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夢幻の殺戮 ポル・ポト

 切り裂いた。

 貫いた。

 薙ぎ払った。

 蹴り倒した。

 叩き割った。

 突き上げた。

 この世界に来てからこれほどの猛り狂ったことはなかったかもしれない。

 独りで行動していた頃は、複数の相手を同時に相手取ることはなかったし、ケイトと合流してからは『殺さないよう』指示を出されることが多かった。

 もちろん、それは人道的見地からの意見ではなく、為政者としての彼女が労働力を確保するためという視点が大きかったのだろうけれど、それでも俺の人斬りとしての精神はどこか抑圧されていた。

 それが爆発した形になる。

 見れば、イザベラも怪鳥のように笑い声を上げながら両腕に握った大振りなナイフを縦横無尽に振り回し、敵の動脈をずたずたに切り裂いている。噴水のように飛び散る返り血にまみれたその姿はまるで血だまりから生まれた冥府の女王のようだ。

 敵が何人いたのかはわからない。

 だが、敵を殲滅するのに十分とはかからなかった。

 気がつけば、周りに敵がいなくなっていた。

「なんだ、もう終わりか? 暴れ足りないな」

「ええ、確かに」

 血みどろの姿で、イザベラは凄絶に微笑む。

「何人か逃しちゃったかも」

「イザベラのその姿を見れば、誰だって逃げるさ」

「ノーリだって人の事は言えないと思う。血まみれじゃない」

「そりゃまあそうだが」

 剣を宙で振るって、血を飛ばす。

「ふん。情報を聞き逃したな」

「最初から生け捕りにする気がなかったくせに……」

 イザベラはあくびをもらしながら呟いた。

「でも、ねーえ? ノーリ。ポル・ポト様って言ってたでしょ。じゃあ、やっぱりポル・ポトの傘下の人間だと思う」

「それならますます生け捕りにするべきだったんじゃないか?」

「今さら言ってもしょうがないでしょ……その辺にまだ生き残りがいたらいいんだけど」

「いたとしても確実に逃げを打ってるだろ。俺たちの姿を見たら」

 ゴキゴキと首を鳴らして、

「ん? イザベラ。一つ確認させてくれ」

「なあに?」

「ポル・ポトは単独行動をしていたのか? 仲間を引き連れてではなく?」

「ええ。その通り」

 イザベラは垂れてきた血を拭いながら、イザベラは思い出す素振りを見せる。

「確かに、単独行動だった」

「ということは、今の連中とはどういう関係なんだ……?」

 わしゃわしゃと自分の頭をかき回すと、血糊で手がべとべとになってしまった。

「とにかく、砦を探しましょう」

 イザベラの意見に頷いて、砦の中の調査を開始した。

 外部から見ても砦は凄惨な有様だったが、改めて内部を探索するとますますその崩壊ぶりを強く見せつけられる形になった。壁は崩れてガレキと化しているし、武器庫はどういう壊れ方をしたのかぺちゃんこに潰れてしまっている。辛うじて形を保っている建物も、柱がマッチ棒のようにへし折られて今にも倒壊しそうだ。

 はっきり言って、危険過ぎてもう砦としての用途をなしそうにない。どころか、ただ雨風を凌ぐのですら危険だ。風が吹いただけで崩れて下敷きになりかねない。

「今でも信じられないのだけど」

 と、イザベラは崩れた城壁を示す。

「あの壁、素手で破壊されたんだよ……一カ所だけなら、元々壁が崩れかけていたのかなって思うけど、この砦ごと破壊されたんだから……」

 イザベラの言葉が空中で搔き消える。

 確かに、『運命の道標』からこのルドウィジアのルールを聞かされた俺ですら、信じがたい。

 ポル・ポトというの人物は。

 前世でどれほどの悪辣を積み重ねたというのか。

 邪神、という非日常的な言葉すら思い浮かんでしまう。

 敵としてはもちろん、味方だったとしても心安らぐことはないだろう。強いとか恐ろしいとかそういう次元を越えて、存在するという事実そのものが大き過ぎる。

「もう、ここに生き残りがいる可能性はないよな……」

 ポル・ポトの部下がここにいる以上俺たちの仲間がいる可能性はゼロだし、ポル・ポトの部下は皆殺しにしてしまった。

 それでも名残惜しく、砦の中を探索していると、

「あ! 生き残りはっけーん!』

 イザベラは黄色い声を上げると、ナイフを投げた。

 手裏剣のように鋭く飛んだナイフがざくっと無骨な音を立てて壁に突き刺さる。

 物陰に潜んでいた青年はひっとか細い悲鳴を上げて、青年はその場にへたり込む。

「見つかった……!」

 じょお……と股の間に水が染み出す小さな音がした。

「おい。イザベラ。怖がっているだろ」

「えー、そんなことないよー? あたし怖くないよ?」

 イザベラは笑顔で青年に近づくと、ナイフを引き抜いた。

「正直に答えれば殺さない。だから、質問に答えなさい」

 彼女としてはさして凄んだつもりはなかったのだろうが、返り血にまみれたままハッキリと宣言する彼女の姿は悪鬼羅刹にしか見えない。

 拷問には慣れっこの俺でも、おー怖、と軽口を叩いてしまうほどだ。

 イザベラの前世はスパイだったと言っていたが、拷問の経験もあるのだろうか。

「あなた、ポル・ポトの仲間ね」

「ち、違……ッ ただの、」

「イエスかノーで答えなさい」

「い、イエスッ ですッ」

 もともとがルドウィジアに堕ちてきたのが不思議なくらい青白い顔をした純朴そうな青年である。強い口調でイザベラに迫られると怯え切った様子で返事をする。

「ポル・ポトとは何者か? 答えなさい」

「ポル・ポト本人のことは知ってるだろ? カンボジアの独裁者で虐殺者! あの国民の2/3を皆殺しにしたキチガイだよ!」

 俺とイザベラは顔を見合わせた。

 後世では、よっぽど有名な人物であるのかもしれない。

「じゃあ、聞くけど、あんたはどうしてそんなキチガイに従っているっていうの」

「生きるためだよ、決まってるだろ!」

 開き直ったのか、ヤケクソのように青年は言う。

「オレだってあんな奴に従いたくないさ! でも、あんな怪獣みたいな奴でも、従ってさえいれば安全なんだから!」

 イザベラは青年の言葉に少しだけ、押し黙る。

 ポル・ポト本人の人格を知らない俺には判じかねるが、確かに単身でこれほどの強さを持っていれば、確かにその傘下に入るのが正解だ、という考え方は理解を示せる。

「他にポル・ポトについて知っている事をいいなさい」

 気を取り直したイザベラは重ねて問いかける。

「正確に言えば、ポル・ポトには仲間はいない。いるのは信奉者だ」

「信奉者? それはどういう意味ーー」

 それ以上の言葉は発せられなかった。

「イザベラ、飛べ!」

 俺の声を受けて、イザベラは宙へと高くジャンプした。

 いつの間にか音もなく生じていた見知らぬ中年男性がイザベラの背に拳を叩き込もうとしていたのだ。

 とっさの跳躍で直撃を避けたーーと思ったその刹那。

 中年男性の拳が地面を貫き、建物毎俺たちを吹き飛ばした。

「ポル・ポト様……!」

 青年は建物ごとぐちゃぐちゃのミンチにされながら、その男性をそう呼ぶのが聞こえた気がした。

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