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夢幻の殺戮 ポル・ポト(4)

 肉と骨をまとめて断ち切る心地よい音がして、ごろりと門番をしていた二人の男はたちまちに肉塊となって地面に転がった。

「んっん〜。たまらないね、この感覚。人を斬るという感覚はまっこと得難いものだ」

 愛刀の切れ味に満足のあまり鼻歌までもれた。

「我刻む故に我あり……というわけだ。どう思うかい? ポル・ポト信奉者の諸君」

 俺は、もの言わぬ躯と成り果てた者達へと問いかける。

「さて、予定通りポル・ポトには会えるかな?」

 ぬっと突然現れた俺の姿に、砦にこもっていたポル・ポト信奉者たちはひどく慌てたようだった。

 最初は武器を手に襲いかかってきた者もいたが、ざくざくと野菜を刻むようにして叩き切ってやるとやがてそれもなくなった。

 やる気の無い人間のやることなどそんなものだ。

 所詮は自分で生きることを放棄して、大きな力に依存することを願った連中だ。

 今の俺の敵ではない。

 ケイトに言わせれば『つまり、統治しやすい相手ってことでしょ。殺したらもったいないわ。資源は有効活用しないと』ということだったが、そこまで彼女の意向に従うことはない。

 殺せる時には殺す。

 殺しをためらったあまり、俺が戦死して策戦が失敗するのは本意ではないだろう。

 俺は日本刀を油断なく構えたままで、砦の中を歩く。

 抵抗がなくなったとはいえ、銃撃などのような遠距離攻撃で反撃してくる可能性はあるし、ポル・ポトの急襲が怖い。

 ポル・ポトの攻撃がクリーンヒットすれば俺は死ぬのだ。

 そう思うと慢心はできない。

 考えてみれば、クリーンヒットすれば、というのならば素人から刀傷を喰らってもほとんど死ぬようなものだが、それでもポル・ポトを相手にした時の恐怖は全く異質である。あれは、直接奴と相対したものにしかわからないかもしれない。

 あれは、畏怖とでも呼ぶべきものだ。

 押し入った先では、逃げ後れた信奉者がぶるぶると大げさに震えているのが見つかった。

「おい、貴様」

「ヒィッ」

「うるさいな……」

 俺は目を細めて、刀を首筋に突きつける。

「質問はシンプルだ。答えろ。ポル・ポトはどこだ?」

「奥に……本丸がある」

「あ?」

「本丸だってば! いつも独りでそこにいる。神は独りでいることを好むんだ」

「護衛はいるか?」

「建物の外に親衛隊がいるけど、それだけだ」

「わかった」

 俺はそのまま力を込めて男を刺し殺そうとして、やめた。刀を納めて、

「おい。ここは戦場になる。すぐに逃げたほうがいい」

「逃げるってどこへ! この世界に逃げ場なんてないのに」

「ぐちゃぐちゃとうるせえな。こんな世界だからこそ、好きなことができるんだろうが。お前も大人だろ? せっかく再び得た命、好きに生きろ」

 と言い捨てて、ポル・ポトの元へ向かった。

 砦の構造を把握しているわけではなかったが、本丸は砦の中央にそびえるようにして建っているのですぐにわかった。

 この世界の前の住人は、大砲を発明できなかったのだろうか?

