メインヒーローになれなかった冒険者とサポートキャラにならなかった皇女な二人(まだ婚約中)
※注意
これは前世が女で現世が男な主人公が女性と恋愛する話です。
転生者が多い世界です。
シリーズから飛べる『ヒロインも悪役令嬢も奪われたメインヒーロー様な俺(前世:女)』と『ヒロインも悪役令嬢も奪われたメインヒーロー様に仕えるメイドな私(実は皇女)』を読んでいないと分からない話となっています。
以上が苦手な方は今すぐ引き返すことをおすすめします。
『* * *』より前がキラリ視点の一人称、『* * *』より後が三人称となっています。
「レ、ア、ド、ロ、おいてけぇぇえええええ!」
難易度Sランクのダンジョン内で、俺は「妖怪レアドロおいてけ」と化していた。
どうも、こんにちは。いや、おはよう? こんばんは?
今が朝だか昼だか夜なんだかも分からんがまあいいか。
どうも、カイング王国第二王子セカド・カイング改めS級冒険者のキラリ・タナカです。
現在、俺はテイコック帝国内のS級ダンジョンでレアドロップを求めて駆けずり回っていた。
くそっ、一体全体いつになったら出てくるんだよ!
「イドちゃんとのぉおおお! 結婚指輪ぁぁあああ!」
正確には指輪にする宝石なんだけどさ!
ああ、出ない! 本っ当に出ない!
全くいつになったら出てくるんだ、レインボーダイヤモンドは!
俺、何体狩った!? レインボーアイ何体狩ったよ!?
これが死体が残るタイプのダンジョンなら山になってるレベルだよ!
くそっ、それもこれもあのクソ皇子のせいだ!
「ぬぁにが彼女は僕のものだ、だぁ!? イドちゃんは俺の女じゃあああああ!」
俺は怒りを込めて剣をレインボーアイへ振るう。
ごめんな、レインボーアイ。八つ当たりなんかして。
お前、結構可愛いのにな。鳴き声「ぴきー」だし、カラフルで大きい目がくりくりしてるし。羽もぱたぱただし。
でもいい加減出せよ、レインボーダイヤモンドをよぉ! またスカじゃねーかよぉ!
「いけ好かないガングロ皇子がぁ!」
大声でレインボーアイをチェインさせる。こいつらが何匹来ようが俺の敵ではない。
剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。レインボーアイは魔法反射を持つから、一匹一匹しとめる羽目になる。
スカ、スカ、スカ。物欲センサーは本日も絶賛発動中。
早く出てくれ、レインボーダイヤモンド!
じゃないと、イドちゃんがアッテウマ皇国の皇子に奪われてしまう。
奪われたくないんだ。一日、一日一緒に過ごすたびにどんどん好きになっていくんだ。
初めはイドちゃんじゃなくても良かったんだ。カイング王国から逃げる為の好条件な女の子で、好みだったから飛びついた。愛情なんて後から育てればいいと思った。
カイング王国から離れて一年経った。友情に愛情が重なっていって、今ではイドちゃんじゃなくちゃ駄目なんだ。
たまにしか見せてくれない笑顔を、あのクソ皇子にくれてやるわけにはいかない。
「は、や、く……出やがれぇぇえええ!」
始まりは先月の話。ガングロ皇子が大金ひっさげてアッテウマ皇国からやって来たことが発端だった。
イドちゃんと幼なじみであるらしいガングロ皇子は今までは諸国漫遊をして見聞を広げていたらしい。ある程度満足した奴はそろそろ腰を落ち着けようとイドちゃんを貰い受けに来たと言う。
ふざけるなよ、この野郎。
もちろん、イドちゃんは俺の女だと主張した。それはもう普段のへたれな俺を払拭する勢いで反論した。
そうしたら奴は鼻で笑いやがった。無一文で拾われた薄汚い冒険者が調子に乗るな、と。
もう後は売り言葉に買い言葉だ。だったらお前より高いもんを持って来てやると、ダンジョンへ駆け込んで今に至る。
期限はあと二日。俺は破竹の勢いで帝国にあるS級ダンジョンをクリアし、様々なアイテムをゲットしていた。
例えばウェディングドレス用のアラクネクイーンの糸。例えば指輪の台座の為のピュアプラチナ。
あとは指輪にはめる宝石だけなんだ。レインボーダイヤモンドを手に入れさえすれば、イドちゃんの元へ胸を張って帰れるって言うのに。
「……くそっ」
本当はこんなことしたって、イドちゃんが喜ばないなんて分かってる。あんなガングロ皇子のアプローチだって簡単にかわすだろうなんてことも分かっている。
あの子はリアリストだから、安っぽい男のプライドなんて理解出来ないだろう。
「私」だって、理解出来ない。前世ではくだらないことで見栄を張る男をアホだと思っていた。薄っぺらな誇りを守る為に危険なS級ダンジョンをマラソンするだなんてアホの極みだ。
だけど「俺」になった今なら、分かる。小さな矜持を守る為に泥だらけで駆け回る意味も。疲労を誤魔化しながら剣を振る理由も。
「あんな男の手からイドちゃんを守れないで、何が男だぁあああ!」
もちろん女の子が守られるだけの弱い生き物じゃないことを私は知っている。毎月血を流しながら、腹の中で命を育てる強かさがあることも。綺麗なだけじゃない、鋭い毒の棘を持つことを私は知っている。
だけど、だから、だからこそ。
儚く脆い部分があることだって、知っているんだ。男はそれを知っているから、守りたいと思うことを俺は知っているんだ。
だから、私は、俺は。
