最後の時
浩介はその日、養成所に行かずとじっと座っていた。
店が開く時間になると大手家電量販店に電球を買いに行った。定員さんと相談して、点滅する事の無い白熱灯にした。
浩介は家中の電球を全て取り換えると、その後はずっと電気を点けたままにした。
電気を消すのは電球を替える時だけ。
浩介は毎月一日に必ず全ての電球を取り換えるようにした。
点滅する事はない。そう言われていても換えずにいられなかった。
本当なら週に一度替えたいぐらいだ。
だが、それがやり過ぎであると分かっていても日ごと不安が募り、気が狂いそうになる。
だから浩介は『月に一度』と決めた。
そして引っ越しもした。玄関ホールや廊下に蛍光灯を使わず、エレベーターを使わなくて良いように一階にした。
その分出費がかさむ。だから、浩介はバイトも養成所も今まで以上に頑張った。
それから二年後、やっと俳優としての芽が出てきた。
出演した映画がヒットし、周りから演技を認められるようになった。
どれ位認められたかと言うと海外の映画祭にノミネートされる程だった。
浩介は映画監督達とリムジンで会場に向かっていた。
「そろそろ教えてくれよ。本当はスピーチ考えてきてるんだろ」
「本当に考えてませんから。受賞なんかしないですって」
「良いか、両親に感謝してますってのも良いが『監督のお陰です』ってのも忘れないで言ってくれよ」
「分かってますって。もし受賞したら真っ先に言いますよ」
「頼むぞシンデレラボーイ」
「それ、やめて下さいよ。本当に自分一人の力じゃなくて、周りの方達のお陰ですから」
「謙虚な事は良いことだな、シンデレラ。だが安心しろ。お前の演技には人を惹き付けるモノがある。きっと選ばれるさ」
監督は急に人気の出た浩介をそう揶揄して豪快に笑った。
浩介は必死に演技に力を注いできたがそれだけでここまで来れたとは本当に思っていなかった。
そんな事を考える時、心に引っ掛かるものがある。
何かはハッキリ言えない。突然の快進撃で不安なんだろう。
村田の様にいくつかヒットを飛ばしても急に飽きられてしまったりする事もある。
だがそれだけでは無い気もする。
何かに導かれるような、先の見えないエスカレータに乗ってしまっているような。
そもそも自分が何故こんなにも頑張っているのか。そう思う事もある。
『そんな事は気にするな今やれる事を全力でやるんだ』
そんな時はいつもそう自分に言い聞かせてきた。
「さあ、もう会場に着くぞ。笑顔を忘れるなよ」
監督がそう言うとリムジンは赤絨毯の前に停まった。まずは監督が降りる、続いて浩介が降りた。
浩介がリムジンから降りると一斉にカメラのフラッシュがたかれた。
その時浩介は時間がスローモーションの様に流れるのを感じた。
目の前に黒い人影が現れたのだ。
『思い出した。……こいつから逃げるために必死にやって来たんだ。それなのに』
影の顔の所が横にパックリと割れた。
黄色い歯の向こう側に炎がチロチロと舌のように踊っているのが見えた。
浩介が最後に見たのはそれだけだった。
浩介の死はニュースになった。
映画祭にノミネートされながらも会場に着いた瞬間心臓発作で倒れた悲劇のヒーロー。日本でも大々的に発表された。