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夢幻の殺戮 ポル・ポト(5)

「撃ェーーッ 相手を休ませるな! 当たらなくとも、攻撃を続けている限りは相手は動けないわ!」

 声を張り上げているのはケイトだった。

 自分の部下ではないはずのアスクレピオスの人員をすっかり使いこなしている。

 流石は女王の気質というべきか。

 十台のカタパルトが半円状にポル・ポトを取り囲み、次々と石をポル・ポトへと投擲している。

 ケイトは当たらずとも、と言ってはいたものの、見事な命中精度で放った石の多くがポル・ポトへ命中しているのはアスクレピオスのカタパルトを作り上げた技術がそれだけ優れたものだからだろう。威力よりも機動性を重視して、簡素かつ軽量に作った、とハイパティアは言っていたがとんでもない。ポル・ポトに投石が直撃する度に、肉が弾け、血がほとばしる。常人の肉体ならば、一撃必殺の破壊力がある。

「イザベラ! ノーリを助けて!」

「ケイトはあたしに命令しないでってば!」

 猫のようにしなやかに走り出したイザベラが、器用に投石を回避して俺の元に走り寄ってきた。

「逃げるよ!」

 スピードを緩めることなく俺を横抱きにしたイザベラは、そのまま安全圏へと俺を連れ去る。

「ふぅ……うまく行ったな」

 地面に横たえられて、俺はイザベラは微笑みかける。

「なんとかね。ノーリが無事で良かった……いや、無事かはビミョーだけど」

 イザベラは手を伸ばして俺の背中の傷口を探る。

「失血さえ防げば、大丈夫かな。もちろん、後で医者に診てもらうべきだけど」

「当たりどころが悪かったら脊髄をやられて死んでたね……運が良かった」

 イザベラは包帯を取り出して俺の胴をきつく結わえた。

「ポル・ポトを釣り出してカタパルト投石で為留めるって聞いた時は、流石に無理があると思ったけど、意外と効くものね」

「投石って意外と強いらしいぞ。なんでも、弓矢や刀剣よりも投石で死んだ人間のほうが多いらしい。これは手で投げるのもいれての話だから、投石機ならば相当な威力になる。と言っても、あれほど苦戦したポル・ポトをここまで押し込む威力は意外だったが」

「へーぇ。知らなかった。あたしはスパイで、戦場に出るタイプじゃないからな」

「アスクレピオスの技術力様々だな」

 半身を起こしてポル・ポトとカタパルトの闘いを見やる。

 最早、ポル・ポトはいくら攻撃を受けても反応すらしなくなっていた。攻撃を受けるたびに、反動で大きく身体が跳ねるが、それも人間というよりも血みどろの肉塊のような有様だ。

 ポル・ポトに手榴弾が効いた時点で、肉弾戦ではなくもっと高い威力が出せる兵器ならば、倒すことはできる。

 それ自体は予測ができていたが、ルドウィジアでは使える兵器に限界があった。何しろ、火薬すら製造できていないのだから、火砲も爆弾もない。オズワルドがそうしていたように、この世界に持ち込んだ兵器を使うぐらいしか対抗策はないが、それにだって限界はある。

 そう思っていたのに、原始的な投石機でこうもあっさりとポル・ポトを倒すことができるとは。

「やったか……?」

「流石に殺した……かな」

 俺はイザベラと顔を見合わせる。

 投擲もやがてはやんだ。

「おい! ケイト!」

 声を張り上げると、指揮をとっていたケイトがこちらに死線を移した。長い髪が汗で顔に張り付いている。

「なぁに! ノーリ!」

「俺が生きているか、確認する! 良いな!」

「気をつけてね!」

 口元に手を当ててメガホンにして、ケイトは声を張り上げた。

「大丈夫? 歩ける?」

「なんとかな……」

 イザベラに支えられて立ち上がると、身体がギシギシと痛む。

「あたしが行こうか?」

「いや。念のために、イザベラは俺の後ろで警戒していてくれ。敵がまだ生きていたらすぐに対応を頼む」

「わかった。任せて」

 イザベラは両手にナイフを構えた。

「でも、どう見ても死んでいると思うよ?」

「それはそうなんだがな」

 俺が語尾を濁したのは、自分の中で二つの相反する思いがあったからだ。

 どう見ても、あんなぼろ雑巾みたいな肉塊になった以上、ポル・ポトは確実に死んでいる。

 一方であのポル・ポトがこんな簡単に倒せるわけがない。そんな思いもあった。

 まだ、何かある。

 そう思わせる何かが、ポル・ポトにはあった。

 刀を抜き、歩みよろうとした、その時。

 がしゃ。

 と、不審な音がした。

 ぬっとポル・ポトの腕だけが動いて、無造作にぶつけられた石を持ち上げた。

「やばいっ」

 みんな伏せろ! と叫ぼうとしたが、ポル・ポトのほうが速かった。大して狙いをつけたようにも見えない素早い動きだったが、ゴッと風を切る音がして放たれた石はカタパルトの一基を貫いた。ついでのように近くにいたアスクレピオスのメンバーを吹っ飛ばした。

 吹き飛ばされたメンバーは、何メートルも宙を泳いで地面に叩き付けられてグチャッと音を立てた。

「愚かな。何故死を受け入れぬ」

 ぐずぐずに崩れていたはずのポル・ポトの身体が再び集合して人間の形になる。声帯が破壊されているのか、声はひび割れて巧く聞き取れない。

「死を。死を。死を。死を受け入れよ」

「撃ェー!」

 すぐにケイトが反応した。カタパルトからの砲撃を再開する。

 バチッと肉が弾ける音がして、しかし投石は易々と受け止められた。

「嘘……だろ」

 二発目、三発目と次々と飛来する石弾を意に介さず、ポル・ポトは受け止めた石を投げ返した。

 二基目のカタパルトが破壊され、近くにいたメンバーが巻き込まれる。

「まずい、逃げろ! 後は俺が相手をする!」

 俺は抜刀して、ポル・ポトの眼前へと躍り出た。

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