安くて薄くて小さな見栄を握り締めて、彼女を守る。
いつもは尻に敷かれててもいいから、決める所だけは決めさせて欲しい。
一緒に幸せになるんだ。少しくらいかっこつけさせてくれ。
「はーっ、はーっ……げっ」
勢い余ってボス部屋の扉を斬り裂いてしまう。鈍い音を響かせ、扉は部屋へ倒れていく。
ぽっかりと扉型に開いた空間から、顔を覗かせるのは単眼の龍。
SS級ボスモンスター、ドラゴンアイ。
「レインボーアイの恨みか?」
S級ダンジョンにいるはずのないSS級モンスターに、俺は剣を構え直す。低く唸るドラゴンアイに、俺は唾を飲み込む。
「とりあえず、解析っと……っ!」
以前S級ダンジョンのコアから入手した解析の魔眼を発動する。現れたステータスに、俺は目を見張った。
「ふ、ふふ……ふはははは!」
笑いが漏れる。俺は一歩、一歩近付きながら自分にバフをかけ剣にドラゴンアイの弱点属性である氷を纏わせる。
心なしかドラゴンアイは俺に怯えているような気がする。
おやおや、どうしたんだ、ドラゴンアイ。後ずさるなんて酷いじゃないか。
お前はここのボスなんだから、どんと構えていないと駄目だろう?
まあ、いい。とっとと倒してダンジョンコアも手に入れてしまおう。
今回はそこまでするつもりはなかったんだけどなぁ。
癖で唇を舐めるとドラゴンアイは肩を震わせる。
だらしないぞ、ドラゴンアイ。もっと威厳を出せよ、ドラゴンアイ。
じゃないとさっさと喰らってしまうぞ、ドラゴンアイよ。
すぅ、と俺は息を吸う。
「ドロップ、お、い、て、けぇぇえええええ!」
俺は再度、妖怪「ドロップおいてけ」と化して、尻尾を丸めたドラゴンアイへ駆け出した。
* * *
キラリがドラゴンアイと遭遇して二日後、テイコック帝国の城内で、一人の女が愛する者の帰還を待っていた。
城下を見渡せるテラスで眼下を見つめる女は名をシエーテ・セブルス・テイコック。S級冒険者、キラリ・タナカより「イドちゃん」と呼ばれるテイコック帝国皇帝の第七子にして第一王女である。
シエーテ、いやイドは凪の湖面のような静かな視線で世界を見下ろしていた。そこへ招かれざる客が現れる。アッテウマ皇国の第三皇子、カマーセ・アッテウマだ。
「どうやら彼は間に合わないようだね」
楽しそうに語りかけてくるカマーセをイドは黙殺した。
肩に手を置かれても、耳元に口を寄せられても、イドは微動だにしない。
「大体ね、考えてもみたまえよ。ダンジョンをクリアするしか能のない男を伴侶にすることに何の益がある?
僕らの価値は国と国の思惑が絡んでこそ意味があるだろう?
彼のようなものは手足のように使いこそすれ、半身とすべき者じゃない」
愉悦を滲ませた台詞を聞き終え、イドは小さく息を吐いた。視線は相変わらず城下へ向けたまま、テラスの手すりを握る手に力を込める。
急に騒がしくなり始めた世界に、彼女は小さく唇を開いた。
「あなたは自分ではどうしようもないことにぶち当たったことはありますか」
「は?」
イドからの不意の質問に、カマーセは眉を寄せる。イドは視線を外へ向けたまま、言葉を継ぐ。
「私の愛する人は今までの生活を全て奪われ、一からやり直さなければならなくなりました。あの人は私以上に今までの価値観を捨てて生きなければならなくなりました。
それでもあの人は腐ることなく、今をより良くしようと努力していました。
けれどそれすらも汚い思惑に潰され、私はそれを利用してあの人が私に縋るように仕向けました。
それなのにあの人はそれを知ってなお、私へ笑いかけたんです。『イドちゃんの愛が重い』と笑いながら言ったんです」
イドの言葉をカマーセは半分も理解していなかった。だが理解出来た部分だけで彼は感想を述べる。「お気楽な奴だ。頭に藁でも詰まっているようだ」と。
イドは笑った。そして腕と足に力を込め、手すりに飛び乗る。カマーセの制止も聞かず、ドレスの裾を風ではためかせ彼女は手すりに立っていた。
カマーセへ振り向いたイドの顔は酷く楽しそうだ。
「ええ、何も知らないあなた方には酷く愚かに見えるでしょう。
でも、私には眩しく映った。何よりも強く思えた。
絶望で打ちのめされてもおかしくない中、彼は倒れずに前を向いていた。
これが愛さずにいられますか? 私にはない強さに惹かれずにはいられなかった。
普段はへたれでも、折れない芯を持つ彼にときめかないなんて出来なかった」
イドは頬を紅潮させ、朗々と語る。カマーセは見たこともない彼女の姿に戸惑い、ついで彼女の背後に現れたものに目を見張る。
「シエーテ! そこから降りるんだ!」
「彼はメインヒーローにはなれなかった。でも根暗で性格も悪い、ヒロインになれないサポートキャラのイドには、最高のヒーロー様なんです」
トン、とイドは手すりを蹴った。宙を舞う体をカマーセは掴めなかった。
落下する彼女を更に強い風が襲う。煽られた髪が口に入るのも気にせず、歌うように彼女は囁いた。
「キラリさんは私専用のヒーロー様ですから、決める所はしっかり決めてくれるんですよ」
「イドちゃん!」
風が一際強く吹き、イドの体を力強い腕が抱き締める。
半泣きのキラリを見て、イドは彼にいつものジト目を向けた。
「戻ってくるのが遅いですよ、キラリさん」
「いや、何してんの、何してんの、何してんの!
