ルドウィジアのルール
「異世界チートというのを、お兄ちゃんに味わわせてあげる」
『運命の道標』。
そう名乗った少年は、俺に向けてそう言い放った。
「……なん……だと?」
両腕を後ろに拘束された俺は、そう問い返すほかない。
異世界チートを?
味わわせてあげる? だと?
「そうだよ、異世界転生と言えば、異世界チート。定番じゃないか」
「おまえは何を言っているんだ?」
「お兄ちゃんは『情報』が欲しいと言ったね。では、教えてあげよう」
『運命の道標』は、小さな手で指を三本立てた。
「三つだ。三つ、質問を許そう。どう? これ以上ない優遇と思うけど。それとも、別の願いがいい? 情報じゃないなら、その腕の拘束を外して欲しいとかそういう願いでもいいよ」
『運命の道標』は笑顔で言った。
それを見て、ぞっと背筋が粟立つ。
『運命の道標』の浮かべた笑顔はおよそ子供が浮かべるものではなかった。
どんな人生を歩んできたのか、あるいは人間ではないかもしれない『運命の道標』の持つ背景について知る由もないが、それでもおよそ子供の浮かべていい笑顔とは思われない。
まるで。
人間を駒か何かとしか見ていないような。
「なんでも言ってみてよ。魔法が使えるようになりたいでもいい。魔王になりたいでもいいし、伝説の勇者の血を引く英雄になりたいでもいいよ。それとも、巨乳美女ひしめくハーレムを築きたいのほうがいいかな。今までは色んなことを願う人間がいた」
「俺の親父は百姓なのに、どうやって勇者の血を引く英雄になるんだよ」
「そんなものはどうにでもなるさ」
『運命の道標』はお気に入りの玩具について自慢するかのようにいう。
「運命の改変。過去の改竄。この世界を見れば、そんな魔法じみたことも難しくはないってわかるだろ?」
俺は眉にしわを寄せて、『運命の道標』の提案について考え込む。
信用できないところはあるが、ここで俺に嘘をついておちょくったとしてもそれは『運命の道標』がふざけているというだけのことだ。俺が失うものはない。ここでは彼が真理を告げている、というのを前提に考えるべきだろう。
とすると、彼に願うべきはなんだ?
俺は何を頼んだらいい?
元の世界に返してくれ、と言えば叶えてくれるだろうか?
それとも、この世界に技術を授けてくれ、と言えばこの世界を容易に征服できるだろうか?
いや、いっそのこと、この世界の王者にしてくれ、と願うのが一番の簡単な願いになるか?
「答えは情報だ。俺に情報を授けてくれ」
「イエス」
『運命の道標』は満足げに言う。
「いい答えだ。そういう奴だと思ったから、君にチートを与えようと思ったんだ。仮に、ここで世界をくれ、だなんて言い出したらその首をはねとばしていたところだよ」
「うっ……」
本気ではなかったとはいえ、その願いも考えてはいたので嫌な汗が頬を伝う。
「では、前言通り三つだ。三つだけ、質問に答えよう。なんでも言い給え」
「まずはそうだな。『ケイトやオズワルドの強さの源泉はなんだ?』が最初の質問だ」
「ほォ……」
感心した様子で『運命の道標』はあごをなでた。いやに年齢を感じる仕草でミスマッチだった。
「いいクエスチョンだね」
「俺はこれでも剣の腕前には自信があるからな。接近戦で俺に勝てる奴なんて、前の世界では一人もいなかった。いくら新しい世界、海外の出身だからと言って、銃使いや女性で俺の攻撃を易々といなせる人間がごろごろいるとは思えないよ」
「なるほどね。強いからこそ、強さには敏感というわけか。その強さに関しては、くわしく話すと長くなるな……」
『運命の道標』は考え込むような仕草を見せる。
「まず、この世界には堕ちてきた人間のルールはわかるよね? お兄ちゃん」
「えっと……邪悪な人間だろう?」
自信がないながらも、俺は応える。
「前世で罪を犯した人間。だから、最初は俺もここを地獄だと思っていたんだが」