 俺が以前過ごした世界がそうであったように、充分に火砲が発達していたらこれ見よがしの天守閣は格好の的だ。

「私の城で、何をしている?」

 突然聞こえた声にはっとした。

 眼前に、親衛隊に囲まれたポル・ポトがいた。

 おそらく、迎撃に出ようとしたポル・ポトと城内に踏み入ろうとした俺が途中でばったりかちあった形になったのだろう。

 以前と同じ軍服に、仏のような慈愛に満ちた笑みを浮かべている。俺に対しても信徒に対しても、平等に慈しむように。

 前回与えたはずの傷は既に全く伺えない。

 傷跡すら残っていないというのは驚きだが、彼が超常の力を発揮するのと同じように常識外の治癒力があったとしてもおかしくはない。

「まだ救われていないのだね、君は」

「生憎とな、前世での罪がまたあがなえていないみたいでな」

 抜刀、疾走。

 親衛隊は最初から眼中にない。

 ターゲットは、ポル・ポト一人。

「さあ、君を救ってやろう」

 笑みを浮かべたまま、ポル・ポトは余裕のある仕草で親衛隊を退かせる。

「うるせえな」

 神速の斬撃を、ポル・ポトは苦もなく受け止める。バチバチッと激しく火花が散るが、それだけで刃筋は通らない。

「前回の闘いでよくわかっただろう。君と私の間には、蟻と象よりも深い戦力差がある」

「それはどうかな」

 反撃を受ける前にバックステップで距離をとる。

「攻撃を受け止めた腕をよく見ろ」

 ポル・ポトが攻撃を受け止めた腕から、つうっと血がしたたった。

「玉体が……傷を……?」

 親衛隊の間に動揺が広がる。

「見ただろ。何が玉体だよ。要は攻撃力の問題。俺みたいなチンピラの攻撃でも通るじゃねえか。何が神だ」

 傷を与えたと言っても、皮膚を切っただけに過ぎない。致命傷どころか、ダメージのうちにも入らないようなものだ。

 だが、俺は敢えて大言壮語をした。

 俺の役目は飽くまで囮。

 相手の攻撃を釣るのが役割だ。

「仕方ないな」

 ポル・ポトは親衛隊から受け取った布で傷口を拭う。

「特別に、私がその全力を持って死の救いを与えよう」

 ドン、とポル・ポトが踏み込むと大地が揺れた。

 あまりの衝撃に対応が遅れる。

 ロケットのように飛び出したポル・ポトの攻撃を、ギリギリのところで回避した。

 振り抜かれた拳が、壁に突き刺さって城壁がガラガラとガレキに変わる。

 とんでもない力だ。

 まともに喰らったら即死、どころか遺体がバラバラになって形も残らない。

 ここまで来たら逃げの一手だ。

 ポル・ポトのほうも、虚仮にされた以上、俺の首級を上げるまでは部下に示しがつくまい。確実に追撃をかけてくるはずだ。

 砦の深部まで突入していないのが幸いした。

 仮に、本丸まで進軍していたら、逃げ切る余裕はなかっただろう。

「逃げに徹すれば自分のほうが速い。そう思っているな?」

 ポル・ポトに背を向けて逃げ始めた俺の背中に、激痛が走った。

 痛み、なんてものではない。身体が引きちぎられたような、今までの人生で感じたことがない、凄まじい苦痛だ。

 ポル・ポトがガレキを投擲して、背中に突き刺さったのだと、遅れて理解した。

 だが、足を止めることはできない。悲鳴を上げる身体に鞭打ってひたすらに走る。ポル・ポトは両手にガレキを掴んだまま追ってくる。

 負傷でスピードが落ちたのに加えて、なにしろポル・ポトはバケモノじみたパワーがある。道を砕き、壁を割り、最短ルートを辿ってくるので猶予がない。

 再び、風切る音がしてガレキが飛来する。

 一発が足下で炸裂して、砕けた破片が足に腰に痛打を与える。

 だが、城門まであと少しだ。

 這うようにして城門を出た俺に、三発目のガレキが飛んで来た。

 爆弾が爆発したみたいな大音響。耳が痛くなって、何も聞こえなくなり、俺は人形のように無様に城門に投げ出された。

「大口を叩いた割にはあっけなかったな」

 俺に追いついたポル・ポトは残念そうに言った。

「今度こそ、救いを与えよう。さらばだ、異国の剣士よ」

 ポル・ポトが両手を組んで俺に振り落とそうとした。

 その瞬間。

 ひゅるひゅると音がして、カタパルトから放たれた石がポル・ポトの頭部を砕いた。

「危ない……ギリギリだったな」

 はあはあ、と血みどろで荒い息をつきながら、俺は援軍に駆けつけたケイトやハイパティアの投石機を見やった。

「よくやったわね、ノーリ。百点満点をあげるわ」

 カタパルトに再び石をつがえながら、ケイトは微笑んだ。

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