イドちゃん、今テラスからアイキャンフライしたでしょ!
イドちゃん風魔法も浮遊スキルもないよね!?
俺はイドちゃんと長生きしたいんだから、寿命縮めるようなことしないでよぉおおお!」
キラリはイドの非難を無視し、がくがくと彼女の肩を揺らしまくし立てる。
イドはつんと顔を背けて毒づいた。
「知りませんよ、私の意見も聞かずに喧嘩を買って馬鹿みたいな賭をする人なんて」
「それは本当にごめんなさい!」
即座にイドの肩から手を離し、キラリは金色の鱗の上で土下座をした。イドは飛び回る金色の地面から城下を見下ろし、ついでキラリに声をかける。
「で、この子はなんですか?」
「……あんまりにも怯えてるのが可哀想で倒せなかったドラゴンアイです……」
金色の鱗を撫でていたイドの手が、キラリの発言で止まる。向き合っていたキラリから背中を向け、イドが振り向くと、同じように首を後ろへ向けた単眼の龍と目が合った。「ぐるぅ?」と可愛く鳴き、首を傾げるドラゴンアイから顔をそらし、イドは再度キラリと向き合う。キラリは土下座したまま、顔を合わせようとはしなかった。
「ドラゴンアイって、SS級モンスターですよね」
「レインボーアイを虐殺してたら出てきました……条件付きレアボスだったみたいです……」
「キラリさんの冒険者ランクはSですよね」
「はい、本来ならランク上のモンスターは対峙したらとりあえず逃げろが鉄則です」
「……顔、上げてください」
「……はぃ……」
そろそろと顔を上げるキラリにへたれた犬耳と尻尾が見える気がする。イドは撫でたくなる気持ちをぐっとこらえ、彼の泥だらけの肩に額を押しつけた。
「イドちゃん?」
「……」
トン、とイドはキラリの胸を叩く。「え?」と戸惑う彼をドン、と叩く。「ごふっ」とキラリは小さく呻いた。
ドラゴンアイが空を回旋する中、トンはドンになり、ドンはゴンになり、ゴンはガンッに変わる。胸を叩かれるたびにキラリは「え?」「ごふっ」「がふっ!」「イドちゃ、まっ!?」と台詞を変えていった。
「私もあなたと長生きしたいんです。私の寿命を縮めるようなことをしないで頂けませんか」
「痛い痛い痛いぃ! イドちゃん鯖折りらめぇええぇぇぇ……」
「これはベアハッグです」
「それ一緒だからぁ!」
「いや、違いますよ」
「えっ、そうなの」
キラリを締め上げていたイドの腕の力が緩む。涙目で体をさするキラリの首をイドは引き寄せた。
「あの、イドちゃん今更だけど俺泥だらけだから」
「怪我は?」
「ドレス汚れちゃ」
「け、が、は?」
「……ありません」
「安心しました」
イドは左手をキラリの首に回したまま、彼の泥にまみれた頬を撫でる。
その顔は優しく笑っていた。
「それで、手に入れたんですね。男の矜持と私を守れるものは」
キラリは尋ねられ、彼女の腰に手を回し破顔した。その笑顔に乙女ゲームで俺様メインヒーローをやれるような面影はない。
「ばっちり!」
「上出来です」
どちらからともなく唇を合わせる。突然のSS級モンスターの登場にざわめく城下に申し訳ないとは思いつつ、彼らは一ヶ月分の空白を埋めるように互いの唇を感じ合う。
「……じゃあ、イドちゃん分も補給出来たし事後処理に向かおうか」
「私はまだまだ足りませんが、仕方ないですね。余り皆さんに混乱を与えても申し訳ないですし」
「本当にすみません。モノコがついてくるって聞かないから」
「ペットの躾くらいきちんとしてください」
「はぃ……」
キラリはモノコと名付けたドラゴンアイに指示を出し、城内にある軍の訓練場へと着地させる。
二人がモノコをあやしていると軍を指揮する第一王子のウーノが部下を引き連れてやってきた。
