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暇をもてあました神々の遊び

「僕たちの目的……だって」

「ああ。俺が知りたいのはそこだ」

 他人を驚かせるのは気分がいい。まして、自分は超常の存在なんです、なんて顔に書いて歩いているような人間には尚更だ。

 できれば、生前に敵の鼻を明かしてから死にたかったが、今となっては詮無い話だ。

「それは……」

「おう。答えろよ」

『運命の道標』が眉をひそめて答えに窮するところを見るのは気分がいい。

「本来、地獄に行くはずだった俺たちをこんなところに連れてきたのは、慈善事業ってわけじゃないだろ? 俺たちをここに連れてきた理由があるはずだ」

「それを聞いて、どうするっていうのさ」

『運命の道標』は、拗ねた子供のように口を尖らせた。

「それを聞いたところで、君の置かれた状況は変わらないのに」

「情報というのはそういうものだろう。何を今さらいっているんだ? 自分で今を変えるための情報だ」

「もっと、拘束を解いてくれ、とか普通の願いを言えばいいのに」

「普通の思想をしていたら、こんなところに来ていないさ」

 時々、夢に見ることがある。

 自分が江戸に出ることなく、一生百姓をしていたらどうなっていたんだろうと。

 どうなっていたのかはわからないが、死後こんなところに来ていないことは間違いないだろう。

「この世界の根源にまつわる質問がダメなら、あらかじめ釘を刺しておくべきだったな」

 ぐっと、『運命の道標』は言葉に詰まる。

「神話では、神様は自分の言葉に縛られて悲惨な最期を遂げるっていうのは一つの定番だよな? あんたが神なのかは知らねえけどよ」

「ダメだ。それだけは今は答えられない」

 さっ、と『運命の道標』は片手を振るった。

 腕を拘束していた手錠がまっぷたつに裂けて、俺の両腕が解放されている。

「オイオイ。こんなこと、俺は頼んじゃいないぞ」

「わかっているとも」

 開き直ったように『運命の道標』は俺を睨みつける。

「だが、そうだね、ノーリ。落ち度がある、というのならば、君も同じだ」

「なんだと?」

「僕は『今答える』とは言っていないのさ。君がもっと凄くなって、ルドウィジアを統一する勢力の一つになったのならば確かに質問を答えよう」

「なんだと、コラ! そんなへりくつが通るかっ」

 怒鳴りつけて『運命の道標』に飛びかかったが、遅かった。

 音もなく、『運命の道標』の姿は宙に掻き消えていた。

「糞ッ」

 悪態をついたが、しかしどうしようもない。

 先ほどのように、神話の例を引くのならば神が人間との約束を踏み倒すことなど珍しくもないので、約束をどんな形であれ守ろうとするのだから、ましなほうではあるのかもしれない。

 しかし『ルドウィジアを統一する勢力の一つになったら』といったか?

 そうすると、この世界の目的は……。

 考え込みそうになるのを、頭を振って打ち消した。

 ともかく、拘束からは解放された。

 長い間拘束されていた腕をストレッチしながら、今後の動向を考えた。

 オズワルドはどんな天恵を得たのか、が最初のクリアすべき課題だ。俺の剣術をなんなく防いだのは、彼本来の邪悪さによるものだろうから、さらに奥の手が控えている、という理屈になる。それを知らないままリベンジマッチを挑むのは勝算がなさすぎる。

 愛用の日本刀を取り上げられてしまったのも痛い。流石に徒手空拳で銃に挑むのは無謀だ。どこかで武器を工面する必要がある。

「う〜ん、考えても仕方ないな」

 第三の選択肢として、一度オズワルドの攻略を諦めてケイトの元へ帰還するという手もある。情報をケイトに伝えた上で改めてオズワルドとことを構えれば、勝てる目算は高い。それに万一、単身でオズワルドを殺すことに執着し、その上で失敗してこのまま命を落とした場合、情報が永久に失われてしまう。

 それに、オズワルドを倒すのならば、集落ごと乗っとってしまいたい。ここには人材も食糧も技術もある。奪えるだけのものを奪うには準備がいる。

 とはいえ。

「やっぱりここで引くのは無しだな」

 時間をかければかけるほど、自分たちとオズワルドの国力差は開く。

 ここでオズワルドを破るのが最適解であることには違いが無い。

 地下牢には鍵もかかっていないので、そのまま地下牢を出た。

 正確にいうと、鍵もないというよりも、鍵を作る技術もない、ということだろうが。閂ならともかく、いわゆる鍵穴を作るにはそれなりに高度な冶金技術がいる。それどころか、製鉄でさえ難しいかもしれない。金属そのものは、持ち込んだ物品がそれなりにあるというのに、鉄鉱石を精製することもできないというのはなかなかお笑いだ。

 地下牢を出ると、場所が帝国オズワルドから遠くもない場所だということがわかった。外から見ると、小さな穴が空いているだけで中に地下牢があるかどうかなどはわからない。

 俺はあくびをしながら帝国に入り込んだ。

 オズワルドに決戦を挑むのならば、短期決戦しかない。俺が脱出したことがわかれば、草の根をわけてでも追跡を開始するだろうし、追跡の末発見されたというような形になれば、ますます勝ち目がない。

