあ、表立っての身分制はないですけどね。せいぜい、農業従事者と兵士、官僚ぐらいの違いです。確かに、経験のある人物なら官僚としてどんどん出世できますけど、結局なんの才能もない人間はコメか野菜を育てることしかさせてもらえなくて」

 ぺらぺらと、ケイトが建国したアグリアの悪口がまろびでる。

 もちろん、入国理由ぐらいは以前より考えていたことだ。

「それなら、新天地を求めたいと思ってここまで来ました。アグリアも食べるに困らないとこだけは良かったんですけどね」

 にこにこ笑いながら言って、兵士に顔を近づけた。

「ここだけの話、イースキールはどうですか?」

「アグリアのほうが飯だけは旨いかもしれないな」

 と、兵士は笑いながら言った。

「でも、心だけはイースキールのほうが豊かです。それだけは保証できますよ」

 兵士はそう言って、もう大丈夫ですよ、と関所を出るように促した。

 心が豊か、というのはどういう意味だろう、と考えながら関所を後にする。

 場合によっては、俺たちはその心が豊かな国を蹂躙することになるのだ。




「意外とあっさり入国できたな」

 再び合流した俺はイザベラの耳元で囁いた。

「こんなにあっさり出入国できるなら、もっとケイトのところにも情報が入ってそうなもんだけど」

「もっと中枢に入り込まないと、情報が得られないのかも」

 ううん、とイザベラは考え込む。

「情報管理が徹底しているなら手強い相手かも……ねえ、ノーリ。教祖のカフリンっていうのはどういう人なんだっけ。この世界でのありようが不明なのはわかっているけど、前の世界で、っていう意味」

「俺たちよりも後の時代のアメリカの人物だ。二度の世界大戦の頃だな」

 魔法国イースキールの『教祖』、チャールズ・カフリンについての情報はあらかじめ調べてあった。アグリアに流れ着いた人物の中に、同時代の人間がいたので表面的な情報については充分にまとめてある。

「はっきり言って大した人物だという印象は受けない。ファシズムを掲げた司祭だ」

「ふぁしずむ? っていうのがあたしにはピンと来ないのよね」

「俺やイザベラの時代にはなかったもんな。だが、ファシズムそのものの意味合いはカフリンとはあまり関係がない。実際のところ、キリスト教への信心を除けば、どこまで一本筋の通った思想があったのかも疑問だ。ラジオを介して過激な言動、多くの煽動を行い、世を賑わしたアジテーターだよ。当時は世界恐慌や大戦で国際情勢が不安定だったこともあって、アメリカでは熱烈な支持もあった」

「ふぅん……扇動者も、それに踊らされる愚民っていうのもいつの時代もいるものねぇ」

「政界に進出した際には、当時のアメリカ国民からの支持は少なかったから、その程度の男なんだろうよ」

 というのは簡単だが、現実にはこのルドウィジアではイェカチェリーナ二世やピサロと同格の存在として君臨している。彼の煽動力がこの世界とうまく合致したのか。政治活動に熱心だったことからも、為政者としてのノウハウはある程度心得ているのだろうが、生前の印象からは凄みに欠ける。

 このルドウィジアで、チャールズ・カフリンの身に何があったのか。

「……イザベラ? どうかしたか?」

「気のせいかもしれないけど……」

 イザベラは自信がなさそうに、首を傾げた。

「誰かに見られている気がする」

 その瞬間、ぞっと首筋に悪寒が走った。

 真上から鋭く切り下げられた斬撃を、抜刀して受け止めた。あまりにも強烈な衝撃に、腕にしびれが走る。

「下がっていろ、イザベラ!」

 叫んで、バックステップで距離をとる。

 強い。ポル・ポトやオズワルドとは別のタイプの強さだ。今の斬撃は、剣術を丹念に磨き上げた剣術家。

「俺に剣で勝負を挑もうとは太い奴だ。相手になろうじゃないか」

 笑みを浮かべて構えるがしかし、腕が痺れてうまく剣が握れない。このままではまずい。嫌な汗が背中ににじむ。

 独りでは勝てないかもしれない。後ろのイザベラが、不意打ちで為留めてくれれば楽なのだが。

 敵の姿は逆光でよく見えない。シルエットは長身の男で、得物は長刀だということだけがわかる。

「凌ぎましたか。腕はなまっていないようですね」

 その声を聞いて、俺は血が沸き立つのを感じた。

 この声は。

 この声は聞き覚えがある。

 そうだ。坂本龍馬と出会った時点で、この人物との邂逅を想定しても良かったのだ。自分がこのルドウィジアに堕ちているのならば、彼もここにいてもいい道理。

「元気そうですね、歳三さん」

「君のほうこそ。また会えて嬉しいよ、沖田総司」

 彼は、新撰組鬼の副長・土方歳三は、俺のことを沖田総司、と呼んだ。

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