「わはははは! キラリよ、お前はまたやらかしてくれたなぁ!」
SS級ボスモンスターをあやす二人を見て、ウーノは豪快に笑いキラリの背中を凄まじい音をさせて叩く。キラリは叩かれるたびに言葉を途切れさせながらも「いつもすみません」と謝った。
ちなみに脳筋なウーノに背中を叩かれると常人では一発で吹き飛ぶ。S級ランクの冒険者であるキラリだからこそ、体育会系の暑苦しい挨拶レベルで済んでいるのだった。
「構わん、構わん。たまにこのような騒動が起こらんと民も平和ボケするからな。
おい、そこのお前、国全域にこれは訓練であると放送しろ。何、民の危機意識を問う抜き打ち試験だとでも言っておけ。クアトロのペットだと言えば皆も納得するであろう」
「はっ!」
ウーノは部下に指示を出してからスマートフォンに似た魔道具を使い、ペットと仲睦まじそうにじゃれるキラリとイドを撮影し家族用のチャットアプリに載せる。「ドラゴンアイキター!」「ドラゴン撫でるシーちゃん萌えー!」「キラりん無事で良かったよー!」「四十秒でそっち向かうわ」などと言った文が顔文字と共に即座に画面を踊った。バイブレーションし続ける己のスマートフォンにキラリとイドは苦笑するしかない。
ちなみにここの皇帝セロ・ムレイ・テイコックも現代日本から転生してきたチート野郎なのでこれくらいの文化革新は余裕である。転生者達は引かれ合うのだ。
「と、いうわけでおふくろ達は高見の見物らしいがクソ親父と愚弟共は来るようだ。
ついでにアッテウマのドラ息子も連れてくるらしいからな。
キラリよ、バシッと決めてあんな奴、ガッとしてこい」
「はい、そうします」
擬音の多い激励にキラリが丁寧に答えていると、本当に四十秒で支度をしてきた皇帝やその子息達がカマーセを引きずってやってきた。「テイコック様、離してください!」と嫌がるカマーセの首根っこを喜々として引っ張るのがこの国の皇帝セロ・ムレイ・テイコックだ。にやにやと年に合わないイタズラっ子の笑みを浮かべたセロは、カマーセをキラリ達の前へ放り投げた。
「おーい、キラりん。セイーヌの倅も連れてきたぞ。男と男の喧嘩だから、政治とかそんなもん気にせずガツンといっていいぞ」
「セロ様、お気遣いありがとうございます」
「気にしなくていいから、早くパパって呼びなさい」
手をひらひら振ってのセロの言葉に苦笑してから、キラリはドラゴンアイに怯えるカマーセを見つめた。キラリの視線を受け、一介の冒険者風情に侮られてはならないとカマーセは睨み返す。
キラリはアイテムボックスを呼び出し、そこから大量のS級ランクのアイテムを取り出す。アラクネクイーンの糸、ピュアプラチナ、神秘の果実、虹の花、フェンリルの毛皮、大王牛の肉などなど。
そして、淡く黄金色に輝く一抱えもある水晶。これはモノコと名付けたドラゴンアイから譲り受けたSS級の宝石、ドラゴンクリスタルだ。
「カマーセ・アッテウマ殿」
アッテウマ皇国の皇子であるはずのカマーセですら見る機会の少ない高級品の数々に彼が目を見張っていると、キラリが声をかけた。
カマーセは内心で己の敗北を感じながら、それでもおくびにも出さずに平静を装って声を返す。
「何かな、キラリ・タナカ殿」
「S級とSS級のドロップ、三十二品。一ヶ月で手に入れてきました。
これであなたに私とシエーテ様の仲を邪魔させない」
キラリの勝利宣言にカマーセは歯噛みし、声を荒げた。
「……まだ僕は認めない! 君は武力と財力を示しただけだ!
僕は権力と財力を示したし、それだけじゃない。この二つを使えば、S級冒険者程度の人間はいくらでも雇える!