「ここを地獄だというのは面白い誤解だね。この世界の名前はルドウィジアだよ。僕たちが名付けたんだ」
ルドウィジア。
世界に名前があるというのは不思議な気持だが、複数の世界があるということは当然、名前も必要ということになるか。
「その通り。死後、ここに堕ちてきたのは『邪悪な人間』だよ。だから、前世で悪業を成した人間ほど、この世界では実力を発揮できるということになる」
邪悪な人間ほど強さを発揮できる……ということはそもそもの土俵が異なるということか。
「水が上から下に流れるように、鳥が空を飛べるように。そういうものだと思ってもらう他ない」
前の世界とはルールが異なる。
女より男のほうが腕力が強い。
人間より馬のほうが足が速い。
そうした原理と同じように、邪悪であるほど強い、というのなら。
「魔王オズワルドは……ハーヴェイ・リー・オズワルドのによる大統領暗殺はそれほどの悪業だということか」
「あとの時代のことはわからないと思うけど、世界の命運を買えるほどの衝撃さ。だから、今のお兄ちゃんでは歯が立たない。わかった?」
「そうか。わかった」
『運命の道標』の述べた内容は衝撃的ではあったが、思ったより落ち着いて返事をすることができたのはもっと意外だった。
「あれ? もっと絶望的な反応を期待していたんだけどな。ヤバくない? お兄ちゃんとは次元が違う強さなんだよ」
「この世の邪悪さがあるのかはわからないが……オズワルド程度ならば、倒す手段はある」
土俵が違う、と言っても凄い武装をしている程度の違いだ。かつては、単身で城を落としたという伝説もある。
土俵が違うのならば、土俵で戦わなければ良い。
ルール無用というのならば、勝つのは俺だ。
「捕まっているというのに、自信満々だね……動向に期待させてもらうよ。次の質問は?」
次の質問は、内容は決まっている。
だが、口に出すのは勇気がいる内容だった。
「お前……いや、お前達の同属の誰かが、オズワルドにも協力したな? 他の人間にも、チートを使っている人間がいるだろう?」
俺の問いかけに、『運命の道標』は目をまんまるにして驚いた。
「マジか。もう気づくのかよ」
「俺をあまりなめるなよ、坊主」
「どこで気づいたの?」
「オズワルドだけ、文明が発達しすぎだ。ケイトだってほとんど最善手を打っているのに、発展ぶりが違いすぎる」
ケイトはネットワークの構築が精一杯なのに、オズワルドは既に町を築いて王として君臨している。
その違いは何か?
「何が違いなのか、ずっと考えていたんだが、一番スムースに説明がつくのが『超常的な協力者がいる』だからだよ」
『運命の道標』、あるいはそれと同じ力を持つ存在がオズワルドを手助けしていたのなら。
異世界チートを受けていたのならば、簡単に王になれる。
「うーん……そっか……困ったな」
『運命の道標』は困った様子で、しかしいかにもおかしそうに頭を抱えた。
「これは想定外の質問だぞぉ」
「答えろ。三つは答えるはずだろ」
「んー。まあいいや」
『運命の道標』は開き直ったように顔をあげた。
「答えはイエスだよ。それ以上言えない」
充分だ。今後の想定に、超常の想定をする必要がある。その情報だけでも充分過ぎるリターンになる。
ここで得た情報を早くケイトに伝えたいが、それにはオズワルドを倒して、この町を脱出する必要がある。
こんな地下牢で拘束されている場合ではない。
「じゃ、最後の質問をどうぞ。次はできるだけ困らせないでね」
「最後か。何を聞こうかな」
長いため息をついた。
聞きたいことは山ほどあるが、質問はあと一つしかできない。
どんな聞き方をすれば、最大の収穫が得られるだろうか?
目を開いて、その質問を口に出す。
「『運命の道標』。お前達の目的はなんだ? お前達はこのルドウィジアを創造して、何をしようとしているんだ?」