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毒婦、暗殺者、帝王、剣士

「……仕方ないな」

 俺はやむを得ない、という風に頷いた。

「いいだろう、あんたの提案を受け入れてやるよ、ミス・ハイパティア」

「流石ですわ、ミスターノーリ」

 ぱちん、とハイパティアは手を打ち合わせた。

「やはり決断する殿方というのは素敵ですわね。あなた様なら、きっとそうして下さると信じていましたわ」

「ま、治療を受けた恩もあるしな。いいだろう……でも」

 俺はじっとハイパティアを見る。

「しかし、今の俺ははっきり言って役に立たないぜ」

 オズワルドから奪った剣は折れて失ってしまったし、前の世界から持ち込んだ日本刀は刃こぼれでぼろぼろだ。

「勝算はあるんだろうな?」

「もちろんですとも」

 ハイパティアは大振りな胸を張った。

「この魔女ハイパティア、勝算のない勝負はしませんことよ?」

「具体的なプランを教えて貰えるか? あんたたちはおそらく様々な特技をお持ちなんだろうが、戦闘に関しては俺のほうが専門家だ。それを聞かせてもらった上で、実際の動きを協議しよう」

「ええ。でも、その前に」

 ハイパティアは椅子から立ち上がった。

「あなたの仲間に一度会っておいたほうが良いのではなくて?」

「なんだ、会わせてくれるのか? 人質として使うのなら、大事に手元に置いておくほうがいいと思うが」

「別に、会わせたところで今さらあなたが裏切るとは思っていませんわ……というより」

 言葉を切って、ハイパティアはため息をつく。

「既に言いました通り、私達アスクレピオスには戦える人材がないので、どちらにしろあなたがたの仲間には戦ってもらうしかありません。どちらにせよ、ノーリさんとお仲間さんには合流して頂く算段だったのですわ」

「じゃあ、なんで悪役っぽく言ったんだ……」

「それは、ホラ」

 ハイパティアはイタズラっぽく微笑んだ。

「わたくしの前世は邪悪な魔女として死んだものですから。ついうい、悪ぶってみたくなったのですわよ」

 早く会いたいでしょう?

 そういって、ハイパティアは俺を促した。




「ノーリッ! 生きてた! 嬉しい!」

 一番に声をあげて、俺に飛びついてきたのはイザベラだった。

「あの牝狐! 全然ノーリに会わせてくれないんだから。あと一日遅かったらぶっ殺してやるところだったのに!」

 首っ玉にかじりついたまま、イザベラは物騒なことを無邪気に述べる。

「イザベラのほうは? 無事だったのか」

「全然! なんとも……なんともないよ。ノーリのほうこそ大丈夫だった?」

「平気だ。ハイパティアのお陰でな」

 じろりとハイパティアに目線を向ける。ハイパティアはにこにこと笑みをたたえたままだ。

「むしろ、こっちの世界にきてから一番調子がいいくらいだ」

「そう……よかった」

 イザベラはもう一度ぎゅっと俺の身体を抱きしめてから、照れたように身体から離れる。

「本当に、生きていてくれてありがとう」

「イザベラのほうこそ」

 このやりとりを、後ろでニヤニヤ笑みを浮かべて眺めている者がいた。

 ケイトである。

「久しぶりね、ノーリ」

 イザベラが身体から離れてから、ケイトは面白がるように言った。

「ああ。久しぶりだな、ケイト」

 実際にはさほど久しぶりというわけでもない。

 精々が数日、顔をあわせていないだけだったのに、ひどく久しぶりのような気がするのはそれだけここ数日のサバイバルが壮絶を極めたということだろう。

 初めて会った時はこの世界に不釣り合いなほど小綺麗なスーツ姿だったケイトも、今は満身創痍だった。長い黒髪はほつれて絡んでいるし、スーツの裾も泥だらけ傷だらけでまるで泥ひばりだ。

「それにしても、ひどい格好だな、ケイト。あんたらしくもない」

「ノーリ、あなたこそらしくもなくやられちゃったそうじゃない。大丈夫? 私が頼んだ仕事はちゃんとこなしてくれた?」

 お互い死線をくぐり抜けていたというのに、なんでもない朝の打ち合わせのようにケイトは切り出した。

「オズワルドの一件か? 軽く終わらせてきたよ。オズワルドを失った後の集落がどうなっているのかはわからないがね。きっと酷く混乱して、食糧や兵器も失われてるはずだ」

「そっちも早く手を付けなくちゃね……」

 楽しみだ、という風にケイトは微笑む。

「もっとも、物事というのは順序を守って片付けなければならないものね。まずは目の前の課題から。つまり、ポル・ポトを片付けるというのが当座の課題よ」

「だな。他の仲間は無事か?」

 問いかけると、ケイトは眉をひそめた。

「ダメね。ジェリィは死んだし、他の多くの仲間が行方不明になってる……つまり、死体を確認できてないって意味だけど」

 ケイトはそっと長い睫毛を伏せた。

「私のせいだわ。私のネットワークがもっと機能していれば、こんな事態は防げた。少なくとも、ポル・ポトの接近を察して離脱するぐらいのことはできたはず。そう思うと、私も為政者失格だわ」

「そうか……」

 ジェレミーの無愛想な顔を思い出した。付き合いは短かったが、二度と会えないと思うと複雑な気持だ。

「それに、それとは別に連絡が途絶えた斥候が何人もいる」

「そういうことだ?」

「私を見限った、ということになるんでしょうね。ポル・ポトから仲間を守れない王に価値はないと」

 ケイトは笑うしかない、という風に笑い声を上げた。

「私が彼らの期待に答えられなかった、ということになる。彼らはきっと、別にもっと安全でもっと力の強くて自分を庇護してくれる相手を捜しにいったのでしょうよ」

 ケイト以外に有力者がそんなに転がっているものか? と聞こうとしてやめた。斥候として各地に散らばったケイトのネットワークは、俺にはない情報を得ているだろうし、その末端がそれらの情報に基づいて判断を下したのならばそれは仕方が無い。また、ポル・ポトのような前世が為政者だった悪人はこの世界にもっといてもおかしくない。有力者を見つけたら、優秀な人材であればあるほどそちらにすり寄りたくなるものだろう。

 俺のように、二君にまみえずなんてことを得意げに掲げている人間は多くはない。

「結局、今ここにいるのは私とイザベラだけ。残ったわずかな斥候にはポル・ポトとその信奉者の監視にいってもらっているわ。あなたたちをすぐに救出できたのは、彼らのおかげね」

 なるほど。

 ひどくいいタイミングでハイパティアに助けられたと思ったが、そういうカラクリがあったのか。

「……というわけなんですよ。おわかり頂けましたか」

 俺たちの会話が一区切りついたのを見て、ハイパティアが言った。

「ケイトさんのネットワークと、我々アスクレピオスが保有する技術は相性が抜群です。今すぐにでも、ポル・ポトを攻撃する戦略を立てられるし、ポル・ポトを攻略するための武器を揃えることもできる。有効な協力関係を築くことができた。ただ一つ、足りなかったのは戦闘力。ノーリさん、あなたが最後にぴったりとはまったピースというわけなのですよ」

「ああ」

 俺は短く答えた。

「よろしいですね、皆さん。それでは、ポル・ポト攻略への軍議を始めましょうか」

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