君はまだ僕に勝てはしない!」
カマーセの往生際が悪い屁理屈に、テイコック家の人間は全員、顔をしかめた。脳筋のウーノは元よりキラリ以外の前では表情を変えることが少ないイドまでもだ。キラリは小さく嘆息し、剣を構えた。
「じゃあ、何だ。今度はお前の雇った奴らと試合でもすればいいのか。
……本来ならなぁ、男が一度吐いた唾を飲み込むような真似に付き合う気はないけどな、今後二度と俺とイドちゃんの間に割り込もうとする馬鹿を出さない為にもお前にはとことん付き合ってやるよ。
おら、何人だ? S級だろうがSS級だろうが負けるつもりはないから早く連れて来いよ」
空気が揺らぐほどの覇気を発し、キラリはカマーセを睨みつける。カマーセは浴びたことのない研ぎ澄まされた殺気に悲鳴を上げて後ずさった。
「キラリさん、少し落ち着いてください」
「んぷっ!?」
いきり立つキラリの顔を自分の胸に押しつけイドは彼を宥める。暖かく柔らかい胸に殺気をかき消されキラリはデキる男モードから女々しいへたれモードにスイッチが切り替わってしまい、イドの腰に腕を回しぐずぐず愚痴を吐き出し始めた。イドはカマーセは当然として家族も眼中に入れずに「はい、はい」とキラリの愚痴に相槌を打つ。
状況に置き去りにされ、呆然とするカマーセの肩をセロが軽く叩いた。
「テイコック様?」
「まあ、とりあえずお前はアッテウマに帰ったら?」
髭をしごきながら、極軽い口調でセロは言った。親指を自分の背中へ向け、動作でも「帰れ」を強調する。
「は? え?」と理解が追いついていないカマーセへ、セロは子供を諭すようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「テイコック帝国ってさぁ、実力主義なんだわ。そんでクリーンな出自で同じ能力であれば、家柄よりも人柄で選ぶ方針なワケ。
それにさぁ、うちと家族付き合いをするとしてだねぇ、大体考えてもみたまえよぉ、セイーヌの倅くん」
セロは王城、ウーノ、次男のディオス、三男のトレスと順番に指さしていく。
「最終兵器王妃軍団に可愛がられ、
脳味噌筋肉のウーノと何時間も剣を交わし合え、
お腹真っ黒のディオスと政治談義に花を咲かせられて、
何故かオネエ道に突っ走ってるトレスの女子会に参加出来て、
ムツゴ□ウさん目指してるクアトロの怪物の暴走を止められ、
引きこもりコミュ障のシンコに怯えられず話が出来て、
影薄過ぎて集合写真にいなくても誰も気付けないセイスを見つけてやれて、
ぶっ飛んだ兄弟達を下に見てるオチョから尊敬されて、
俺と一晩中、ファイナルクエスト5の嫁をどっちにしたか、ドラゴンファンタジー7でのヒロインまさかの死亡に衝撃を受けたことなんかを他の懐ゲーと共に語り合うことがお前には出来るのか?
それくらい出来なきゃ、俺だけじゃなくうちの家族は誰も認めんよ。
……それに、何よりも第一にだな」
そこまで一息に話し、セロは一拍置いて抱き合うキラリとイドを指さした。イドは暖かい笑みでキラリを見つめ、彼の頭を撫でていた。
「お前は俺の可愛い愛娘からあんな素敵な笑顔を引き出すことが出来るって言うのか?
うちは恋愛結婚大いに結構。政略で愛のない暮らしに悲しむよりは、平民になっても笑って過ごして欲しいんだよ。
ここまでキラリと娘は餓鬼のわがままに付き合ってやったんだ。これ以上駄々こねるって言うなら保護者同士の話し合いに発展させるからな。
俺が優しく言っている内にとっとと尻尾を巻いて帰るんだな、咬ませくん?」
口元に楽しげな笑みは浮かべたまま冷えきった目を向けてくるセロに、カマーセは冷や汗を浮かべる。
ぴりっとした空気の中、駄目押しとばかりに特徴のないモブ顔の男がカマーセの首根っこを掴んだ。
「わっ!? だ、誰だ貴様は! 無礼だぞ!」
「いや、もう慣れてるからへっちゃらだけどね。俺ほどの空気を極めた男になれば何度も会ったクソガキに忘れられてるくらい想定の範囲内ですけどね。
だけどお前、普通は結婚したい相手の兄貴くらい覚えろや。
キラりんは初日に『セイス様ですね、初めまして!』って輝く笑顔を贈ってくれたぞ。マジあの笑顔プライスレスだわ」
大きくため息を吐き話す男がイドの双子の兄と知り、カマーセは顔を青ざめさせる。カマーセから謝罪の言葉が出る前にセイスは彼の耳元へ唇を近付けた。
「親父が言ったよな? うちはクリーンな出自を求めるって。
ちゃーんと知ってんだよ、何でテメェが急に妹を貰いに来たかなんてな。
火の始末くらいしっかりしろや。あちこちに焼け跡があったぞ。
うちはな、あれくらいのことを隠蔽工作出来ない無能はいらねぇんだよ。
だったら、元から綺麗なキラりんのが万倍も良いに決まってるよなぁ?」
セイスはくつくつと喉の奥で笑い、更に言葉を続けた。
「早く城に帰ることだな。今頃、残った火種が燃え移って大炎上してるかもよ?
セイーヌ様は潔癖な上に愛妻家であらせられるからなぁ。怒り過ぎてぶっ倒れてなきゃいいけど」
「なっ!? か、帰るぞ! 急げ! 早く帰るんだ!」
褐色の肌から血の気が失せて灰色の顔色になったカマーセはセイスの言葉を受けてすぐさま部下へ帰還を言い渡す。悲鳴のような声で「急げ」と「帰る」を言い続けるカマーセを見て、セロとセイスはハイタッチを交わし合った。
「イェーイ、流石空気を極めた男、イェーイ」
「イェーイ、諜報部隊の隊長舐めんな、クソ親父、イェーイ」
「お前、父親にその口の聞き方なんだ、おい」
「親父こそ俺の影の薄さいじってんじゃねーぞ、こら」
大人げなく互いの頬を引っ張り合う父親と双子の兄にイドは呆れて息を吐いた。だがイドは二人と目が合うと、ぐっと親指を立て「グッジョブです、父上、兄上」と労いの言葉をかける。親馬鹿とブラコンを極めた二人のテンションは一気に頂点へ駆け昇った。
そこへ負けじと三男のトレスと五男のシンコがアピールに入る。トレスはアラクネクイーンの糸と虹の花、シンコはピュアプラチナとドラゴンクリスタルを持ちイドへ声をかけた。
「シーちゃんとキラりんのウェディング衣装はオネエ様に任せなさい! 最新の流行を取り入れた最高の出来にしてあげるから!
