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夢幻の殺戮 ポル・ポト(2)

「貴様……が、ポル・ポトでいいんだな?」

 倒壊した建物を下に立ち上がりながら、俺たちは問いかけた。

「いかにも。私がポル・ポトである」

 一見して、なんの変哲もない男性に見える。虐殺者には見えない。

 虐殺者に見える人物、というのがそもそもいないと言ってしまえばそうなのだが、邪悪な人間にはそもそも見えない。

 はっきり言って、人が良さそうに見える。

 なんというところもない、虫も殺せない善人そうな中年男。

 というところがポル・ポトを一見しての感想だった。

 本人がポル・ポトであると自称しなかったら、彼をポル・ポトだと認めるのに時間がかかっていたかもしれない、というほどだ。

 だが、判明してしまった以上こちらの土俵だ。

 その破壊力も充分にわかっている。

 ならば、殺すだけだ。

 殺戮には殺戮で返す。

 それがこのルドウィジアのルールというものだろう。

「待ち賜え」

 剣を握った俺に、ポル・ポトはそう言った。

「武器をすぐに握るのは若人の悪い癖だ。その前に私の言葉を聞くと好い」

「先に攻撃しておいて何を言っているんだ、手前は」

 俺は目を細めた。

 この男は何を言っているんだ。

 今すぐにでも、切り刻んでやらないと。

「このルドウィジアに連れてこられて混乱しているだろう。この世界の真理を聞きたくはないか?」

「何?」

 ポル・ポトの言葉に、踏み込もうとした足が止まる。

「……お前は、この世界について何を知っているというんだ?」

「知っているとも。この世界の真理をね」

 安らかに、ポル・ポトは笑みを浮かべる。

 思わず、心から安心してしまいそうな慈愛溢れる笑みで。

「私を刻みたいのならばそれでもいい。だが、話を聞いてからでもいいだろう」

 俺は探るようにポル・ポトを見る。

 彼が何を考えているのか読めない。

 その瞳は、愛に溢れているようにしか見えない。吸い込まれそうなほど、愛に満ちた瞳。

「この世界は、なんだっていうんだ? ポル・ポト」

 俺は構えていた剣を下ろす。

 下ろしただけだ。

 もちろん、ポル・ポトのことは殺す。それは規定事項だ。だが、同じ殺すにしても、ポル・ポトの話を聞いてからでもいい。

 殺すのはいつだってできるのだ。

 俺は『運命の道標』からルドウィジアの情報を手にしたが、ポル・ポトは『運命の道標』から別の情報を手にしている可能性があるし、あるいは『運命の道標』以外の超常の存在から情報を仕入れているのかもしれない。

『神様』、それに『運命の道標』の二柱が存在する以上、更なる存在がいることは想定すべきだろう。

「この世界について、何を知っているというんだ? ポル・ポトよ」

「言うまでもなく、この世界の構造だ」

 あくまで笑みをたたえたままポル・ポトは言う。

「この世界は『悪人』が堕ちてくる場所ということは理解しているね。青年よ」

「ああ。知っているぜ。あんたのような悪人がね」

「ノン」

 ポル・ポトはちっちっと指を振る。

「それこそが、この世界の肝だ。私もそのおかげでこの世界の意義に気づけた」

「?」

「私のような善人が何故、この世界に堕ちてきたのか、だよ」

 ぞぞっと背筋が粟立つ。

 この男は、徹頭徹尾、自分が清いと信じ込んでいるのだ。

 何十万人という人間を、死に追いやったにも関わらず。

 自分は悪くない。自分は正義の徒であり、平和の師であると、そう思い込んでいる。

 自分が邪悪だと全く思わない。自分を純白だと信じ込んでいる、闇より深い深淵が、そこに口を開けていた。

「悪人の中に、独りの善人。これが意味するものは何か? すなわち浄化だ。私は救世主として、この世界を救いにきたのだよ。悪人に安らぎを与えることこそ、私に課せられた使命なのだ」

