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動く影

 その日、浩介は養成所とバイトで忙しく過ごした。


 お陰で、帰ってくる頃には朝の出来事などすっかり忘れていた。


 だからつい、いつもと同じルートで帰ってしまった。そして、あの集合住宅が見えてくる。


 昨日と同じ窓ではまだ蛍光灯が点滅していた。


『何だ、捕まってねぇのか』


 完全にその部屋の住人が犯人で、それで警察が来たんだと浩介は思っていた。


『じゃあ、昨日の人影も関係無かったか』


 そう考え直そうとした時、何の前触れもなく人影が現れた。昨日と全く同じ様に。


 だが昨日とは明らかに違う所がある。


 その人影は窓に手を置き、こちらを見ている様な形だった。


 そんな事あるだろうか。


 たかだか蛍光灯の灯りでそんなハッキリとした影になるだろうか。そんな変な形の影が出来るだろうか。


 浩介の頭に疑問と不自然さを残して、影はまたしても忽然と消えた。


 今回も全く動いた気配無く、光が消え、また点いたと思ったら影が消えていた。


 その時ばかりは浩介も暑さを忘れた。


 暫くその場に立ちすくんだ浩介は自分を奮い立たせるようにこう思った。


『……ハッ! だから何だってんだ』


 影が現れて消えた。ただそれだけ。影自体がこっちを見る? それはあり得ない。


 浩介はそんな自分の考えが、思いのほか気に入った。


 理に叶っているし、何の矛盾もない。何より安心出来るじゃないか。


 決してもう一つの可能性には見向きもしない。


 超自然的なもの。自分の、人知の及ばぬもの。そんな可能性を置き去りにして、浩介は足早にその場を去った。





 翌朝のネットニュースでもバイト先で流れていたテレビのニュースでも、浩介のマンション近くで事件があったとは言っていなかった。


 それでも薄気味悪いのは変わらない。


 浩介はあのマンションの前を通るのを避ける事にした。今度こそ忘れずに。


 別にそれほど遠回りでもないし、途中にある普段とは別のコンビニに行くのも良い。


『だったら、わざわざあの集合住宅の見える道をを通る必要なんかないだろ』


 浩介は自分にそう言い訳した。


 その日はバイトが長引き、帰りが深夜二時を過ぎてしまった。


 いつもと違う道を通ってマンションに着くと、浩介はエレベーターのボタンを押した。


 浩介の住んで居るマンションは深夜二時を過ぎるとエレベーターの照明が落ち、ボタンを押すと照明が点くようになっている。


 今流行りのエコ、と言うものだ。


 エレベーターの照明が何度か瞬きながら点灯し、扉が開いた。


 ほんの一秒から二秒の出来事。


 照明が点滅した時、エレベーターのガラスに浩介と、後ろの駐車場の様子が映っていた。そこに人影らしきものが立っていたのだ。


浩介は振り向き、窓から駐車場の様子を伺った。駐車場なら人影があったって別に気にする事はない。


 だが駐車場は暗くてハッキリしないが何かが動いている気配は無い。


 誰も居なければ影なんて出来るハズが無い。それに浩介にはもっと気になる点があった。


 その人影はこちらを見ていた気がした。


 浩介の頭があの集合住宅の影と今の影を結びつけようとするが、浩介はそれを振り払った。


その時、エレベーターが閉まりそうになり、浩介は慌てて乗り込んだ。


 エレベーターの扉を閉まり、上がって行くまで駐車場から目が離せなかった。


 やはり暗闇の中、動くものはなかった。


 自分でも何を望んでいるのか分からない。


 誰かが現れた方が良いのか。それとも現れない方が良いのか。


部屋についても浩介は気になってしかたなかった。


 浩介は窓から駐車場を覗く。駐車場は真っ暗で何も見えなかった。


 駐車場には照明が設置されておらず、明かりが全く無いのだから見間違えたって仕方ない。


 浩介はそう考えて鼻で笑った。


『何を心配してんだか。何もないに決まっていんだろ。子供ならいざ知らず、三十路近くの男が気にする事じゃないだろ。ヤレヤレ』


 ニュースになっていないと言う事は特にあのマンションで見かけた警官も事件の調査をしていた訳じゃないと言う事。


 だったらあの人影だって、やっぱり住人の影が変な風に映っただけ。


 そうとしか浩介には考えられない。


 浩介は帰りに買ってきたコンビニ弁当を見ると、冷蔵庫にほうりこむ。


 食欲が沸いてこなかったし、さっさと寝たかった。


 出来るだけ影の事は考えないように……。

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