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天魔波旬の萌芽

 翌日、帝国オズワルドは喧噪に包まれていた。

「なんだとてめェ!」

「じゃあなんだ? 俺が盗み食いをしたっていうのか!」

 発端は些細なことだ。

 昨夜のうちに食料庫が荒らされていたこと。

 そして、もともと評判が悪かった住人の枕元に、食料庫から盗み出した食糧が隠されていたのが見つかったこと。

 食料庫の不寝番をしていたメアリーが、誰が侵入者だったのかわからないままであることも、混乱に拍車をかけていた。

「じゃあなんでてめェの枕元に干し肉が転がっているんだよ! お前が盗み出したんじゃないのか」

「知るか! 朝起きたら枕元に転がってたんだ!」

「そんな子供みたいな言い分が通るか!」

 村の住人数人を巻き込んで、言い争いは激化していく。

 最初はただの言い争いだった騒動は、すぐに怒鳴り合いに取って代わり、やがては殴り合いに派生していくのにそれほど時間はかからなかった。

 本来なら、ここまで大きな騒動にはならなかったはずの事態である。

 そもそもからして、おかしいことばかりだ。

 魔王ハーヴェイ・リー・オズワルドの庇護をせっかく受けているにも関わらず敢えてリスクを犯して食糧を自分の住む集落の食料庫に盗みいるのも矛盾しているし、不寝番を気絶させて押し入るという手口もおかしい。視認されていたら、全てが終わっていた。

 自分が不寝番の当番の時に盗めば、こんな危険を犯すどころか盗みがあったこと自体を隠蔽することすら可能だった。

 加えて、枕元に食糧を隠し持ったのも意味がわからない。

 何から何まで、ムチャクチャだった。

 そんなちょっと冷静になればおかしいとすぐに気づけるようなトラブルがこれだけ大きな衝突になったとのには、住人同士で見えない形でフラストレーションがたまっていたことによる。

 いかなオズワルドが高いカリスマを有していたとしても、住人同士のコンフリクトを完全に払拭することはできない。

 しかし、衝突に発達したとしても、すぐに頭目であるところのオズワルドが来たら、すぐにことを収めることができたはずだ。住人数十人程度の村落で、頭目が現れればすぐに騒動は納まるはずだ。

 まして、高いカリスマを持つハーヴェイ・リー・オズワルドのことである。

 赤子の手を捻るよりも簡単なことのはずだ。

 その場に現れる、それだけですら事態を収拾させることができるかもしれない。

 では、何故オズワルドはこの場に現れないのか?

 それは。

 今、俺と相対しているからだ。

「なあ、オズワルド。あっちの事態を収拾に向かったほうがいいんじゃないのか?」

 ずっと遠くで村民が衝突している喧噪を聞きながら、俺はオズワルドを挑発した。

 オズワルドにとって俺が脱走しているのは驚きだったし、他の兵士では俺に歯が立たないこともわかっているだろうから、オズワルドを単身で村の外までおびき出すのは、そう難しいことではなかった。

「……」

 オズワルドは考え込むように、あごに手を当てたままでじっと俺を見つめている。

「貴様、何を考えている?」

 オズワルドには意図が読めないはずだ。頭が切れれば切れるほど、今の俺の行動は読みにくい。

 せっかく地下牢から脱走したのにオズワルドの前に姿を表し、しかも勝算もあるようには見えない俺は、不気味なほど目的が読めないはずだ。

「何も考えてねえよ。あんたを倒すこと以外にはな」

「貴様、私の民の誰かを調略したのか?」

 当然、オズワルドはそう考えるはずだ。

 手錠で拘束された俺が地下牢から脱出できたのは、『運命の道標』が手錠を破壊したというおよそ予想できない理外の事象によるものだった。オズワルドは、俺が誰か村の誰かを調略して脱出の手引きをさせたと考えるはずだ。

 それが狙いだった。

 オズワルドと住人の関係を分離させる。

 俺の考えた魔王ハーヴェイ・リー・オズワルドの弱点は『守るべき相手』がいることだった。

 オズワルドの率いる民を丸ごと相手取ったら俺に勝ち目はないし、民もまたオズワルドのためならば本来以上の力を発揮する。

 ならば、両者を分断し、村人同士をも分裂させる。

 それがオズワルドを破るための最適手。

「俺の民を調略したのか、それともーー私の民に対する疑念を、私自身に抱かせることが狙いか?」

 鋭い視線が、探るように俺を見やる。

 どきりと胸が高鳴る。

 実際に、村の中に俺に協力する内通者などいない。

 メアリーがしたことは『食料庫の見張り番をしていたら不審な男に襲われて食糧を盗まれた。相手は見ていない』と報告させることだけだった。

 それに加えて、俺が住人の住居に入り込んでいかにも隠し持った風に、メアリーが嫌っていた住人の枕元に干し肉をねじ込んだ。

 それだけで、住人同士の間に衝突を発生させた。

 メアリーに、もっと俺に協力的な行為をさせようというのなら、それは頓挫していただろう。だが、彼女にさせたのは『侵入者の姿は見ていない』という報告だけだ。俺に利する行為でも、村に害する行為でもない。彼女自身、それがきっかけで村を揺るがすような騒動に発展したことは驚きだったはずだ。

 悪いのは俺じゃない。

 種を撒いたのはこの村自身だ。

 もともと不和の種があったのを、ちょっと撫でて目覚めさせてやっただけだ。

 元々が粗暴な悪人の集まりである。

 オズワルドが安定した生活を送れるように手配しているからこそ、つかの間の平和を成立させているだけで混乱が生じてしまえばたちまち地金を晒す。

「まあ、どちらでもいい……私のとるべき手は決まっている」

 オズワルドは懐から拳銃を取り出した。

「ノーリ。本当ならば貴様は私の傘下に加えたかったが……是非もなし。貴様が危険な存在であるということはよくわかった。今、ここで殺す。そして、私の理想郷は再建する。そのためには、貴様にかかずらう時間はないのだ」

「そうかよ」

 俺もまた、武器庫から取り出した剣を構える。

「俺も丁度、同じ気分だよ、オズワルド」

 こうして、決戦が始まった。

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