うふふー、二人とも美しいからデザインも迷っちゃうわー。
あ、キラりんもウェディングドレス着てみない?」
「こ、この二つ……俺が、使ってもいい? シーちゃんと、キラりんに、最強の結婚指輪、作るから……
どんな機能が、いい、かなぁ……念話、結界……
あ……ラブラブパワーで、変身、する?」
「トレス様、ウェディングドレスは元乙女としては憧れもありますけど、流石に公衆の面前で着ようと思うほど自分を客観視出来ないわけじゃないんで遠慮します。
シンコ様、念話と結界は是非欲しい機能ですけど、変身は必要ないですね。それよりいざと言う時の為に魔力をストック出来る機能と転移魔法を組み込んで貰った方がありがたいです」
キラリはトレスへ笑いながら断り、シンコへは柔らかめの口調で自分の希望を話す。イドはトレスの提案に「ウェディングドレスなキラリさんは是非見たいので、糸が余ったら作っといてください」とお願いした。その背後ではドラゴンアイのモノコへ早速突撃したクアトロが頭から噛みつかれていた。
「イドちゃん何言ってんの!? ちょ、トレス様? 『りょーかいっ』ってやめてくださいよ!
っつか、クアトロ様! 許可なくモノコに近付かないで!
モノコ、ぺっしなさい! ぺっ!」
「よーしよしよしよし! うはははは! キラりんのドラゴンアイは元気があって大変よろしい! 僕の頭は美味いかー?」
「笑う余裕があるならさっさと逃げろー!」
モノコからぺっと吐き出され地面に叩きつけられながらもクアトロは笑っていた。ギャグ漫画のようにボロボロになったクアトロへキラリは慌てて治癒魔法をかける。
「うはは、キラりんありが、へぶっ!」
「キラリ兄様、素敵でした! ドラゴンアイを連れ立ってS級アイテムを出した横顔! あのいけ好かないガングロ皇子への啖呵の切り方! うちの愚兄共とはやっぱり違うなぁ! 僕、キラリ兄様が姉様の旦那様になってくれて本当に嬉しいです!」
「オチョくん、オチョくん! クアトロ様踏んでる! 踏んでるよ!?」
「あ、ボロ雑巾かと思って、つい」
「あがががが……」
「タバコ消すみたいにかかとでぐりぐりしないで!」
天使のような顔をした末っ子はキラキラした目でキラリを褒め称え、実の兄をかかとで踏みにじる。オチョの悪魔のような所行に未だに慣れないキラリは青い顔でクアトロへ治癒魔法をかけ直した。
「わははは! キラリよ、これであのクソ餓鬼はシーに近付かんだろう。よくやったぞ!」
クアトロを踏み続けるオチョを猫の子を持つように抱え上げ、ウーノはキラリへ労いの言葉をかけた。急に首根っこを掴まれたオチョは驚き、「わっ! ……僕に触るな筋肉達磨!」と声を上げ執拗にウーノの右脇腹を蹴る。
「あ、ウーノさ……オチョくん! レバー蹴らない!」
「モヤシの蹴りなど片腹痛いわ!」
「それ、笑いじゃなくて蹴られてるからじゃないですかね?」
「で、お前らの結婚式典の予定なんだが」
「蹴られたまま話進めんの!?」
キラリの突っ込みを放置し、ウーノは話を続ける。ウーノに促され、次男のディオスがタブレット型の魔道具にカレンダーを映し出し説明をし始めた。
ちなみに家族が騒がしい時に、基本イドはタッチしない。振り回されるのが分かっているからだ。キラリは振り回されるのが分かっていながら生来の人の良さで相手をしてしまう。そこがまた彼らに可愛がられる部分だった。
「……と、言うことで警備のシフト調整や指輪などの制作スピードを鑑みて再来月のここで決まりでしょうね。吉日ですし。
あ、そうそう。キラリくん、君に帝国の守護神からミッションが通達されました」
「ミッションですか?」
ディオスは穏やかな笑みを浮かべ、タブレットでチャットアプリを開く。
そこには皇后達からの「キラリちゃんがシーちゃんにプロポーズしてる所が見たーい」と言う要望が載っていた。
「……ここで?」
「ここで」
「この格好で?」
「その格好で」
指を地面へ指し、自分の泥だらけの服を摘むキラリへディオスは頷いてみせる。「母上達の言うことは絶対です。早くしてください」とディオスはタブレットのカメラアプリを起動させながらせっついた。
「えー……」
「良いじゃないですか、してください」
躊躇うキラリへ、隣でチャットアプリを覗いていたイドが言った。「でも、ムードが」とごねるキラリに、イドは薄く眉間に皺を作る。
「告白だって馬車の中で大号泣の後だったじゃないですか。今更何を取り繕う必要があるんです。
それにシチュエーション的にはさほど悪くないんじゃないですか?
