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無限の牢獄

「それで、何者なんだ、ポル・ポトっていうのは」

 隠してあったバズーカ・ベスパを駆りながら、俺は後ろにしがみついたイザベラに問いかけた。

「今、知っている情報を教えてくれ」

「教えてって言われても」

 心細そうに、イザベラはぎゅっと俺の身体を後ろから抱きしめる。

「わからないんだよ。嵐のように襲来して、私たちをズタズタにしていった……アジア人だったようだからフランス人のあたしよりは、ノーリのほうが詳しいかもって思ってたんだけど」

「ポル・ポトねえ」

 名前を聞いてから、ずっと頭を捻っていたが聞き覚えのない名前だ。俺よりも後の時代の人間かもしれない。

「すまないが、一度も聞いたことがないな」

「そか。しょうがないね」

 涙をこらえるようにして、イザベラは顔を俺の背中に押し付ける。

「一応、エドワードとジェレミーは名前は知っていたみたいだけど、詳しいことを聞く時間すらなかったから。カンボジアがどうとか言っていた」

「カンボジアか……確かにアジアではあるけど、俺の時代では直接の交流がなかったからな」

 そもそも、俺の時代に直接国交のあった国は、中国、朝鮮、琉球、オランダくらいしかないので、知識人ならいざ知らず俺たちは東南アジアの情勢など知るよしもない。

「とりあえず、ケイトたちが拠点としていた砦へ向かっているが、構わないよな?イザベラ」

「うん。それがいいと思う。もしかしたら手がかりがあるかもしれないし……運が良ければ、誰かがまだ生きているかもしれない」

 それは望み薄だがな、という言葉をぐっと飲み込んだ。

 イザベラが走ってオズワルドまで来たのなら、今から急いでも数日は経っている計算になる。瀕死だったとしたらその間に絶命しているだろうし、動けるほど回復したのならその場を離れた可能性が高い。

 だが、それでもわずかな可能性があるのなら、それにすがるのを愚かとはいえないだろう。

「……ね、ノーリ」

「なんだ?イザベラ」

「ケイトたちが、みんな死んじゃってたらどうする? ケイトも、エドも、ジェリィも、坂本龍馬も」

 どきりと、胸が痛んだ。

 考えないようにしていた可能性だった。

 あくまで『襲われた』と言葉を濁していたのも、彼女が死んだとは口に出したくなかったからだ。

 それは、イザベラにとっても同じことだろう。

「あたしにとってはね、ノーリ。ケイトとは仲間でいた期間も一瞬だったし、それに……っていうか、そもそも仲間でもなかったし」

 また、イザベラは俺の背中にぎゅっと顔を押し付けた。

「あたしは、ノーリだけの仲間だし。そのつもりだったんだけど、ダメだね。独りになると一気に不安になっちゃった」

「独りじゃない。まだ俺がいる」

「そうだね……そうだった。ねえ、ノーリ」

 イザベラは一瞬言葉を切って、

「このままどこかに逃げ出さない?」

「どこかに、ってどこへ? きっとこの世界は、そこまで言っても荒野の牢獄だぜ」

「うん……それは、そうだね」

 イザベラは歯切れ悪く言う。

「でも、あたしが言いたいのはね、ノーリ。そのポル・ポトを相手にしなくてもいいんじゃないかってこと」

「……というと」

「この世界は広い。無理に戦わなくても、どこかで食べていくことはできるんじゃない?」

 俺は驚いていた。

 俺と死闘を繰り広げたイザベラを、ここまで弱気にさせるのか。

 そのポル・ポトという男は。

 俺は一度戦った相手には敬意を払っている。イザベラのことも認めている。

 場合によっては、俺は彼女の提案を入れていたかもしれない。

 だが。

 俺は既に『運命の道標』と出会ってしまっていた。

 彼らはこの世界の神で、きっと俺たちが最後の一人になるまで、俺たちを戦わせて楽しむのだろう。

 ならば、この世界に逃げ場はない。

 戦うことでしか、生きられない。

 無限の牢獄なのである。

「ごめん、イザベラ。俺はそれでも、戦っていたい。前の世界では戦って死ねなかったから、最後まで戦って死にたいんだ」

「そう」

 寂しそうに、イザベラは笑った。

「わかった。ノーリがそう言うのならば、あたしも最後まで戦う。でも」

 イザベラは声を潜めた。

「あたしより先に、死なないでね」

 もちろん。

 そう答えるよりも先に、砦が見えてきた。

「見えてきたね……ノーリ。もしかしたら、ポル・ポトがまだいる可能性もある。準備はいい?」

「ああ。万全だよ」

 装備に関しては、色々と盗み出してきたお陰でオズワルドと戦う前よりも充実しているくらいだ。

「任せろ。イザベラのことは俺が守る」

「ええ。ノーリのことはあたしが守る」

 砦の前までベスパをつけると、砦が大きく損壊しているのが見えた。

「イザベラ。あれをポル・ポトが?」

「ええ」

 俺も多くの相手と戦ってきた。だから、強い敵、というのは想定できる。

 だが、積み木を崩すようにして石壁を粉砕したポル・ポトの力というのは全く想像を超えていた。

 あのオズワルドも、ここまでの破壊を単身ではできまい。

「背筋が凍るな」

「ね?」

 皮肉げに笑って、イザベラはベスパから降りた。

「あたしの言ったことがわかるでしょ」

「まあな。だが、一応砦の中は調査しておかなくちゃな」

 砦に入ろうとすると、いきなり人間に出くわしてぎょっとした。

 それは相手も同様で、身体をびくりと振るわせて慌てて剣を抜いた。

 そして、その間に抜刀した俺は相手の頸動脈に剣を沿わせる。

「答えろ。何者だ? ポル・ポトの手の者か?」

 低く、囁く。

「返答以外に声を出したら殺す」

「貴様らこそ、何者だ? ポル・ポト様に刃向かうものか?」

 俺は無言で手首を引き、相手の喉をかき切っていた。

 噴水のように血を拭きながら胴体が倒れ、焦点の合わない首がごろりと転がる。

「……イザベラ」

「ええ」

 砦の奥から、どやどやと兵士が迫ってくるのを見ながら俺とイザベラは頷き合った。

「どうやら、ケイトたちが砦を負われてからポル・ポトの部下に乗っ取られていたようだな」

「ええ。都合がいいね、ノーリ」

 呆れと切なさがないまぜになったような表情で、イザベラは薄い笑みを浮かべて両腕で短刀を構えた。

「幸か不幸か、ここで待っていればポル・ポトと遭遇できる道理というわけだな、イザベラ」

「ここにはケイトがいたら貴重な労働力を殺すなっていうんだろうけど、ノーリ、皆殺しでいいよね?」

 こうして、俺たちはそれぞれの武器を手に飛びかかった。

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