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夢幻の殺戮 ポル・ポト(3)

「やったの……?」

 ぐったりと地面に倒れたまま、イザベラは顔を上げた。

 手榴弾の爆発で、土ぼこりがもうもうと立ち上がっている。

 土ぼこりに覆い隠されて、ポル・ポトの姿は見えない。

「わからん。生きてたら逃げるぞ」

 本当は生きている生きていないに関わらず逃げの一手と言いたいくらいだ。

 だが、ポル・ポトは危険過ぎる。

 このまま『生きている』『生きていない』が不定のままにしておくのはリスクが大きい。常にポル・ポトに襲われる危険性を想定したまま生きるのはロスが大きいし、精神的にも疲労困憊してしまう。

 ここは、確実に殺せたかどうかを確認すべきだ。

 俺は腰に剣を収めようとしたが、ポル・ポトの攻撃を受けてひん曲がってしまい、うまく納まらない。

「イザベラは無事か? 走れるか?」

 最悪の場合、イザベラを見捨てることすら視野に入れなければならない。

 しかし、その場合、俺はなんのために生きているのだ?

 前の世界でも仲間を守れなくて、この世界でもケイトを失って、あまつさえイザベラを失ってしまったら俺は存在意義がわからなくなってしまう。

「うん。走れる……と思う」

 だから、よろよろとイザベラが立ち上がったのを見てほっとした。

「無事かはわからないけど、走れる」

 イザベラは自身の腹部を障って確かめる。内蔵に大きな損傷があったとしたら、この世界ではすなわち死を意味する。

「ああ。充分だ。あとは俺が守るから」

「ありがとう。頼りにしてる……ねえ、ノーリ」

「なんだ? イザベラ」

「この後のことなんだけど」

 おずおずと、イザベラは切り出した。

「……なんだ?」

 じっと油断なく土ぼこりを見据えながら答える。

「仮にケイトたちが亡くなっていたら、私と一緒に世界を築いてくれる?」

 その問いかけに答えることはできなかった。

 ゆらり、と土ぼこりの中で人影が動いているのが見えたからだ。

 ぎゅっと緊張して、心臓が掴まれたような感覚がある。

 ぬっとポル・ポトがミサイルのように突っ込んで来た。

 ごっと鉄のかたまりで殴られたような嫌な感触があった。

 剣を盾にすることで、直撃を避けることができたのはほとんど反射のようなものだった。

 ばぎん、と剣が根本から折れる嫌な感触から、さらに衝撃が身体をを貫き身体が吹っ飛ばされた。

「なんだこりゃ……」

 口から漏れた言葉は、絶望や恐怖ではなく呆れだった。

 こんな怪力を人間が出せるのか。

 これほどの力だというのならば、負けても仕方ないとすら思った。

「おいおい、随分な面相になっているじゃねーの、ポル・ポトさんよ」

 土ぼこりより姿を現したポル・ポトは血みどろだった。

 目玉から鼻から口から耳から、顔中の穴という穴から血が溢れてポル・ポトの前進を赤黒く濡らし足下に血だまりを作っている。

 口の中で手榴弾を炸裂させたのだから当たり前だ。あれで無傷だったらどうしようもない。手榴弾が口の中で爆発し、破片が頭の中をグチャグチャにシェイクしたのだから普通なら即死だ。

 いくらポル・ポトが生前の悪業で強靭な肉体を得ているとしても、頭だけの出血で失血死するのではないか、と思える。

 にもかかわらず、ポル・ポトは何事もなかったかのようにこちらに向けて歩いている。

 その歩調はいささかも緩んでいない。

「死を受け入れよ。それがこのルドウィジアにおいて唯一の救いである」

 邪神。

 血みどろでなお、歩みを止めず救世を口にするポル・ポトの姿にそんな言葉が頭に浮かんだ。

 今なら理解を示せる。

 ポル・ポトを信仰する者がいたということも。

 この絶望的な世界で、これほどの強さを持っている人物がいたら、崇拝されてもおかしくない。

 それどころか、単身でこの世界を滅ぼす破壊神として君臨する可能性もある。

 前の世界で噴火や津波という自然災害が神格化されたように、ポル・ポトという名前の自然神になる。

 死こそ救いだと解くポル・ポトに信奉者がいる、ということは一見矛盾しているように見えるが、彼の庇護を受けることで一時的であれ安全を確保できるのならばわからないことではない。

「何故、救いに抗おうというのか? 死を受け入れよ」

「うるさいな! あたしたちはこんなところでは死なないの! あたしとノーリでエデンを築くの!」

 気丈にも吠えたイザベラが、口から含み針を放つが金属のような肌に弾かれる。

 俺も拳銃を抜いてポル・ポトの足へ射撃する。当たってはいるが、まるで効いている様子がない。

 およそ人間を相手にしているという気がしない。

 戦車を相手取るほうがまだ気が楽というものだ。

「困ったな。ねえ、ノーリ。他に腹案はある?」

 イザベラが縋るように俺を見る。

 そんな濡れた犬のような視線を向けられても、剣が通らない時点で俺の長所はほぼ潰されたようなものだ。

「勝機はない。諦めよう」

 俺がそう言い切ると、イザベラが信じられないように俺を見た。

「落ち着け、イザベラ。俺たちの目的はここでポル・ポトを殺すことじゃない。ケイトの消息を探して、合流することだ。ポル・ポトを殺すことは大事だが、至上命題というわけじゃない」

「……そうか。そうだね。わかった」

 納得していない様子ではあったが、イザベラはこくんと頷いてみせた。

「俺が囮になる。イザベラは逃げろ。落ち合うのはC地点で」

 ここにくる道中であらかじめ指定しておいた地点を告げる。

「俺はベスパで逃げるから、イザベラはドンドン先に逃げてくれていいわかったな?」

「うん」

 イザベラは心細げに頷いた。

「絶対に、生きて帰ってきてね、ノーリ」

「無論だ。俺は悪運だけは自信があるんだ」

 前世でも、幾多の戦場をくぐり抜けても死ぬ事はなかったわけだし。

「走れ!」

 イザベラを走らせて、俺は拳銃を構えた。

 銃弾はもうわずかしかない。無駄撃ちはできない。

 わずかな可能性にかけて、顔面に狙いをつけて発砲する。その都度ばぎん、ばぎんと金属を叩くような音が響く。

 見た目では効いていなくとも、手榴弾が効いているというのならば銃弾が全くの無効ということはないはずだ。要はエネルギー量の問題。

 極論、俺の剣術だってパワーさえ伴えばポル・ポトを叩き切れる道理。

 俺が勝てない以上、前世でも発揮できたような人間の力では勝てない。しかし、大型の兵器を用意できれば、勝ち目はある。

 オズワルドの武器庫から何か大型の兵器を奪えれば。

 思考を巡らせながらポル・ポトの攻撃を誘導し、イザベラとは逆方向に釣っていく。ポル・ポトの攻撃にもようやく目が慣れて来た。

 そもそも、攻撃の速度が圧倒的に速いわけではない。ほとんど即死の破壊力を秘めているというだけだ。緊張感からくる疲労は大きいが、全く対応できないわけではない。人斬りに比べれば楽なものだ

 心のどこかに余裕が生まれたからかもしれない。

 終わりは突然に訪れた。

 足がもつれて、地面に転がった。青空がゾッとするほど広く見える。

 マジかよ……。

 嘆息が漏れる。

 こんなところで終わるのか。

 せっかく二度目の人生を得たというのに、何もできないままで終わるのか。

 振りかぶるポル・ポトの腕がゆっくりに見えた。

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