黄金の龍に乗って登場して当て馬皇子との賭に勝った後のプロポーズですよ。
これが乙女ゲームならアニメーションとスチルの合わせ技になっているはずです」
「いや、まあ、そうなんだけどさ……うーん……」
少し考え、「勢いとタイミングも重要か」と呟いてからキラリはイドの前でひざまずいた。片膝を着いた姿勢でイドの右手を取り、彼女の湖面のような瞳を見つめる。
その表情は乙女ゲームでメインヒーローをやれる男の顔をしていた。
「君を傷つけるものから守ろう。泣かせないと誓う。
俺が君を幸せにするから、俺の隣に立って欲しい。
君の全てが俺の心を震わせるんだ。
愛しているよ。俺と結婚して欲しい。
……って、かっこよく決められたら良かったけどね」
乙女ゲームのメインヒーローだった「セカド・カイング」の顔をふにゃりと歪めて、彼は前世で女性だったS級冒険者「キラリ・タナカ」の顔になる。
「どれだけ汚れても俺は君を守る。だけど、今みたいに君を綺麗なままで守れないかもしれない。
泣かせないと努力するけれど、泣かせてしまうかもしれない。
メインヒーローでいられなかった俺が、君を幸せにするなんて大口を叩ける自信はない。
でも、これだけは約束したい。
君を守る為の努力は惜しまない。泣かせたならば、その倍笑い合えるようにする。
ずっと隣にいて欲しいから、一緒に幸せを作っていこう。
君は自分のことを根暗で腹黒なサポートキャラって言うけれど、俺にとっては全部可愛く愛しく見える。どれほどの重い愛だろうと俺は喜んで受け入れよう。
俺のヒロインは君だけなんだ。
好きだよ、イドちゃん。
……俺と、結婚してください」
イドは静かな瞳で、揺れるキラリの目を見つめ、ついで触れ合った右手を見つめる。表情は動かさずに「まず立ってください」と彼の腕を軽く引いた。
「イドちゃん?」
「あなたとは対等でいたいんです。隣合うのにひざまずく必要はありません」
触れたキラリの右手を両手で包む。緊張で少し冷えた互いの手が触れ合った体温で熱を取り戻していく。
「対等で、いたいんです。だから私はあなたに守られるだけを望みません。
汚れるならば、共に。傷だってあなたの為ならば誇れるものとなるでしょう。
私があなたを笑わせられるかは分かりません。太陽のようなあなたと違って、私は影のような女ですから。
ですが、あなたの心を癒せるような努力をします。疲れたあなたが居心地のいい空間が作れるように、穏やかな気持ちでいられるように最大限の行動をしてみせます。
今も充分幸せですけれど、私は欲深な女ですから。まだまだ足りません。
一緒に築きましょう、二人の幸せを。
愛しています、キラリさん。
みんなのメインヒーローになんて戻しませんよ。
大好きなあなたが私だけのヒーローになってくれたんです。絶対に離しはしません。
プロポーズ、お受けします。
ふつつかな女ですが、どうぞ貰ってください。
私もあなたと、夫婦になりたいです」
瞳の湖面に波が立ち、水が溢れていく。涙が目尻からこぼれ落ちる前に、キラリはイドを胸へと抱き締めた。
いつかの告白の時のように、頬を赤く染め、艶やかに笑う恋人を誰の目にも触れさせたくなかったからだ。
「イドちゃんんんん! 俺、俺……分かってたけど、やっぱドキドキしたよぉ! 良かった、ほんっと、良かった!
