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『運命』の天恵

 ハーヴェイ・リー・オズワルドの心は凪いでいた。

 そう、あの日。

 アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディを射殺したあの日と同じように心には一点の曇りもない。

 既に理解している。ノーリは強敵なのだと。

 自分と同等の土俵で戦える、この世界で初めての相手だ。

 暗殺者であるにも関わらず、戦士として相見えたことが失敗なのだとノーリは語っていたが、確かにそれはそうなのだろう。だが、ノーリは狙撃手である自分が自ら姿を現し、言葉を交わしたい。そう思えるほどの相手だったのだ。

 そして、その強さを充分に理解しているからこそ、油断はない。

 確かに手傷は負った。

 特に、片足に負った傷は深い。完治するには、リハビリに時間を割かねばならないだろう。

 しかし、今、この瞬間に関しては一切問題ではない。

 何故なら、ノーリを殺すのには、ここから一歩も歩く必要がないからだ。

 オズワルドが『運命の道標』から得た天恵の名は『強運』。この世界で勝ち抜くために、運命を味方につけたいのだ、とオズワルドは願った。

 世界の覇者たるアメリカ合衆国大統領でさえ、自分が放った一発の弾丸の前に儚く散った。結局、権勢をどこまで極めようと、純粋なる殺意から身を守る方法は幸運に縋るしかない。

 事実、無防備にノーリの撃剣を受けながらも命に別状がないのも『幸運』の天恵によるものだ。肉を裂かれても腱には届かない。腹を貫かれてもはたわたを避けて通る。人の介入できない運命の隙間を、『幸運』の天恵が導いてくれる。

 自らの名を冠した帝国オズワルドを築く上でも、『強運』の天恵は大きく役に立った。

『偶然』、オズワルドは多くの相手と出会うことができ、集落を築くことができた。

『偶然』、集落に集まった人間には軍人経験者が何人かおり、軍備を整えることができた。

『偶然』、坂本龍馬という男から種籾を入手することができた。

 もちろん、その偶然を活かしたのはオズワルドの手腕である。速い段階で、このルドウィジアでは前の世界以上の実力を発揮できることがわかったので自信を持って振る舞うことができたし、事実、戦闘で敗北したことはなかった。

 『強運』とオズワルド自身の実力。その両輪を持って、帝国オズワルドを築いたのだ。

 坂本龍馬が種籾を持って脱走した時も、さしたる問題だとは思わなかった。

 自分なら、なんなく追撃を差し向けて捕縛することが可能だと思っていた。

 思えば、この時から既に驕りがあったのだろう。

 それが今、ノーリと一騎打ちせざるをえないという状況を作ってしまっている。

 だが、それもここまでだ。

 ノーリを確実に殺し、坂本龍馬に改めて追手を差し向ける。

 数日ばかりのロスが生じたが、それだけだ。ルドウィジアに冠たる帝国オズワルドを築く上で、なんの障碍にもならない。

 オズワルドは煙幕の中、出鱈目に狙いをつけて拳銃の引きがねを引いた。

 発砲音、そしてノーリがうめく声が聞こえる。

 これが『強運』の天恵の真骨頂。

 狙いを付けずとも、放った銃弾は運命に導かれて相手に集束する。

 水が上から下へと流れるように、相手の身体を確実に貫通する。

 何故なら、『運がいいから』だ。

「ぐ……はッ」

 こらえきれないように、ノーリの声が苦痛の呻きが聞こえる。

 声を出してしまえば、ますます命中精度が上がってしまうというのに。

 少し考えて、オズワルドは拳銃を懐にしまい足下にあったアンチ・マテリアル・ライフルを構えた。

 拳銃は使い勝手がいいのでつい多用してしまうが、必殺の威力がない。急所を確実に貫かない限りすぐには殺せない。それに、今後のことを考えたら拳銃の弾丸はできるだけ温存しておきたい。

 いくら『幸運』の天恵があるといっても拳銃弾を精製できるようになるまでは手間と時間がかかる。

 ならば、とどめは狙撃で行おう。

 自身の代名詞とも言える狙撃と、未来の技術によって作られた対物ライフルで。

 ノーリの肉体を消し飛ばそう。

 標準は出鱈目でいいのだから。運命が銃口を自然とノーリへと向けてくれる。

 基本に忠実に、銃を構え、引きがねを引く。

 心地よい反動が身体を貫く。

 銃撃の反動で、すーっと煙幕が晴れ始めた。

 あとは、ノーリの遺体を確認するだけでいい。もっとも、アンチ・マテリアル・ライフルをまともに喰らっては、肉体は個人の識別もできないほどにバラバラになっていようが……。

 ふと、脇腹に違和感を覚えた。

 オズワルドは眉をひそめた。

 まるで、誰かに肌を直に触れられているような……。

 視線を下ろして、脇腹に剣が突き刺さっているのを見て、オズワルドの全身を激痛が迸った。

「よォ……オズワルド。自分から煙幕を晴らしてくれるなんて気が利いているじゃないか」

 おかしい。

 そんなはずはない。

 オズワルドの脳内を焦燥感が駆け抜ける。

 『幸運』の天恵が効かなかったとでもいうのか?