 ともかく、まずは食事だ。

 オズワルドと初めて会った時に食事を供されて以来、水すら飲んでいなかった。向かうべきか、井戸か食料庫だ。

 頭のなかに残る記憶をまさぐって、食料庫とおぼしき場所へ向かう。

 この時、俺の心はすっかり油断していた。

 もしかしたら、『運命の道標』なんて超常の存在に触れたことで、どこか浮かれていたのかもしれない。

 俺は、食料庫を見張っている人間がいるだなんて当たり前のことさえ、想定できていなかった。

「……ッ!」

 人がいる、と気づいた時にはもう相手に気取られていた。

 普段なら抜刀して切り捨てているところだった。

 腰へと伸ばした腕が空を切る。武器がない。

 悪態をついて、すぐに思考を切り替え、腕を伸ばして相手の口を覆った。

「むぐ……っ」

 不幸中の幸いと言えたのは、相手が屈強な男ではなく女性だったことだ。

 不寝番に立っていたのが筋骨隆々の男だったら俺は『詰んで』いた。

「大声を出したら殺す」

 このルドウィジアに堕ちてきた時点で、なんらかの罪を犯した人間なのだろうが、およそそうは見えない華奢な女性だった。

 まあ、女は見た目にはよらないので油断はできない。

 ケイトもイザベラも、見た目は麗しい女性なわけだし。

「むーっ むーっ」

 了解を示した様子で、女は俺の腕を強く握った。

「離すぞ」

「はぁ……はぁ……」

 女は恨めしげに俺を睨む。苦しかったのか、目元に涙がにじむ。意思が強そうな、つり目気味の目元だが、疲労がにじんでいるのが見える。

「名前は?」

「メアリーです……メアリー・マローン。あなたは、昨日から話題になっている侵入者ね?」

「ああ」

 俺は油断なくメアリーの武装を観察する。腰に拳銃を差しているくらいで、装備は貧弱だ。

「食料庫へ案内しろ」

「……わかった」

 ひとしきり俺を睨んでから、メアリーは頷いた。

 いや、にらんだというよりも、メアリーも俺を観察していたのか?

「いいよ。ご飯を恵んであげる」

 意外にもメアリーはあっさりと俺の言葉に頷いて、案内しはじめた。

 当然、食料庫にも鍵などないのであっさりと侵入を果たした。

「干し肉ならそっちの壷に入ってる。好きにして」

 あまりにも協力的な態度のメアリーに、俺は訝しんだが干し肉を奪うとそのままかじりはじめた。

 この食糧が貴重な状況で、罠のために毒入りの食糧を用意してある、なんてことはあるまい。

「あんた、アジア人?」

 がじがじと干し肉をむさぼる俺に、立ったままメアリーは問いかける。

「ああ。日本人だ。それがどうした?」

「どうってわけじゃないけどさ。不寝番、暇すぎて話し相手になってよ」

 メアリーの言葉に、俺は眉をひそめた。

「俺に話し相手になれとは、なかなか度胸があるな」

「別に、オズワルドとはたまたま敵対しているってだけで、別に私を害しようってわけじゃないでしょ。殺す気になればもう殺せているだろうし」

 疲れた顔でメアリーは言う。

 別に、殺せなかっただけで、殺さなかったわけではないのだが。

「なんか、この世界に来てから疲れちゃって。オズワルドに拾ってもらえたのはラッキーだとは思うけどさ、私みたいな女はいいようにこき使われちゃってさ。三度三度ご飯がもらえるだけ、マシなほうなんだろうけどさ」

「俺と話すと、もっとまずい状況に置かれるんじゃないのか?」

 干し肉はよく乾燥させられていて、よく噛まないとうまく飲み込めない。身体が乾き切っていて唾液が出ないのが辛い。

「別にどっちでもいい。どっちかっていうと、あなたを逃しちゃったことのほうが落ち度じゃないの。それに比べれば、脅されて要求に屈さざるを得なかった私は被害者被害者」

 疲れた笑い声をあげるメアリーは、タフなのか弱っているのか、判断がつかない。

「ねえ、あなたはこれからどうするの? はっきり言ってオズワルドを殺すのは無理だと思うけど」

「ん……。そうだな。それは認めざるを得ない」

 単刀直入な問いかけに、言葉に詰まる。

「別にあなたが死のうが生きようがどっちでもいいけどさ、せっかく負けるならついでに殺しておいて欲しい人がいるんだけど、ここで食糧をわけてやった代わりに、そいつらのことやっておいてくれない?」

 メアリーは俺に問いかけたが、俺は全く別のことを考えていた。

 この集落は、帝国オズワルドはハーヴェイ・リー・オズワルドのカリスマと、安定して供給される食糧によって成立しているのだと思っていた。

 今もその認識に違いはない。

 だが、それで集落に住む人間がみな満足しているというわけではない。

 衣食住が満たされれば他の欲求もでてくるし、今メアリーが言ったように住人同士の軋轢もある。

 ならば、そこにはつけこむ余地がある。

「いや。すまないがそれはできない」

 メアリーの言葉を、俺ははっきりと断った。

「丁度今、魔王ハーヴェイ・リー・オズワルドを倒す算段がついたからな」

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