……あー! 安心したら涙出てきたぁ! やっぱ、俺、しまんない!」
「……大丈夫ですよ。今回は私も泣いているので、おあいこです」
ボロボロと涙をこぼすキラリの背を、イドは彼の服を湿らせながら優しく叩く。
「子供は三人欲しい」「少ないです、もっと産めます」と話す二人は完全にギャラリーの存在を忘れていた。
「わははは! めでたいぞ! 今夜は宴だな!」
「さて、撮るものも撮ったので今後のことを会議しに行きますか。ほら、脳筋兄上も行きますよ。軍にも警備の予定を決めて欲しいんですからね」
「やっぱりプロポーズって良いわねぇ。オネエ様も早く素敵な恋人が見つからないかしらぁ」
「うはははは! じゃあ、僕はモノコたんをおうちへ連れて行こう! モノコたーん、キラりん達は盛り上がってるから、僕と一緒に、ガファッ!?」
「……クー兄ぃ、ぺったんこ……キラりんとシーちゃんの前で、汚いなぁ……」
「だーっ! クアトロ、テメェ何っでドラゴンアイに飛びつくんだよ! 動物に嫌われる体質の癖に!」
「あ、セイス兄上いたんですね。空気過ぎて気付かなかった」
「じゃ、俺は嫁んとこ戻るから。あー、マイナさんもハーレム入ってくんねーかなー。タイプなんだよなぁ」
騒がしいギャラリー達も後は二人の時間と気を利かせ、一人二人と訓練場を後にする。キラリ、イド、モノコと二人と一頭となる頃には互いの涙もすっかり引いてくれていた。
「うん、みんなのお陰で涙引いたわ。クアトロ様、大丈夫かな」
「クアトロ兄上は体も精神も鋼みたいなんで、まあ大丈夫でしょう」
「あー、そうだね」
「はい」
騒々しい家族のやり取りのお陰で、ハッピーエンドの空気はすっかり霧散してしまっていた。
互い赤い目で顔を見合わせ、笑い合う。不思議そうに首を傾げるモノコを二人は優しく撫でた。
「いやー、本当に俺達は綺麗に終わらないねぇ」
「現実なんてそんなものでしょう。ゲームのようにエンドロールが流れて終わりにはなりませんから」
「そうだね、めでたしめでたしの後も続くしね」
キラリはイドの手を取り、城へ向かって歩き出す。律儀に小股でついてくるモノコを見て、「うーん」と頭を掻いた。
「まずはモノコの巣がいるよね。放牧地に場所あるかなぁ。
イドちゃん、どうしよう」
「一旦はそこでいいかと。ただ、他のペットが怯えるようでしたらどこか別の場所も考えなければいけないですよね」
「だよねぇ……んー、やることがいっぱいだ」
キラリは夕暮れに染まってきた空を仰ぐ。姿勢を戻すと「モノコの巣作り、式典準備」とこれからの予定を指折り数えてみる。
「あ……っと、そうだ。ねぇ、イドちゃん。イドちゃんはこれからどうするの?」
キラリをテイコック帝国に連れて来てからは、イドは諜報の仕事を辞めていた。今は他の兄弟達の補佐をしている所だ。
「……そうですね」
少し前のキラリのようにイドは空を仰いだ。少し気の早い双子星が仲良く並んで輝いている。
イドはキラリへ空を仰いだまま尋ねた。
「キラリさんは王配に興味はありますか?」
「おう、はい?」
平たく言えば、最高権力者の旦那様。理解が追いつかず、キラリは素っ頓狂な声を出した。
「キラリさんはこのまま行けば、冒険者として頂点に立つでしょう。
実際、既に帝国のギルドへキラリさんへのダンジョン攻略依頼が入っています……まあ、まだ側にいて欲しいので突っぱねていますが。
ですから私も最高権力者を目指してみようかと。
テイコック帝国初の女帝、イド・シエーテ・セブルス・テイコック。そしてその夫、史上初の三ツ星級冒険者、キラリ・タナカ。
最強の夫婦になれますよ。良さそうじゃないですか」
いつも通りイドは表情を変えない。だが、目が木漏れ日を受けた湖のように輝いていた。
キラリは知っていた。この目をする時のイドは本気だと。
そして、彼女が本気を出した時は何が何でも叶えてみせるのだとも、キラリは知っていた。
「……クーデターは止めてね?」
「失礼な、私は平和主義者ですよ。兄弟には穏便に退いて貰いますよ。
ふふ、女帝になってキラリさんを連れてカイング王国へ挨拶しに行くのが今から楽しみですね」
「全ッ然、平和主義者じゃないよね!?」
表情を変えないまま笑うという器用な真似をするイドへキラリは盛大にツッコミを入れる。イドは包まれた手の確かさを確認するように少しだけ強く握った。
「まあ、それは小さな目標として。
今回は途中退場はなしですよ。二人で子供や孫に囲まれながら、同じベッドで老衰で眠るのが第一目標ですからね。
ハッピーエンドはその時まで取っておきましょう」
「そうだね。ま、俺達なら達成出来るでしょ」
強く手を握り返し、ふにゃりとキラリは笑った。
「なんてったって最強の夫婦になるんだからね」
「そうですね」
これは最強と謳われた冒険者とテイコック帝国史上初の女帝となった皇女の歴史に残るプロポーズ話。
対等であろうとし、互いを尊重するその姿勢は理想の夫婦として帝国では認められた。
プロポーズを全国放送され、キラリが一週間ベッドから出なかったのは可愛らしい余談として残されている。
しかし、それはあくまで最強の三ツ星級冒険者キラリ・タナカと賢人と称されたイド・シエーテ・セブルス・テイコックの話。
一介の冒険者と皇女の恋愛譚として劇にもなったそれが、実際は乙女ゲームのメインヒーローになれなかった男と、乙女ゲームのサポートキャラにならなかった女の物語であると知る者は少ない。
互いが互いのヒーローとヒロインになった二人は、終わりまでの長い道のりを誓いを違えることなく傷つきながらも助け合い、涙を流したらその倍笑い、心地良い空間を作る労を惜しまず、幸せを目指し、ハッピーエンドを迎えていった。
次の世はどちらがヒーローとヒロインになろうかと、笑いながら。
お読み頂きありがとうございました。