「察するに、オズワルド、あんたは『運命の道標』からなにか、超能力のようなものを受け取ったんだな。例えば……運が凄く良い、とか。だから、煙幕の中でも狙撃ができる」

「何故……」

 何故、私の天恵を知っている? と聞こうとしたのか。

 それとも、もっと直接に何故、生きている、と聞こうとしたのか。

 口元からごぼっと血が溢れて、それ以上言葉をつむぐことはできなかった。

「最初は『必ず銃撃が当たる』みたいな能力かと思っていたんだが、今のを見る限り違うみたいだな。運命は確かに導いてくれる」

 ああ……。

 ようやくわかった。『強運』の天恵は確かに発動していたのだ。

 煙幕の中、ノーリは発砲音を頼りに至近距離まで迫っていたのだ。恐らく、拳銃なら急所さえ守れば即死はしない、という無謀な計算があったのだろう。

 アンチ・マテリアル・ライフルが至近で炸裂すれば、発砲者にも危険が及ぶ。

 だから、『強運』の天恵は、運命にしたがって、ノーリから標準を外した。

 そういうことだ。

 そして、煙幕が晴れてから、ノーリは確実に急所を剣で刺し貫いた。

「こんな……」

 世界を殺した暗殺者の王たる自分が、こんな形で終わるなんて。

 今度の世界では、自分が王となって、ジョン・F・ケネディに代わって太平の世界を築くはずだったのに。

 わずか数日で終わってしまうなんて。

 歯がゆい思いが空を掻く。

「次は……」

 次は、負けない。

 決意に両目を見開いたまま、ハーヴェイ・リー・オズワルドはどう、と地面に倒れた。

 これが、ルドウィジアにおいて最も早く集落を築いた魔王、あっけないオズワルドの最期だった。


「次は……」

 次は、どうしようっていうんだろうな。

 血だらけの姿で、俺はその場に崩れ落ちそうになった。

 勝つには勝ったが、血を失い過ぎだ。

 拳銃といっても、全身をチーズみたいに穴だらけにされたら瀕死になる。煙幕が張られていたせいで、動脈や腱を断ち切られていないかどうかの確認すらできていない。

 ともかく、あとはケイトたちに連絡をとって、この村をそっくり頂いてしまえばいい。

 100%頂くのは無理だとしても、技術や軍備の一部を奪うだけで充分な利益になるはずだ。

 朦朧とする意識で、俺はオズワルドの懐を探り、発煙弾や拳銃、それに手榴弾を奪い取った。

 アンチ・マテリアル・ライフルは大き過ぎて持ち帰れないので、森の中に隠しておく。運がよければ、後で回収できるだろう。

 オズワルドの亡骸はライフルとは別の場所に隠しておいた。後で余裕があれば、埋葬してやってもいいーーうまく、俺とオズワルドの衝突を隠したまま、ケイトが彼を丁重に埋葬すれば、村民からの支持も得られるだろう。

 フラフラとした足取りで、村のほうはどうなっているのか……と近づいていく。

 その時、勢いよく俺に向かって走ってくる人影が見えた。

 すわ敵か、と身構えるが敵ではない。その少女のように小柄な人影はイザベラのものだった。

「ノーリ! ここにいたの!」

「ああ。なんとか生きてるぜ」

 ケイトと行動を共にしていたはずのイザベラが何故ここにいる?

 俺がそろそろ帝国オズワルドを陥落させると予測して先回りでもしたのか? と首を傾げたが、イザベラに顔に張り付いた恐怖と動揺の表情から、すぐに違う、と打ち消した。

「何があったんだ? イザベラ」

 俺の元へ走り寄ってきたイザベラははーっはーっと荒い息をついている。

「どうした?」

 今まで見たこともないほど恐慌した彼女に異常事態を察知して、問いかける。

「ケイトたちが襲われた……! ほとんど全滅して、あたしはあなたに助けを求めるために……」

 途中でむせて、イザベラは最後まで言い切れない。しかし、事情はわかった。

 ケイトが倒されたというのなら、にわかには信じられない。俺を赤子扱いするほど強かった彼女を、誰が倒せるというのか?

「誰だ? ケイトたちを襲ったのは」

「わからない……見たこともない一人の男だった。ただ」

 イザベラは大きな瞳で、すがるように俺を見上げる。

「ポル・ポト。そう名乗っていた」

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