 ポル・ポトは確信を持って言い切る。

「この世界の安らぎ……」

「ここまで言えばわかるだろう? 青年よ」

 ポル・ポトは物わかりのいい叔父のように、慈しみを込めて言う。

「つまり、死だ。悪人に死を与え、浄化することこそこのルドウィジアの意義だ」

 ぐっとポル・ポトの右腕が迫ってくるのが見えた。

 だが、身体が動かない。

 恐ろしいほどのエネルギーがこもった腕が、みるみる大きくなり眼前に迫るのだ。

 俺の頭部が消し飛び、肉塊に変わるーー。

 と思った、その刹那。

「馬鹿やっているんじゃない!」

 イザベラが袖から鎖を飛ばしてポル・ポトを絡めとり、力任せに石壁に叩き付けた。

 石壁の砕ける大音響。

 崩れた石壁から凄い量の土ぼこりが吹き出し、視界を覆う。

「イザベラ……俺は」

 急激に自分を取り戻すのがわかった。ポル・ポトに飲まれていたのだ。

「大丈夫? ノーリ。あんな奴の戯言は聞くことなんかない。さっさと倒しちゃいましょ」

 イザベラは両腕で鎖を掴んだまま言う。

「あたしが動きを止めておくから、すぐに殺して」

 そう言っている途中で、イザベラの足下がずりずりと引き寄せられる。

「……嘘でしょ?」

 驚愕のあまり、イザベラの目が丸くなる。

 鎖で絡めとられたはずのポル・ポトが、逆に力任せにイザベラを引き寄せているのだ。規格外の膂力。

 ぶぅん、と耳に障る嫌な音がして、逆にイザベラの身体が宙に浮いて地面に叩き付けられた。

 イザベラが血を吐いてぐったりと動かなくなる。

「何故人は運命に抗うのか? 死こそこの煉獄より抜け出る一つの救いなのに」

 鎖を引きちぎったポル・ポトは憐れむように言う。

「だが、愚者を救うこともまた救世主の務め」

「うるせえな。まず手前を煉獄から脱出させてやるよ」

 俺は汗ばむ手で剣を握り直して切り込んだ。もうイザベラを気遣う余裕はない。イザベラの無事を祈って、素早くポル・ポトを倒したほうがまだ生き延びられる可能性がある。

 必殺のタイミングで振り落とした剣がポル・ポトの身体をまっぷたつにする。

 はずだったが、肩に当たった斬撃がはぎぃんと金属に当たったような硬質な音を立てて跳ね返される。

 ポル・ポトの反撃を回避して慌ててバックステップで距離をとるが、信じられない気持で剣を確認する。

 生身で剣が直撃しても倒れないとは、完全に想定の外の存在である。

 バケモノめ。

 ポル・ポトは悠然とした足取りでじりじりとこちらに迫ってくる。

 それはそうだろう。攻撃が直撃してもノーダメージだというのなら、焦る必要は全くない。時間をかけて、確実に独りずつ殺せばいい道理……!

 だが、俺はこれ以上退くわけにはいかない。

 すぐ背後には、倒れたままのイザベラがいる。

 ケイトもエドもジェレミーも坂本も行方が知れない今となっては一人きりの仲間だ。

 もう二度と、仲間を失いたくはない。

 俺の手に残るカードは少ない。前の世界より持ち込んだ拳銃と、それにオズワルドより奪ったわずかな武器……。

 俺は迫り来るポル・ポトを見ながら息を整えた。

「ふーっ…… ふーっ……」

 もう後がない。気持を切り替えろ。

 俺とポル・ポト。相手が上回っているのは、せいぜい膂力と耐久力だけだ。

 戦闘経験でも、センスでも、敏捷性でも俺に分がある。

 殺せないまでも、相手を退けることぐらいは……。

 俺は再びポル・ポトへと飛びかかった。

 雨のごとく剣を降らせる。

 もちろん、ポル・ポトは意に介さない。蝿を払うように手を振るその仕草ですら、剣が折れそうなほど重い。

 そこに隙があった。

 俺はピンを抜いた手榴弾を、ポル・ポトの口の中にねじ込んだ。

「!?」

 予想外の動きにポル・ポトの動きが止まる。

 炸裂する手榴弾の爆風に吹き飛ばされながら、俺は確かに、ポル・ポトの頭部が弾けるのを見た。

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