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対決

 俺は日本刀を手に、スーツの女と対峙していた。

 女の手には革製の鞭がある。

 流石に日本刀では鞭の間合いには勝てない。

 俺の腕前をもってしても、日本刀が女の身体に切り込むよりも、鞭が俺の身体を打ち据えるほうが遥かに速いはずだ。

「仕方ないな。覚悟を決めるか」

「覚悟を決める? 私達と話し合う覚悟を?」

「違うよ」

 決めるのは、無傷では勝てない覚悟だ。

 力強い踏み込みと共に、弾丸のように突っ込んだ。

 女の口元が歪む。

 空気を弾く鋭い音を立てて鞭が蛇のようにうねり、俺の肩をしたたかに打ち据えた。

 爆発するような痛みに、思わず動きが止まりそうになる。

 そこを、奥歯を食いしばってさらに加速した。

 女の切れ長の目が、驚きにまんまるに開かれた。

 もらった、と確信した。

 日本刀の切っ先が、女の右脇腹を捉えた。

 そのまま勢い余ってバランスを崩し、ジャングルの草むらに突っ込んで無様に倒れ込んだ。激痛に刀を取り落としそうになるが、慌てて立ち上がって、振り返って女の様子を伺う。

「思ったよりもやるわね」

 女はふふっと余裕のある笑みを浮かべて、自身の脇腹をなでた。

「一張羅が破れちゃったわ。あなたが万全の状態ならば、勝っていたのはあなたかもね」

 スーツのジャケットを切り裂き、ワイシャツを貫いた突きだったが、その下に銀色の素地が覗いていた。

「万一に備えてのものだったけど、用心はしておくものね」

 鎖帷子か。

 ぎりっと歯を食いしばった。体力が盤石ならば、刀が充分な切れ味を保てていれば、鎖帷子ぐらいは野菜を刻むようにして切り裂けるはずなのに。

 しかし、そうか。鎖帷子。

「つまり、この世界には鉄があるんだな。俺の愛刀は満身創痍だが、新調できるというわけだな」

「おかしな人」

 女は呆れたように笑う。

 肩の痛みをこらえながら日本刀を両手で握り直した。

 もう腕に巧く力が入らない。もう切り込むのは不可能だ。

 刺突がまともに入った以上、いくら刃が通らなかったからといってもダメージは入っているはずだ。ならば、これ以上相手に時間を与えないのが得策。

 俺はやれやれ、と頭を振って刀を放り出した。降参したのか、と女はわずかに表情を緩める。

 懐から拳銃を取り出すと、女に標準を合わせて発砲した。

 前の世界から持ち込んだ代物だ。この世界で弾丸の補充が見込めない以上、回数限定の切り札だが今がカードの切り時だろう。

 音速を超えた弾丸は銃声を貫いての腹部に迫る。

 銃も剣もコツは同じ。三寸刻めば敵は死ぬ。

 だが、必殺の弾丸は女の腹を貫かなかった。

 女が信じられないような機敏な動きで弾丸を避けたのだ。背後の大樹に突き刺さる弾丸に目もくれず、女は低い姿勢で大きく踏み込む。

「嘘、だろ、おいッ」

 一瞬、対応が遅れた。まさか、この切り札に対応されるとは思わなかったのだ。

 異世界人のくせに、銃を知っているのか? しかも、知っていたところで銃撃を回避できるというのか?

 鋭い手刀が拳銃を弾き飛ばし、円を描いてどこか遠くへ放り飛ぶ。

 だが、すぐに意識を切り替えた。

 相手が近づいてくれたのならば、俺の間合いだ。

 左腕を伸ばして女に組み付く。

 素手の間合いになれば男女の対格差がものを言う。投げ技や極め技ならば、鎖帷子の防御は意味が無い。

 俺の勝ちだ。

 と、女へとつかみかかる俺の手が止まった。

「……お前っ」

「素手でなら私に勝てると思った? 甘いわね」

 俺が組み付くよりも先に、女の細い指が俺の喉に触れていた。

 動けない。

 動けば先に喉が貫かれる。

「まあまあやるわね。でもまだ私のほうが上」

 目の前にある女の整った顔が、囁くように告げる。

 冷や汗がだらりと首筋を流れ落ちた。

 俺は前の世界ではそれなりに修羅場をくぐってきたほうだ。

 何人も苦しめたし、何人も殺した。

 だが、長じてからの俺よりも強い人間には会ったことがなかった。しかも、銃のような近代武装に身を包んでいるわけでもないのに。

「この男を拘束なさい」

 油断なく俺ににらみを効かせたまま、女は背後の男達に命令し、俺は荒縄で両腕を縛られた。

「ああ、疲れた。まさか私が直々に戦うはめになるなんてね」

 女は疲れた様子でやれやれ、と頭を振って戦いで汚れた服を払った。

「こっちの世界に来てからの相手では一番強かったわ、あなた。私を除いてって意味だけど」

「こっちの世界に来てからだと?」

 思いがけない言葉に、俺は腕が縛られているのも忘れて詰め寄った。

「お前も俺と同じなのか? 別の世界からこの世界に連れてこられたっていうのか?」

「だから、そう言わなかった?」

 聞いてない。

「最初から話を聞いてって、言ったと思うけれど……まあ良いわ」

 女は肩をすくめた。

「情報交換をしましょう。私のことはケイトと呼んでくれればいいわ」

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