『人斬り』vs『狙撃手』
「貴様を殺す。これは宣言ではない。運命だ」
拳銃を構えて、ハーヴェイ・リー・オズワルドは言い放った。
「つい一昨日に、私に一蹴されたという事実を忘れたわけではあるまいな? ノーリ。貴様と私との間には、天地の実力差があるのだ。それでも! ここに立ったということは、俺に何か勝つための算段があるのだと期待してもよいな?」
「ごちゃごちゃうるせえな」
ぶばっと醜い音を立てて、オズワルドの肩から血が噴き出した。
「お前も戦士なら、言葉ではなく剣で語れ」
「……ふん。小僧めが」
俺の神速の斬撃が、オズワルドの肩を切り裂いたのだ。
「この傷は高くつくぞ」
オズワルドの言葉には取り合わず、次は下から逆袈裟に太ももを切り裂く。
「なん……だと?」
今度こそ、オズワルドの目が驚きに見開かれた。
「どうした。俺の攻撃が目でも追えていないかい」
「馬鹿な……こんなことが……」
さらに斬撃が左足の臑をえぐり、オズワルドは片膝をついた。
よし、と心の中でガッツポーズをした。
考えうる限り、もっとも危険なパターンがオズワルドにここで逃げを打たれることだった。集落まで一旦引いたオズワルドが『騒動の原因はこいつだ』と俺を弾劾する。そして、一致団結した集落の住人が俺に対して時間稼ぎをしている間に、オズワルドが体制を立て直し俺への対策を練り直す。
それを防ぐ一番簡単な方法は、足を潰すことだった。速い段階でそれが実行できたのは、まさに理想的な展開といえる。
「さて、終わりの時間だよ、魔王オズワルド」
「……そうか」
オズワルドはふっと動揺の表情をフラットなものに戻した。
「いや……やられたな。驚いたよノーリ。私の身体に傷をつけた人間は、この世界に来て初めてだからな……」
「ああ、そうかい」
最早会話を交わす意思のない俺は、ぞんざいに聞き流す。
「私の慢心していた、ということになるのかな。自分は無敵なのだと。世界の王になれると。だが、もう油断はしない」
オズワルドの推測は正しい。
以前、敗北した俺が、どうしてオズワルドを追いつめることができたのか、というとそれは彼の驕りによるところが大きい。
『運命の道標』が言っていた通り、このルドウィジアでは邪悪な人間ほど強くなるというのなら、彼のような暗殺者として成功した人間は桁違いの恩恵を受けるということになる。
故に、本来は影に潜み暗殺を行う人間だったオズワルドが自ら表立つようになってしまった。
本来のスペックに任せて勝てる相手にはそれでもいいが、俺のように闘い慣れた相手にはそれは油断でしかない。
俺も一度は遅れをとったものの、相手が『強い』のだと理解していればあらかじめそれを想定し、動きを補正して戦えば全く対応できない相手ではない。
同じ暗殺者でも、俺のような人斬りと、オズワルドのような狙撃手が正面切って戦いはじめた時点で、ある意味では決着がついていたのだ。
「今さらわかったところでもう遅い。地獄で被害者が待っているぞオズワルド」
そう。
もう手遅れだ。
俺がちょいと踏み込んで心臓を貫けばオズワルドは死ぬ。
一度死んだ俺たちがルドウィジアに堕ちたあと、もう一度ここで死ねば今度こそ地獄にいけるのか、まずオズワルドに身を以て試してもらうことになる。
「それはどうかな」
膝をついたオズワルドは、脂汗の浮いた顔で、銃を捨てた。
意外な動きに反応が遅れる。
その隙にオズワルドは懐から爆弾のようなものを取り出し、ピンを抜いて放り投げた。
「まだ武器があったのかよ」
流石に手榴弾を剣では防げない。
トンボを切って、距離をとって手近な森の中に逃げ込み木の幹に隠れた。
炸裂したのは、爆弾ではなかった。
小さな音を立てて、真っ白な煙が吹き出して周囲を覆い尽くす。
発煙弾! こんなものを持っていたのか!
一瞬焦燥感が頭を覆うが、いや、問題ない。頭の中で打ち消した。
既にオズワルドの足は奪っている。発煙弾にまぎれたところで、逃げられる距離は多寡が知れている。
仮に発煙を不審に思って、集落から人が駆けつけたとしてもケアできる範疇ではあるはずだ。
問題ない。落ち着いて、煙が晴れるのを待てば良いだけだ。
と。
俺の甘い考えを、腹部の爆発するような痛みが引き裂いた。
「な……に……?」
何が起きたのか、すぐには理解できない。視線を下げても、煙に覆われて自分の腹部さえ見えないのだ。
左上で腹部をまさぐると、ぬるりとした生暖かく濡れた感触がした。
血だ。
左腕を持ち上げて近づけて、ようやく血だということが確信できた。
しかし、何が起きている?
オズワルドの攻撃か?
もちろん、そうなのだろう。だが、この煙の中、どうやって?
右腕の剣を振るうが、空を切るだけだ。接近されたわけではない。
となると、銃撃?
ますますありえない。この煙の中では、狙いなどつけようがないはずだ。スコープどころか、黙視ですら見えないというのに。
攻撃を回避するためには動くしかないが、森の中に入ってしまっている。自由には動けない。林立する樹木にぶつかったり、足をとられる可能性もある。
今度は、右太ももが激痛に襲われた。
舌打ちして、傷口をおさえる。大丈夫だ。動脈は貫かれていない。痛いだけで、早くオズワルドを倒せばなんともない程度の傷だ。
頭ではそう考えても、気持はそうはいかない。どうしても焦りばかりが募ってしまう。
だが、今回の一撃で新たな情報が得られた。
一発目では混乱して認識できていなかったが、今のは確実に銃声だった。
つまり、オズワルドはこの視界が効かない中、なんらかの手段で俺の位置を認識し、銃撃をしてきているということになる。
「なるほどねェ……やるじゃないか、ハーヴェイ・リー・オズワルド。そう易々とは勝たせてくれないか」
俺はため息をついて、右手に握る剣の感触を確かめた。
「だが、こんなところで死ぬわけにはいかないんだ」