影との対峙
浩介は悩んでいた。
久し振りに隆幸と飲んで気分転換出来たのは良い。
だが今は給料日前、突然の出費は痛い。それは割り勘でも一緒だ。
『仕方無い。やるか』
お金を節約するにはどうしたら良いか。浩介は知っていた。
簡単に身支度を済ませると、浩介はスーパーに向かった。
そう、自炊するのだ。
浩介はスーパーに着くと、真っ直ぐ精肉コーナーへ向かった。
ペチャクチャと喋っているおばさん達をかわして、商品を見ていく。
『安くて味付けされているものが良い。後は白米があればそれで十分』
出来るだけ安く、出来るだけ美味しそうなのを探す。
『最悪、塩コショウでも良いか。……コショウ有ったかな?』
悩む浩介の耳に気になるワードが飛び込んできた。
「ほら、何て言ったっけ。そうそうモチヅキさん。あの人も急に亡くなっちゃったじゃない?」
おばさん達の会話に浩介は手を止める。
『……モチ……ヅキ?』
「でもあの人、亡くなる前から様子おかしかったわよ。……何か影がどうのって」
「影ねぇ。だってモチヅキさんの部屋って階段上がってすぐの所でしょ? 人が通れば影ぐらい映るじゃない」
「そうそう。あんなね、古い建物に住んでるんだから影ぐらいでねえ。そんな事より、あの今にも壊れそうな階段を気にしなきゃ」
浩介の耳の奥ではドクドクと心臓の音が聞こえていた。
『モチヅキ? モチヅキって望むに月? いやいや、偶然だろ。望月なんて何処にでもある名前だし。確かに、確かに階段を上がってすぐの部屋だったよ。だって二○一号室だし。階段も壊れそうだったけど、そんな建物の一杯あんじゃん!』
浩介の頭の中はぐるぐる回っていた。嫌な考えを避けながら。
だが嫌な考えはどんどん膨らみ、もう避けられないところまで来た。
『もしかしてあの影はその望月さんの幽霊? ……違うな、その人も影に怯えていたんだから。でもそうなるとだ。そうなるとアレだよ……』
浩介の頭はもう答えが像を結んでいる。
でも浩介の心はそれを認める事が出来ない。だったら幽霊説の方がマシだ。
『影に、それがお化けだか悪魔だか知らないけれど、そういうものに望月さんは殺された』
話としては望月さん幽霊説と五十歩百歩だがその意味合いは全然違う。
『これってつまり俺の命もヤバイって事じゃないか?』
でもその考えはしっくりきた。論理的じゃないが一番収まりが良いかもしれない。
『奴は光が点滅している所に現れてる。理屈は分からないが奴等に理屈なんて何の意味があるか? じゃあどうすれば良いか。光が点滅している所に近づかなければ良い。
当面問題なのはあのクソッタレエレベーターだけだ。バイトで遅くなったら階段を使えば良い。たかだか五階、何の問題もない』
次の日はバイトから戻るとエレベーターの電気が点いているのを見てホッとする。
『これで今日は安心だ』
浩介は部屋に着いて電気を点けた。すると部屋の電気が点滅を始めた。
浩介の頭の中は真っ白になってしまった。
『昨日まで、こんな事無かったのに!』
その時、部屋のベランダに人影が見えた。
光が瞬く中、今度は人影が窓の内側に立っていたが、光が点滅するたびに、影はどんどん近付いてくる。
浩介は恐怖で固まり悲鳴もあげられなかった。ただ口からヒュッと空気が漏れただけだった。
浩介は逃げようとするが体が動かない。
とうとう影は浩介の目の前まで迫ってきた。
浩介の体は硬直したままだったが、そのまま後ろに倒れ込む事は出来た。
その時、手が電気のスイッチに触れて部屋が真っ暗になった。
浩介は気が付くと玄関に倒れていた。
頭と背中、お尻が痛い。だが生きている。窓からは朝日が射し始めていた。
窓から外を眺めると朝日がちょうど上り始めるところだった。
浩介はまた朝日が見られた事が嬉しくて涙が出てきた。
浩介は窓に額を擦り付け、その場にへたりこむ。
『良かった。……本当に良かった』